サピエンス全史(上)T
- 本年上期に「サピエンス全史(下)」を読んだ。本稿はその上巻に対する読後感である。上巻下巻の読み順序が逆だが、今に近い方を先読みしたくなるのは人情というものだ。下巻は135億年前の宇宙創生期から科学革命到来までを描く。それだけでも気宇壮大で、下巻を読んだ限りでは一方的な肩入れが感じられなかったことからも判る偏向性の無さと相俟って、50カ国以上で刊行の世界的ベストセラーとなった理由であろう。
- 旧人類が、7万年前頃から、次第に(ネアンデルタール人は3万年前、ホモ・ソロエンシスは5万年前)アフリカ南西沿岸のホモ・サピエンスが到着すると駆逐され、姿を消す。彼らは我らの遺伝子に僅か(ネアンデルタール人は中東とヨーロッパの現代人に特有のDNAのうちの1-4%を、デニソワ人は現代のメラネシア人とオーストリア先住民に特有のDNAのうちの最大6%)に遺す。
- 私は旧人類と我らの関係はウマとロバで、交雑不能と思っていた(「イヴの七人の娘たち」('02))。本書は、旧新両人類の共存した5万年前頃はまだ交雑可能だが、相互に異種と認知される違いがすでに付いていたとする。だから本気で結婚する気にはもうなれなかった。もう少し接触が先になれば、遺伝子はウマとロバの関係になっていただろう。ウマとロバは祖先を同じうするから、分かれてから長い間交雑可能であったが、今は遠くなりすぎて不可能だ。5万年前は人類のその分岐点あたりであったろうという。
- ネアンデルタール人が我らホモ・サピエンスを凌駕する身体能力を持ち、脳の容積も我ら以上だった。だが、我らは柔軟に操れる言語を習得し、7万年前頃に、それを顕著に集団生活や狩猟採集活動に応用する認知革命を起こすことが出来た。認知革命は過去に聞いたことのない歴史のくくり方である。チンパンジーなどの類人猿から旧人類までは同一集団帰属意識をもって行動できる個体数は、せいぜい50程度という。だが新人類は認知力の特段の向上により150人、千人、万人の集団を同じ目的に行動させることが出来るようになった。
- 新人類は家族の上の部族さらには民族を見ることができる、国家、世界を見ることができる、経済活動では法人を見ることができる、宗教では神を見ることができる。実体のない虚構を抽象して、それを信頼の拠り所とすることが出来る。新人類はあらゆる動物的ハンディを言語習得による文化の形成によって克服することが出来た。それが新人類を動物の頂点に君臨させる結果になった。
- ヒトの行動は今や生物学の対象から歴史学の対象になった。でも認知革命以前の旧人類の例えばホモ・エレクトス(ネアンデルタール人が活躍した頃東アジアに広がっていた)が、火の効用は知っていたにせよ、せいぜいお粗末な石器までの文化であったが、種としては、200万年という寿命を持てた。それに対して新人類の種としての寿命は、(最悪の場合として核戦争を例えば想像すると)文化の異常な発展の末に、あと1000年もつかどうかも怪しい。
- 12000年前あたりから農業革命が芽吹く。それまでのご先祖は狩猟採集人だった。本書は、彼らの社会政治構造や精神生活状態については確言しにくいと言う立場を、基本的なスタンスとして堅持している。本HPの「家族進化論」('16)は山極先生の大型著作を紹介している。先進民によって砂漠や極地或いは山奥に追いやられていない狩猟採集民の本来の在り姿を、我々は史上2回目にすることが出来た。コロンブスが上陸してすぐのアメリカ先住民であり、クック上陸時のオーストラリア先住民である。前者については本HPに「アメリカ先住民激減の歴史」('16)や「アメリカ先住民史」('17)に載せている。後者については「1.3万年の人類史」('16)に部分的に触れている。
- 本書によると、オーストラリアがイギリスに征服される直前、30-70万の狩猟採集民が200-600の部族に分かれて暮らしており、各部族がさらにいくつかの集団に分かれていた。各部族には独自の言語、宗教、規範、習慣があった。父系もあれば母系継承もある。平和共存型もあれば、戦闘的集団もある。隣の部族とは言葉すら通じないと云った話は、オーストラリアだけでなく、あちこちの狩猟採集民部族から聞こえてくる。この文化の多様性は認知革命の古さの証明でもある。グローバル化の急速表面化による弱小言語の消滅という形で、その名残がクローズアップされている。
- イギリスのストーンヘンジは農耕社会の遺跡である。でもそれに勝るとも劣らぬ壮大な遺跡がトルコにあり、農耕開始直前の狩猟採集社会の遺跡と認められている。異なる生活集団や部族が群れ集まって、何らかの宗教的或いはイデオロギー的体制を敷いていたと考えられている。彼らの文化の複雑性を物語る。
- ホモ・サピエンスは生物史上最も危険な種である。私たちの祖先は、自然と調和して暮らしていたと主張する、環境保護運動家を信じてはならないとある。狩猟採集民の広がりに伴う動物種絶滅の第一波に続いて、農耕民の広がりに伴う絶滅の第二波が起こった。産業革命以降は絶滅の第三波である。第二波までは陸上動物が絶滅したが、第三波からは海洋資源の絶滅が始まっている。我らの近辺でもクジラにマグロ、ニシンにサケは言うに及ばず、サンマにサバ、イワシ、ウナギにまで絶滅が迫っている。
