すごい進化
- 鈴木紀之:「すごい進化〜「一見すると不合理」の謎を解く」、中公新書、'17を読む。著者は若手の進化生態学・昆虫学者という。「古生代3億年」('17)では、大量絶滅事件で進化の方向が転換した歴史を知った。可能性に満ちているがために、偶然を背景に、多様にしかし自然淘汰を運命として歩む生命の歴史を、著者はどう話すのか楽しみだ。
- カタツムリは普通は右巻きだ。右巻きと左巻きは性交渉できない。あんなにのろのろとしか動けない動物では、子孫を残す上で左巻きは圧倒的に不利だ。それでも左巻きは完全には淘汰されない。右巻きしか食わない蛇の話がある。ハワイのような海洋島ではたまたま運ばれた左巻きカタツムリが、子孫維持に足るだけの割合を持っていたのかも知れない。自然淘汰万能ではなく遺伝上或いは環境上の制約がある。
- 屋久島は何度か訪れた。一周観光で見た固有種:ヤクシマザル、ヤクシカは小さかった。日本本土の種とごく近縁のはずだ。植物園で見た固有種植物にも同様のことが云える。遺伝子の多様性が固有種は揃って欠けていたとはとうてい思えないから、生活環境上に大型化が不利となる制約があったに違いないが、この疑問への答は判らずじまいになっている。
- 幼いころカラタチの垣根が続く線路脇に住んでいた。やってくる蝶はナミアゲハが殆どだった。卵を産んで行く。近所の大根やキャベツの畑にはモンシロチョウ、スジグロシロチョウが舞っていて、青虫が葉を食い荒らしていた。最近の子、ことに都会の子はこんな風景はあまり眼にしないだろうが、戦後しばらく迄は当たり前の経験だった。
- 私は中学生のある時期、昆虫(殆どが蝶)採集に熱中したことがある。蝶の幼虫に極端な偏食性があることは自然と覚えた。国蝶オオムラサキの幼虫はエノキ一筋(「武蔵嵐山」('00))だ。ウラナミシジミの幼虫はマメ科植物を食う。千葉ではお百姓から見るとエンドウ豆専門で、北限が安房の国だったために、房総半島を春から夏にかけて毎年北上したという(「県立中央博物館」('97))。
- ハチの中には幼虫にただ1種だけの肉を脱皮までの食糧として与えるものがいる。ファーブルは、狩人バチがバッタなりカマキリなりを、生ける屍つまり植物バッタ、植物カマキリにして、我が子の成虫になるまでの生食として与える行動を見事に解析してみせる(「ファーブル昆虫記」('07))。この偏食ぶりにも恐れ入ったものだ。
- 動植物が生きる最大の目的は次世代に命を繋ぐことだ。本書は植物食昆虫の偏食性を追求する。「チョウと植物の共進化」という記念碑的論文が'68年に出たそうだ。食われてはたまらぬ植物がそれを防ぐ毒物を出すように進化する。動物はそれに対抗する解毒法を編み出す。「軍拡競争」と書いてある。専守防衛の日本とその領海を脅かす某国との関係だ。4億年(「昆虫の4億年 」('15))のお付き合いの間に、この追いかけっこが、戻れない道の「進化の袋小路」に入り超偏食性を生んだ。たしかにモンシロチョウの幼虫はミカン類では育たない「トレードオフ」の関係にある。
- ところが近縁種では「トレードオフ」関係は厳密ではない。ゼフィルスという金属光沢の、チョウの蒐集家にとっては垂涎のシジミチョウ類は、野生だとブナやカシの樹上を俊敏に飛び回るので、採取は苦労だ。普通の採取ネットに竹竿を2本ほど継ぎ足して、さらによほど辛抱強く待たないと手に入らない。手に入ってもたいては翅がボロけている。完全な標本を得るには、飼育が一番だ。飼育家は、野生では食わぬ代用食があることを知る。代用食の存在はアズキゾウムシですでに知られていた。幼虫にとってはほかの豆でもいいのだ。
