人類と気候の10万年史
- 中川毅:「人類と気候の10万年史〜過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか〜」、講談社Blue Backs、'17を読む。著者は立命館大学古気候学研究センター長。福井県水月湖水底のボーリングで採取した堆積物に刻まれれた「年縞」は、今や年代測定の世界標準になった。その研究の第1人者が水月湖「年縞」で判る過去10万年を中心に解説する。
- 今は口を開けば温暖化だが、'70年頃の気候学者は真面目に氷期到来を心配していた。ロングスパンの気候変動が地質学的に測定できるようになり、5億年に亘る気候の周期的変動が明らかになった。だんだん振幅が大きくなるが、過去300万年の平均気温は低下傾向をくずしていない。今は停まったようだが、80万年昔あたりからは10万年間隔で氷期と間氷期が繰り返す気象スタイルが継続した。
- ミランコビッチは天文学と気候学を結びつけた重要な理論を導いた。今も色褪せない内容だ。地球の周回軌道や回転軸の周期的な変化が気候と強い相関をもつ。公転軌道の離心率変動は気候の10万年サイクルと一致し、地軸の傾きが発生する4.1万年の周期は、おおよそ100万年前よりも古い時代の氷期の周期を決めていた。でも4.1万年周期から10万年周期への移行を決める因子は判っていない。地軸の向きが円運動する2.3万年の周期は、モンスーンの降雨量をリズミカルに変えているという。
- グリーンランドの氷床は過去6万年の詳細な気候変動を記録していた。最近の1万年ほどの変化は安定的だが、氷期の激しく不規則な気温変化は、地球軌道の滑らかな変化とは対称的だ。関係因子はミランコビッチの因子だけではない(ミランコビッチの因子はペースメーカーほどの意味らしい)。それら(どこまでかは知らない)を加えて、IPCCや我が国の地球シミュレータをはじめとする世界の各研究機関は、何も対策を講じなければ今後100年の間に2−5℃も上昇するとしている。今は安定期だからそんな推算が出来るが、地球のような複雑系の外力に対する応答では、株価変動や人体健康のように突然のキャタストロフィ的カオス的変化になるか判らない。ここのところの気候のブレの大きさは不気味である。著者はこの可能性を簡単な物理モデルで示した。
- 若狭の小浜に近い水月湖は古気候学にとって理想的な「年縞(四季の変化に対する地層色模様の変化)」を供与してくれた。理想的である理由が縷々述べてある。湖底の堆積物が、攪乱・外乱を加えられることなく、7万年に亘って静かに積み重なって年縞を作っている。川が流れ込まない、湖底と表面との間に対流がない、湖底が深く無酸素状態で生命活動がない、堆積速度より地盤沈降速度の方が早くて、堆積物で浅くなり湿原状態になったことがないなどなどが、数え上げられている。
- 水月湖は今では世界標準時計である。45mもの切れ目のないボーリング・コアが再現できたため、絶対に近い年代として、考古学で多用される放射性炭素(C-14))年代測定法の較正が7万年まで遡って出来ることになった。C-14法は最長5万年までが実用範囲だ。最大の泣き所は大気中C-14濃度一定の仮定が必ずしも正しくはないことだった。5万年で169年という誤差に縮まった。
- 樹木年輪法は絶対の年代目盛りとして今では1.26万年まで確定しているという。ウラン・トリウム法も元素崩壊を利用する時間スパンの長い対象に有効な方法で、WikipediaにはTh-230とTh-232の比率を測定するとある。(本書ではUとThの比から求めるとあるが、精度はWikipedia記載の方が一般にはよいと思う。)
- 水月湖の年縞が途絶える45mの下をさらにボーリングすると、73mの位置まで堆積物が続く。合計すると15万年分だそうだ。海水位が上がったときは海水の影響があった。でもとなりの琵琶湖にはそれがない。琵琶湖からは45万年前までの堆積物が取り出せた。(「年縞」については書いてなかった。)新聞等にもよく出てきたが、堆積物の中の花粉分布は、当時の植物相の直接の証拠であり、古気候を間接的に導き出す物証になる。
- 水月湖15万年の植生景観は、ミランコビッチ理論の2つの周期、10万年と2.3万年の周期の重畳効果としてあらかた説明が付く。ご丁寧なのはスギ属の消長で、大波と小波が重なって現れる。地球歳才運動周期の2.3万年ごとに小波のピークが現れ、地球公転離心率の動きと同一周期の10万年で大波が現れる。
