「船酔い」考
- このHPには酔いに関する記事が幾つもある。「頭痛の話」('05)に生理学的な解説がある。「船の科学」('07)には、上下加速度が0.02gぐらいから嘔吐が始まるといった話が出ている。私は山酔いと酒酔いに掛かりやすい質だ。でも船酔いにはわりと耐えられるように出来ている。「悠久のオリエンタルクルーズT」('18)には、そのクルーズで観察した出来事を記載している。書いた時点では、客船は大きい方が船酔い防止に有利と、いい加減な加速度考察から思っていた。悠久のオリエンタルクルーズの船は2.9万トンほどのぱしふぃっく びいなすだった。だが過去のHPを見ると5万トンの飛鳥Uでもそこそこ?に船酔い患者が発生している。
- インターネットに出ている記事を調べた。「ローリングと船酔い」「ピッチングと船酔い」を検索語としてGoogleで調べた。
- 明和海運株式会社HPの「船体の動揺について」に、「縦傾斜については正確な角度は分かりませんが、イメージとしてジェットコースタの頂部から一気に落ちるような感覚です。この揺れが船酔いの原因になります。」とあった。
- 日本船主協会のHPには、「(縦揺れに対して)全長150メートル以上、(横揺れに対して)フィン・スタビライザー付きの船に乗る限り、船酔いに悩まされることはまずないというわけである。」とあった。
- また「エレベータのように上下に大きく揺れる部屋に被験者を入れ、揺れの周期と速度を変えて嘔吐率を調べたある実験では、上下方向の加速度もさることながら、揺れの周期による嘔吐率の変化が極めて大きいことが確認された。このとき最も嘔吐率の高かった周期は約6秒。これは海が少し荒れた場合に、いちばん起こりやすい揺れの周期でもある。では船内で最も船酔いしにくい場所はどこかというと、同様にやや荒れた海を航行する客船内のさまざまな場所での嘔吐率を調べた実験で、船の中央よりもやや船尾方向に寄った場所が最も嘔吐率が低いという結果が出た。この場所は、ほぼ船の前後方向の重心位置で、縦揺れ(ピッチング)の場合、船はここを中心にシーソーのように上下に揺れる。従ってシーソーの支点に当たるこの位置は、いちばん上下動が少ない場所ということになり、実験結果もそれを証明している。」ともある。
- 「悠久のオリエンタルクルーズ」では、我らの部屋は、そのフロアでは中央よりちょっと船尾寄りだったから、期せずしてベストポジションの船室だったらしい。
- 「船の"揺れ" - Overseas Cruise Maniacs」という記事には、「(船酔いに)心配しなければいけない揺れは、"ピッチング(縦揺れ)"と"ロール(横揺れ)"ということになります。巷で言われている「客船は揺れない」という根拠になっている"スタビライザー"は、"ロール"にしか効き目がありません。"ピッチング"は船の長さがものをいいます。波の波長より、船長が長ければ、理論上"ピッチング"はおきません。これがだいたい150〜200m近辺になります。日本の船や、3万トンクラスだと、ここまで船長が無いので、海が荒れれば"ピッチング"を避けることはできません。これが7万トン超クラスになると、船長が250m以上になりますから、理論的には"ピッチング"はほとんど感じられなくなる筈です。」とある。飛鳥Uは全長241m、びいなすは183mである。びいなすのピッチングはフィリッピン沖で目に見えた。
- 伊月病院のHPの「加速度病について」には「こういった(ピッチング pitching という縦揺れ、ローリング rolling という横揺れ、ヨーイング yawing という水平面での左右への揺れ、ヒーヴィング heaving という上下動、それにフォーリング fallingという 急速落下など)さまざまな揺れが不規則かつ反復して繰り返されることにより耳の奥にある内耳の中の迷路という部分が過剰に刺激されます.迷路は、身体のバランス (医学用語では平衡といいます)を司る器官であり、平衡感覚の情報にずれが生じます.すなわち、人は目でみる情報(景色など)=視覚情報とそれに伴う身体の位置情報を脳の中で重ね合わせて調節し、自分の身体の位置関係や傾き具合などを知り、知らず知らずのうちに姿勢を崩さないようにしているのです.車や船などに乗ると普段に経験したことのない揺れや近くを急速に流れ去る景色などの情報がもたらされ、迷路の中の三半規管という部分で感じている身体の平衡感覚と実際の身体状況の間にずれを起こしてしまい脳の中で調節しきれなくなってしまいます.その結果、自律神経障害が生じ、嘔吐などの「酔う」という症状が引き起こされてしまいます.」とある。
- 「海からの風」には「その中でも「縦揺れ・ピッチング」が船酔いを起こしやすいようだ。船酔いは「周期約6秒のピッチング」が特にきついといわれ、これは少しシケ気味かなといったときの周期でもある。「船酔い」で気分が悪くなる大きな要因は、その時の体調や寝不足や空腹不安、あるいは、船は揺れるんだという先入観なども影響するが、体に作用する「上下方向の運動加速度」が最も大きいようだ。飛行機でも同様である。」とある。