- 古生物学者は、ホモ・サピエンスの移動に合わせるように、日ならずして大型動物種が亡びる歴史を証明した。孤立の大陸オーストラリアにおけるホモ・サピエンス上陸(4.5万年前)後の大型動物相絶滅の惨事は、ホモ・サピエンスが食物連鎖の頂点に立った瞬間からの生命史展開の典型として紹介に値する。体重が50kg以上ある大型動物24種のうち23種までが数千年を経ずして消滅した。彼らに食物連鎖的に繋がっていた小さい種も消えた。オーストラリア大陸の生態系は、アフロ・ユーラシア大陸が経験しような気候激変期なしに、大きく変わったのである。
- 1.6万年前にアメリカ大陸に渡ったアジア系ホモ・サピエンスは、4千年ほどかけて南米南端に到着する。比較的寒冷の地に住んだネアンデルタール人も活動しなかった北極圏の極寒の地から、赤道の酷暑の地を経て、気候だけではない環境の大変化を克服して、まだまだ南進する。同じ遺伝子のままでだ。どの生物種もなしえなかった壮挙である。ホモ・サピエンスの比類なき創意工夫と卓越した適応性には、我が同族ながら、感嘆する以外ない。
- でも「マンモス・ハンター」の彼らのために、何百何千万年をかけてそこまで進化したはずの土地の大型動物相は、1千年2千年の間に絶滅を余儀なくされた。北米では大型哺乳類47属中の34属、南米では60属中の50属を失ったという。マダカスカル島やニュージーランド、或いは太平洋やカリブ海に浮かぶ島嶼では、絶滅は、逃げ場が少ないだけ、もっと短時間にしかも確実に行われた。ホモ・サピエンスは「罪深い」種である。
- 生業の農耕への移行は11500年前頃からのようだ。野生動物の家畜化もやや遅れてではあるが並行してヤギから始まった。農耕とて野生草木採取の延長線上にあり、家畜とて飼い犬の延長線上にある。犬の飼育は前時代から始まっている。私たちが摂取するカロリーの9割以上は、私たちの祖先がそれから6千年ぐらいの間にかけて栽培化した、ほんの一握りの植物に依存している。過去2千年間に家畜化栽培化された動植物にはめぼしいものはない。
- 農業は容易いものではない。適当な野生種が見つからない。中東の小麦、エンドウ豆。中央アメリカのトウモロコシと豆。南アメリカのジャガイモ。北アメリカのカボチャ。ニューギニアのサトウキビとバナナ。中国のコメ。南アフリカの・・・。畜産業も飼い慣らせればこそで、地域の特徴が、中国のブタ、南アメリカのラマといった風に出てくる。世界各地で農業革命が独立に起こった。適切な野生種のない地域例えばオーストラリアでは起こらなかった。カンガルーなど家畜にならない。
- 農業革命によって食糧は増大した。同じ土地面積で養える人口は10倍になった。それで動物界の頂点に立てたという意味では、素晴らしい成功である。だがそれでヒトが幸せになったかというと著者は否定的だ。労働時間の比較がある。現在の狩猟採取民は、その日の食のために働く時間は3-4時間。でも島崎藤村:「千曲川のスケッチ」などを見れば(見なくてもこの年だから戦前の日本農業は直の見聞で知っているが)、暗い内に起きて日が落ちるまで働くのが農家の日課だ。
- NHKの「所さん! 大変ですよ」(10/26)は、ケニアのマサイ族を取り上げていた。彼らは近年に狩猟採取民から農耕民になり定住生活をしている。国立自然公園近くに住む彼らの村の農耕地を象が荒らし回るのである。餌(ヒトなら財)があれば狙われる。村を防壁が取り囲む。象なら畑荒らしだけだが、ヒト集団間の関係になると、悪くすれば戦争だ。初期の単純な農耕社会では、暴力による死亡割合は、男では1/4と言う研究があるそうだ。狩猟採取民時代であれば、雰囲気が悪くなるとさっさと移動するし、第一狙われる資産など身につけていない。
- 感染症は集団定住につきものだ。おまけに家畜の病原が進化してヒトを襲う。アメリカ先住民の歴史を調べたとき、河川流域に農耕民として居住した先住民は、ヨーロッパから持ち込まれた流行性病原菌によって全滅に近い惨状を呈したと知った。幼少年期の高い死亡率が知られている。もともと狩猟採取に向いた肉体に発達した姿で農耕を始めたものだから、脊椎や膝、首への負担増加がそのための疾患となってヒトを悩ませる。穀物に頼りすぎの単純食卓は、不作になるとその影響は甚大だ。
- 工場式食肉農場の現代の子牛(肉用)の説明がある。彼らの一生の平均は僅かに4ヶ月で、生まれるとすぐ母牛から引き離され、身動きならぬ畜舎に閉じ込められる。動いては肉が硬くなる。子牛が初めて歩き、筋肉を伸ばし、他の子牛たちに触れる機会がくるのは、屠殺場に向かうときだ。今や牛は世界で10億頭以上という。ヒトの農業革命による家畜になって、数では牛と言う種は大成功を収めた。だがもっとも惨めな境遇を強いられている。
('17/10/27)