- 遺伝子解析の技術が進歩して、「進化の袋小路」を柔軟に抜けて、昆虫が今までは縁のない新しい植物パートナーを見つけるケースが結構あることが判ってきた。袋小路だったら、一旦繋がった植物と昆虫は運命共同体のごとくに、同じ系列に展開するはずだが、必ずしも分岐が一致しないのである。このほかに「みかけの制約」として、卵の大小と成虫の大小の関係、栄養卵と産卵場所の関係など興味ある記事が載っている。栄養卵とは未受精卵で、孵化した幼虫が一本立ちするまでの離乳食に相当する、母虫の贈り物である。
- アブラムシのハンター:テントウムシの生態は、日本人研究者により解明されてきた。クリサキテントウとナミテントウが競合する日本本土では、前者が松林に生存域を追い込まれている。本書の著者は、両種の求愛エラーの相違が運命を決めたとしている。求愛エラーとは近縁種で起こる別種間の性行動である。前者のオスはメスであれば見境なしに求愛する。後者もエラーを起こすがその程度は低い。
- 両種の間には子孫は作れない。しかし昆虫の受精は、メスが貯精嚢から精子を小出しにして卵子と合体させるのだから、何回かの交尾の際に同種とのそれが1度でもあれば、その精子が卵子を目覚めさせるであろう。両種が混じって生活しているときクリサキテントウは子孫を残すのに不利な立場になる。だからまずくて俊敏で補食しにくいマツオオアブラムシ地帯に追いやられた。両者が混在しない南西諸島のような地帯では、クリサキテントウもアブラムシについて選り好みを見せないという。
- テントウムシにもオス殺しのバクテリアが細胞内に共生するときがある。受精のとき、メスのオス殺しのバクテリアが働いて、オス卵を栄養卵に変えてしまう。クリサキテントウの感染率は高くナミテントウほどの免疫機構が進歩していない。だが、栄養卵化したオス卵は、幼虫の離乳食になって、数が少なく捕食に手強いマツオオアブラムシに対抗出来る体力に成長するのに貢献する。なにかオス殺しにも戦略が感じられる。
- 私はネアンデルタール人とホモ・サピエンスの交雑について、ずっと関心を持ち続けてきた。ブライアン・サイクス:「イヴの七人の娘たち」、大野晶子訳、ソニー・マガジンズ、'01(本HP:「イヴの七人の娘たち」('02))では、両者は、染色体的にはロバと馬の関係だったと推論する。ロバと馬はラバを生むが、ラバは子を作らない。染色体数が1本違うからだ。ことに高等動物の属内交雑は困難だ。
- しかし「化石のDNA」('12)では、当時の最新の情報が交雑を肯定するとしている。本書も肯定派である。数%ものDNAがネアンデルタール人起源だという。彼らの洞窟からはあまり混血者の痕跡はないようだから、筋骨逞しいネアンデルタール男子が、かなり一方的に求愛エラーを起こしたのだろう。影響多大であったヨーロッパ、中近東とその他の地域例えば我らアジアの民族間に、どんな特質差をもたらしたか、いろいろ興味は尽きない。
- このHPの「性転換」('02)や「できそこないの男たち」('09)には有性生殖動物の基本になる性はメスで、オスは受精を必要とする時期にだけ生きることを許される哀れな存在としてある。「私は哺乳類のオスに生まれてよかった。男は性の奉仕以外に種の維持発展に別の役割を担うことで寿命を延ばした。」と書いている。オスはまことに無駄である。彼は精子を運搬するだけだ。生まれた子供の半分は次の子孫を作らない。それに例えば孔雀の羽を見よ。メスとの交尾を求めてオスはあらゆる無駄!を実行せねばならない。本書の著者は、なぜオスなどと云う非効率な性を作る理由を追及する。