- 船酔いの物理的キーワードは最大加速度と周期のようだ。野原威男、庄司邦昭:「航海造船学(二訂版)」、海文堂、'05を千葉市図書館から借り出した。関係蔵書としてはこれが唯一の本だった。第2編が「船体の安定性と動揺」となっている。その第8、9、10、11章が基礎知識の解説になっている。本書はもともとは商船大学の講義に使われた内容だと序文にある。船の揺れには構造上は復元性が重要なファクターで、その理解には浮力中心(浮心)の船の傾きに対する位置変化を求めねばならぬ。浮力中心は、前後左右の傾斜に対して、前後に極端に長いラグビーボールを長軸に並行に輪切りにしたような姿に変化する。
- 第12章「船体動揺」に至り定速走行中の船の運動方程式が現れる。解が得られるのは復元力が傾斜角と比例関係にあるときで、まあ10°までという。それはかなりな大波を喰らっている状態だ。飛鳥Uとびいなすの固有振動周期を簡易式で計算すると、ローリングではそれぞれ、13.7sec、12.6secっだ。ピッチングでは7.8sec、6.8secとなった。海波は複雑で(本HP:「風波と津波」('15))船が受ける実際の波をどう捉えるか、ちょっと頭を捻るところだ。
- インターネットの「気象の話 海の波」の3.海の波に「風波 : 海上で普通に見られる風波の波長は数十m程度なので、大雑把に100mとして計算すると、波速は12.5m/s(45km/h)、周期は8.0秒になる。」とある。50mだと周期4秒。私がクルーズ中に見る波は50mあるかなしかが殆どだ。うねりの例として波長225m、群速度9.4m/sが示されている。これだと周期は24秒だ。エネルギーを運ぶのは群速度で位相速度ではないとある。船の固有周期と波の周期が近いと揺れは共鳴現象で増大する。飛鳥Uもびいなすも波長と共鳴周波数のどちらかまたは両方が、揺れ条件にほど遠いところに設計してある。
- 加速度計算をしてみる。重心の回りに距離一定で揺れるから、接線方向と遠心方向の2つの加速度があり、合計の正確なベクトル計算は結構面倒である。重心の位置から仮定して掛からねばならない。三半規管に作用するベクトルは、それに重力加速度を加えるから、なお面倒だ。時化の時歩いているとよたよたとするのは遠心方向の加速度のおかげであり、エレベータ昇降の時に感じるのと同じ上下感は接線方向の加速度である。ここでは海側に近い位置に立っており、立っているフロアの中心に重心があるとして、水平方向と重力方向の揺れによる最大加速度を求めた。
- まずローリングの時。大時化で15°も傾いているとする。飛鳥Uでは接線方向最大加速度が0.406m/s^2(=0.041g)、遠心方向が0.005g。びいなすでは前者が0.405m/s^2でほとんど同じだ。ピッチングに対しては振幅に対する常識的な数値が文献には見当たらないので計算不能であるが、最大全振幅2°として船の船首船尾の数値を求める。これは飛鳥Uでは重心から見て船端の上下幅が4.2mとなる大時化状態で、私はこんな航海をしたことがない。そのときの接線方向最大加速度が0.14g、遠心方向は0.0024g。びいなすでもほぼ同じ値になる。
- ピッチングに対しては、既述の通り、船の全長と海波の波長の関係がシビアで、小型になるほど最大揺れ角度は大きくなるだろうから、飛鳥Uよりはびいなすの方が縦揺れにシビアなはずだ。また計算には船端を入れたが、乗船客は中央に固まっているから一番悪い条件の船室でも上記数字の半分ぐらいだろう。
- ピッチング恐るべしと言う結論である。船酔いを避ける方法はある。まず大型船を選ぶこと。次ぎにそのフロアではなるべく重心に近い船室にすること。船会社も心得ていて、中央部はたいてい値が高くしてある。それから重心の位置は、上甲板の下のフロアあたりが普通だと思うので、その近くのフロアに船室を選ぶとよい。レストランやエンターテイメントのホールのあるフロアがだいたい重心のあるフロアだと思ったらよい。飛鳥Uだったらそれが5Fと6F。びいなすでは7Fだ。
- ついでだが、船は旋回運動するときは自転車と反対で遠心方向へ傾く。重心が浮心の上にあるから当然だ。海上では回転半径を大きく取って航海するから判らないが、今度の悠久のオリエンタルクルーズで船が大河を遡上して入港するとき急角度で曲がらねばならなかったので、船の傾斜を感じることができた。バンコクに至るチャオプラヤ川の遡上だった(「悠久のオリエンタルクルーズV」('18))と思う。
- 外国には大河を遡上せねばならぬ観光都市は結構多い。びいなすぐらいの大きさが、小回りを利かした観光クルーズと「船酔い」との妥協点という意味でも丁度良いのかも知れない。
('18/04/12)