- 水月湖周辺からは巨大なスギの切り株が、発掘され保存されている。樹齢は書いてないが9千年前に生きていた。ほかにもスギの大きな切り株は多いそうだ。屋久島で巨大な紀元杉を見たことがある。ヒト体細胞は60回で分裂が終わる。テロメアが分裂のたびに短くなって、半分になったら分裂できなくなる。ところが杉は分裂のたびにテロメラ−ゼで修復してしまうから、紀元杉や縄文杉が可能になる(ref.「哺乳類誕生T」('15))。5千年前頃のピークが、その前回ピークからの2.3万年目に来ている。両期の気温は似た値だ。温暖期の特徴であるクリ、シイ、カシなどは確かに繁茂に向かっている。
- 年縞の花粉分布は、今日の日本南北のそれと比較することによって、精度の高い温度分布に換算できる。幸い、世界最高水準と書いてあるが、我が国は南北に広い多彩な花粉分布が緻密に調べられている。日本のような中緯度域では夏の日射量が年平均の気温に大きく響くと定性的に書いてある。ミランコビッチ・サイクルに対応した8月の日射量は、最終氷期の終わりまで、年平均気温とよく対応する図が掲示してある。
- 最終氷期終了後の気温の立ち上がりは、12万年前の前回公転軌道離心率最大時期とよく似ていた。ところが8千年前あたりから、ミランコビッチ理論からずれはじめ、どんどん解離し出した。8千年前とは人類が文明生活を始めた時期である。
- 主要な温室効果ガスは二酸化炭素とメタンだ。南極などの氷床に閉じ込められたガスの分析によると、温室効果ガスも過去何10万年に亘ってメランコビッチ理論に沿った変動を示すという。メランコビッチ理論からガス濃度が求まるのではない。気温変化と並行的だと云うこと。ところが二酸化炭素は8千年前から、メタンは5千年前から傾向が顕著にずれ出す。アジアにおける水田農耕(メタン放出)の普及、ヨーロッパにおける大規模な森林破壊(二酸化炭素吸収の減少)が対応すのではないか。
- '01年のNHKスペシャル「日本人はるかな旅@マンモスハンター・シベリアからの旅立ち」は衝撃的であった。北九州であったと思うが、そこから出土した縄文人人骨から抽出したDNAの鑑定の結果は、バイカル湖畔のブリヤート人との共通点が非常に多いという(ref.「新進化論」('08))。いろいろ読んだが、我らが祖先は津軽海峡、朝鮮半島、大陸、南西諸島島伝いに最終氷河期頃には日本列島に入り込んでいたらしい。
- 旧石器人がどんな環境で暮らしたか。著者らは1cm(10年)間隔で花粉分布を求めた。安定期からは想像が付かぬほどの不安定気候が彼らを苦しめていたようだ。一生の間に2-3回気温にして5℃程度の変動があった。IPCCらが描く100年後の気温変動が数℃だ。上昇が0.5℃でも集中豪雨にスーパー台風を我らは経験しつつある。氷期の平均的には低い気温の変動と今日のそれとを同等に扱うことは出来ないが、彼らの生活レベルから云って、変動の与えるパンチ力は我らに対するもの以上だったかも知れない。
- 著者は一貫して、今は安定期だが、今後の気象が、いつ何時氷河期で見たような不安定状態に陥るか判らないという。IPCCの予測には安定期が継続するという前提があるが、それは保証の限りではないとしているのだろう。氷河期類似の不安定現象に繋がりかねない事象は、安定期に入ってからもときおり起こっている。
- '93年には日本列島は冷夏に見舞われ、東北の米作は平年の3割に落ちた。フィリッピン・ピナツボ火山噴火の影響とされている。噴出物が地球の日傘を作ってしまった。古典期のマヤ文明の崩壊は9年間に6回も干魃に襲われたためという。カリブ海の年縞のチタン分析と精密なマヤ暦との対比で分かるそうだ。チタンは周辺陸地の降水量のメジャーである。原因には触れられていない。
- 筆者はIPCCの予測前提については何も紹介していないので、我々にはIPCCが取り込み済なのかどうか伝わらないが、予測しがたい大事件、例えば何千年に1回の巨大連続噴火とか、大地震とか、或いは大隕石との衝突とか、が地球上で重なったら、安定期を不安定期に戻す引き金になるのではないかと恐れているようだ。IPCCが異常事件勃発を組み込んでいるなら、それに対する反論を掲載すべきであった。
('17/10/09)