京都人の密かな愉しみ
- 「京都」は日本人にとって特別の響きがあるようだ。TV番組の殆どは東京のキー局で製作されるのだろうが、NHK民放通じて、1日のなかでどこか1局ぐらいは、京都関連のお話を流している時間がある。百貨店に来る地方物産展の中で定期的でとりわけ多いのは京都関連である。その京都はたいてい京都市を指す。繰り返し繰り返し現れる京都だが、新鮮味に乏しいのが普通である。人々が懐かしむ古都・京都のポピュラーな面影には限りがあると云うことであろうか。
- NHK関連会社による表題ドラマのDVD発売広告が出ていた。今年その再放送があった。気付いたときが遅かったので全部は見れなかった。そこでNHKオンデマンドを活用しようという気になった。「精霊の守り人」もそうだったが、「京都人の密かな愉しみ」も結構長尺だ。最初が'15年で今年まで途切れ途切れに放送されてきたようだ。このドラマは単なる紹介番組では映像にならぬ京都人の心の持ちようを、本筋の物語にオムニバス的にいろいろ付け加えて、見るヒトに何となく解るように仕向けている。
- さてその京都人が問題だ。私は今は千葉に住む。大学院を出て就職先に赴任するまでを殆ど京都市内で過ごした。高校入学までは中京区だった。だったら立派な京都人じゃないかとヒトは云うが、そうではない(「京都時代MAP」('16))。秀吉が作ったお土居の中が京都で、その外は新京都または京都の田舎というのが、戦前の京都の古老たちの常識であった。中京区の西を南北にお土居が走っていた。私は、北野天神の御旅所の近くに住んでいたから、その頃はぎりぎりの新京都人である。北野天神は洛中、御旅所はぎりぎりながら洛外なのである。
- 「京都ぎらい」('16)には、著者・井上章一氏の経験的な京都人の定義が出ている。私と大同小異と云ったところだ。佐倉の歴博には、中世戦乱の頃の京都がジオモデル的に展示してあったような気がする。室町筋あたりが痩せ細った頃の、つまりとどのつまりの京都ではなかったか。「京都人の密かな愉しみ」の本筋の物語は、この室町筋の御菓子司久楽屋春信の常盤貴子演じる若女将と、彼女を取り囲む家族や友人とそのほかの関係者が紡ぐ人間模様を軸としている。
- この御菓子司は、有職菓子司で、茶道などを支えてきた創作菓子を旨とする高級菓子屋だ。職住一体の家屋で、奧に主人の私的空間がある。9代続いている老舗と言うことになっている。京都には、もちろんこんな菓子屋のほかに、餅屋という庶民相手の菓子屋が、町に1軒ぐらいのわりで存在する。そこはそこの伝統を持っていて、若女将が女学校時代からこっそり買い食いしていた店の紹介がある。観光客は看板の豆餅を買いに来るのだが、京都人は冬の季節が近づくと栗餅を買うとアナウンスされる。若女将は、沢藤三八子と言い、三x八=24で、京都人の好きな24節をかけたいい名だと紹介される。
- 彼女は若々しく、分別のありそうな美しい顔立ちである。でももう行かず後家になりそうな歳である。常盤貴子にはぴったりの役柄に思える。母の鶴子は婚期が遠退くのに気が気でない。この鶴子役(銀粉蝶)が絶妙の演技をする。主役がいくら立派でも、釣り合いの取れた脇役が揃わないといいドラマはつくれないとは、年来の私の意見(当たり前)だが、今回は揃った。後世に残る名ドラマになったように思う。
- この男気のない母娘二人の家庭が物語を通しての骨子を造っている。一場面だけ紹介する。年の暮れに三八子が床の間の飾りつけをやっている。その生け花にひっかけて鶴子が皮肉を言う。枇杷がさしてあるのを、「桃栗三年柿八年」のあとに「枇杷は9年で実がつかず」というのだから、来年も縁遠いのかと、遠回しにいらいらをちらつかせる。微妙なやり取りに感心する。私は「枇杷は・・・」が、「桃栗・・」に続いてあるとは知らなかった。
- 京都には100年は続くお店はざらで、200年以上でないと老舗と云えないとドラマでは語られる。しかも3代は京都に住まないと京都人でないとも云う。本HPの「老舗製造業」('07)には、「創業640年以上の企業が日本には100社を越すという。」と紹介している。その中でも京都がダントツなのだろうか。純粋洛中人の経営する老舗の若女将に伝わる精神文化に「触れてみなはれ」とドラマが誘う。一通り鑑賞してみて、新京都人(私)としては、理解はできるしそうだったとも思い返せるが、今や実行しなくなり骨董的知識になりつつある習慣と思う内容も多い。
- 一応は三八子の知り合いと言うことになっているが、独立のオムニバス挿話に今後とも再々出演するのが、大原千鶴だ。京料理研究家である。NHKの松尾アナウンサーと組んで、京料理を造ってみせる。彼女は鞍馬の奧の割烹旅館が実家で、そこの元若女将という紹介であった。鞍馬の奧だから猪や鹿が獲れる場所で、昔は積雪を魚の天然冷蔵庫にしたと言うほどに雪深い場所という。紹介する料理は家庭料理で、旅館が出すような凝った料理ではない。「手ぇもよう動(うご)かはるけど、口もよう動かはります」と云うヒトで、朗らかな会話に出てくる人柄は好ましい印象を与える。ただし彼女が左で箸を使うのが気に入らない。