- このHPでは「金よりも金色」('98)、「擬態」('07)などで保護色とか擬態に触れている。7/30放映のNHK「ダーウィンが来た!生きもの新伝説 「かくれんぼ名人!葉っぱになった虫」」を見た。主役はコノハムシだが、その他数々のマレーシアの森林で見つかる擬態昆虫を紹介した。ナナフシも入っている。
- 本書は、ユウレイヒレアシナナフシが無性生殖と有性生殖の両刀遣いであることを紹介する。ナナフシは昼間は小枝になりきって動かず、暗くなってからオスが羽で移動し交尾相手を捜す。コノハムシとナナフシは親類で、NHKの映像はコノハムシも交尾に飛び立てるのがオスだけと紹介したから、コノハムシも交尾に関してはやっぱり両刀遣いかも知れない。
- 植物に擬態して動かないのが「命」という動物は別として、オス、メスが活発に動ける場合は、たとえ両刀遣いでも、たちまちに有性生殖が優勢になり、確率的にはオス・メス比が1:1になるのは明らかだと本書は思考実験してみせる。40億年の生命の歴史の中のどこかで、オスが発明され、あとは否応なくこのシステムに従うようになった。そうでもなければ倍の子供を産む無性生殖が少数派になる理由がない。
- この理論は龍谷大・川津博士が大学院生の頃に発表したもので、まだ国際的に認知されていないという。有性生殖選択に対しては、従来からの「遺伝的多様性(遺伝子組換え)仮説」も「赤の女王仮説」も強力とは云えぬ面がある。その検討がしてある。赤の女王仮説とは短期的な寄生者と宿主の対抗関係に遺伝子組換えが必要だとする話で、有用な仮説として支持され続けてきた。
- 本書の見開きのページに蝶の擬態を示す写真が出ている。有毒蝶(スジグロカバマダラ、カバマダラ)に擬態して鳥に食われるのを防いでいる蝶がいる。秋にはお馴染みのツマグロヒョウモンだ。コノハムシの擬態は完璧に近い。危なくなると、枝から離れて、まったく木の葉がひらひらと落ちる落葉状態を再現して見せて、天敵の眼を誤魔化す。私はあの映像には感嘆した。でもツマグロヒョウモンは文様としては擬態不完全だ。
- 擬態対象が2つだから、どちらにもそこそこに似て、しかも天敵が見間違える程度でいい。どうもそれがツマグロの戦略らしい。天敵も1種だけとは限らない。アリに擬態するクモが出ている。そのクモはアリの攻撃のほかにクモを餌とするクモからも逃れねばならない。毒ヘビに擬態した無毒ヘビは、毒ヘビがいない領域では天敵に襲われる率が高いらしい。毒ヘビのいない地域では、無毒ヘビは、毒ヘビのいる地域ほどにはしっかりと擬態していないという。「不完全」も合理的な理由を持っている。
- つわりは一見不合理だ。栄養を付けねばならぬ妊婦が、当たり前のご馳走なのに見るのも嫌がる。でもこれはその時期の胎児防衛策だという。自己免疫疾患も同じだ。外敵に対して過剰に対処せねば、我が身が滅ぼされるケースが出てくる。収斂進化の分子メカニズムが解明されだした。カフェインは植物の防虫策だが、植物種が違うと合成ルートも別だ。春化には多くの遺伝子が関与する。それを回避するメカニズムは世界各地で違っていてもよいのに、機能を停止させられる遺伝子は同じという(シロイヌナズナ)。進化は一本道ではなく選択肢は多様だ。
- 本書は、ダーウィンのお題目:自然淘汰で万事飲み込んでいた進化のメカニズムが、制約の中に適応を見つける精密な機構によって、それでも適応しきらずに亡びるものを残しながら、危ういバランスの世界を生命が実現しているさまを活写した。現役最前線の研究者の、推奨に足る一般教養書であった。
('17/08/02)