- 英国出身で10年来京都に住み着き、半年ほど前に引っ越して、久楽屋の隣の2階に間借りしたエドワーズ・ヒースロー(団時朗)がドラマの司会役である。彼は洛志社大学の文化人類学者だ。洛志社は同志社をもじったもの。同志社は御所と相国寺の中間にあって、煉瓦造りの落ち着いた建物が、それなりに存在感を見せている。私の亡父の母校だ。ヒースローは、日本には日本人と京都人が住むと看破している。文化人類学者らしく、京都人は「美しく生きよ」という呪縛を受け、ヒトに難儀をかけないという暗黙のルールを体得したヒトで町を動かしているネットワークの中の人だという。そしてその権化のような三八子を知り、彼女の観察を始める。知っているようで知らない京都に、トンチンカンな対応をしては物語を面白く色づける役でもある。
- 「京都人は清潔好きだ。朝には自分の家の門先を1尺ほど隣まで余分に掃き清める。」、これは我らもやっていた。なぜ1尺かは、お隣に重荷にならないようにそれとなく好意と関心を見せる仕草であると思っている。手土産やお礼の品をタイミング良く手渡し、分相応に見計らう難しい気遣いかたを滑稽にさらっと見せている。大原−松尾の料理会話で、京都人的話術として、聞き上手、のらりくらり、暖簾に腕押しなどが紹介されるが、これは受け身になるヒトの話術として一般的で京都の特質ではない。でも何となくとぼけた、相手を苛立たせない言葉を選んで話すところがミソだ。
- 訪れた時の駆け引きは、用心が肝要だ。たいがいの要件は立ったまま、かまちに腰を下ろさず門口で済ます。迂闊に靴を脱いで上がってはいけない。来客にいい加減にして帰って欲しいときに、逆さほうきを立てることはサザエさんでもやっていたと思うが、同じ心を西陣では「ごめんやす三寸」と云うそうだ。心は、西陣織がその時間に3寸は織れるのにと云うことだそうだ。西陣に友もいたのに私は知らなかった。「ぶぶ漬けでもどうですか」はもう帰ってくれという意味で、それを云われたら最低だ。ぶぶとは白湯で、湯漬けの飯でも食ってゆけという意味だ。昔はお茶は高価だったから、日常のお付き合いはぶぶだったのだろう。挿話では、何年も下宿の女子学生をゼミの男子学生が訪れた時に、下宿屋の女主人は下宿人を家族として扱って、水臭いあしらいを避けた。そこら辺は微妙なのである。
- 「また考えておきますわ」と返事されたらおことわりという意味だ。この角を立てない言い方は、関東では通用しなかった。子供の縁談を遠回しに断ったら、全然相手に通用していなかったことをあとで知ったことがある。
- 本シリ−ズの第1作である今回ドラマの第1章が立冬、第2章が小雪、第3章が大雪であったか。このあと「京都人の密かな愉しみ 夏」「・・・冬」「・・・月夜の告白」「・・・桜散る」さらに最新作「・・・Blue/修業中 送る夏」へと続く。このドラマは京都名所案内も兼ねている。第1章では妙心寺の塔頭、黄梅院の茶室と庭、第2、3章では永観堂と京都植物園(ここは観光客が来ない穴場ですぞ)の紅葉、相国寺の瑞春院の襖絵、千本釈迦堂の大根炊きという風物詩、下鴨神社の縁結び参り、妙心寺大法院、青蓮院、嵯峨の鹿王院などと次ぎ次に出てくる。長年住んだはずの京都だが、まだまだ知らない名所がいっぱいだと感じた。
- 四天王寺の金剛組は、1400年という世界一の歴史を誇る宮大工組織として有名だ。日本の社寺仏閣は木造だから、火事にあったり朽ちたりで、おそらく石造りの1/5ほどの寿命だろう。だから宮大工のしっかりした下支え組織は信仰が続く限り必要だ。先頃放映のNHK新日本風土記「永平寺」にも宮大工町が出ていた。大工ばかりではないはずだ。ときおり西洋のカテドラル修復の映像を見る。煉瓦積みの他に彫刻や金具鋳造などいろいろ伽藍を支える職人軍団がいると知った。
- 下支えに「洗い屋」という職業があるそうだ。私は寡聞にして知らなかった。寺社ばかりか茶室や民家の古家具までを、古色を遺したままで洗うという。京都でも2−3軒しかない職業とかで、多分架空の屋号なのだろうが、「洗い辻光」の当主が4代目で、洛志社大学に通う息子が5代目を継ぐかどうかと葛藤する挿話だ。珍しい職業であればあるほど、廃業による伝統文化への影響が大きい。ネットワークの結び目にあるからこそ悩みも深い。4代目はフランス料理のシェフになりたかったが、断念して家業を継いだことになっていた。4代目の妻は東京出身で、東男に京女と云うが、本当は東女に京男だと、訪ねてきた息子の東京出身の女子学生の恋人にやんわりという。
('17/12/15)