宇宙全史(未来編)

本書(吉田伸夫:「宇宙に「終わり」はあるのか」)のはじめの方に「2ページで語る宇宙全史」という要約記事がある。多分学会は百家争鳴状態だろうが、その中から著者なりに選んだ筋書きが要領よく短い文章で示してある。未来編は、それと本HPの「宇宙全史(過去編)」('17)を見てから読むと理解しやすいように思う。
現在は宇宙暦138億年である。宇宙の終わりを、本書には10の100乗年ごろとしている。138億年は人に喩えれば産声を上げたばかりの新生児だ。あらかたの道具立ては出来たが、これから例えば消化器官系や神経系のように大発展を遂げるはずの未来が控えている。宇宙の再生があるとする理論も昔は有力だったはずだ。だが、仏の輪廻の世界は、物理学会ではもう否定されている。恒星はエネルギーを使い果たし、宇宙は際限なく膨張した結果天に星はなくなり、隣のいない孤独で静寂な世界が冷たく無機的に転がっているだろう。人類は勿論あらゆる生命体がとっくに死に絶えている。宇宙全史(過去編)を読むとそんな予想をさせる。そこに至る経過を読んで行こう。
宇宙の果てに近い場所まで覗ける天体望遠鏡が活躍を始めた。遠くの銀河は現代の銀河の歴史を物語る。ただし統計的な意味だ。ビッグバンの創世期からしばらくは不規則で活発な銀河生成消滅合体活動があった。その余波は今日に持ち越されている。私たちの天の川銀河では、過去数10億年ほどの歴史なら、観測によってかなり把握出来ている。ビッグバンで物質の世界が生まれ、ともかくもそれが10の100乗年も続くのは、物質と反物質の量が生まれたときは同量だったのに、その後の素粒子反応により前者がリッチになったためだ。そうでなければビッグバンの後数億年もすれば虚無の世界に戻ったろうと書いてある。
天の川銀河では、今は年に太陽質量の3個分ぐらいの恒星出現が、矮小星雲との合体などによって生まれている。星生成率は銀河の若さの指標で、遠い、つまりビッグバンに近い年代の銀河には星生成率10というものもあるそうだ。だが宇宙の膨張はいつまでも高い星生成を許さない。40億年後には、我らの数倍のアンドロメダ星雲と合体する運命を控えている。
矮小銀河との合体は、天の川銀河周辺の引き延ばされた星雲残渣といった形で証明される。星雲に働く潮汐力がもとの形を歪めてしまう。飲み込まれかかった銀河やすでに形状を失った銀河の残渣も観測されている。
大宇宙史的には新生児時代と云ったが、天の川銀河史的には今は壮年期にある。まだまだ恒星の誕生は続くが、赤色巨星化恒星が目立つようになり、全体としての光は衰えて行こう。多くの銀河が最盛期を過ぎて老年期に向かういわば壮年期に当たっている。小さな銀河は合体により再生することはある。しかし全体としては老化を辿るのみである。ただ星の生涯だけに注目すると、例えば超新星爆発が物質をまき散らし、それが密度の高い領域に遭遇し、凝集して新恒星となるサイクルが用意されているから、あたかも仏の云う輪廻転生の世界のように見える。お釈迦さまは100億年の話をしたのであって、10の100乗年の話をしたのではなかったと理解しておこう。
巨大質量による重力のポテンシャルエネルギーで温度が上がり、ぎゅうぎゅう詰めになり、ついに核融合が起こって星が輝き出す。恒星のエネルギー源が核融合だと判ってからの天体の寿命は、天文観測と相俟って急速に定量的に掌握されるようになった。今は安定的に水素の核融合が起こっているように見える太陽も、長い目で見るとジワジワと核融合の効率を上げて行き、10数億年後には地球は灼熱の地獄になっている。
中心核では水素は燃え尽きてヘリウムが占め、水素核融合は中心核外部に移っている。1億度に達すると中心核部分のヘリウム燃焼が始まる。表面積あたりの発熱量は減り、表面温度は低下して、赤色巨星になる。大質量(太陽の8倍以上)星ではこのあとに炭素燃焼段階と超新星爆発が控えているが、太陽はそこまで行かない。不安定状態で迷走した挙げ句爆発して質量が60%程度の白色矮星になる。やがて黒色矮星となって一生を終える。
太陽の8%以下の質量の星はせいぜい重水素の核融合がある程度だから、赤外線放射が精一杯である。褐色矮星と呼ぶ。数はゴマンとあるはずだが、観測が難しくしっかりとは把握されていない。太陽の8-46%の質量の星は赤色矮星と分類される。中心部の温度密度とも低いため水素核融合は不活発だから、赤色だ。だがそのために主系列星でおれる期間は数百億年と長い。太陽型恒星の10倍はあるという。天の川銀河の40%の質量を受け持つという。
大型恒星の寿命は短い。質量と寿命は一つの右下がりの曲線に整理できる。星生成率はどんどん下がるから、夜空に目立つほどの光度の星は加速度的に減少して行こう。
科学的にかなりの確度を持って語れるのは、数百億年後までだという。それ以降を困難にするのは「暗黒エネルギー」だという。だから第8章「第二の「暗黒時代」」以降は著者の主観的なお話と受け止めるべきだなのだろう。本書は暗黒エネルギー一定(宇宙常数一定)の標準的加速膨張モデルによる議論である。暗黒エネルギーが次第に増加すると、物質が全てばらばらになる宇宙の終焉「ビッグリップ」になる。次第に減少すると宇宙は縮小に転じ、1点に縮んで消滅する「ビッグクランチ」に入る。どれもこれも物理学者のお遊びで、真面目に心配する必要はない。
我らは天の川銀座に属し、それは局所銀河群にある。隣のおとめ座銀河団とともに、差し渡し2億光年のおとめ座超銀河団のメンバーだ。我らは既述の通り、アンドロメダ銀河と数十億年後には合体する運命にある。300億年後にもなると宇宙膨張で銀河間の相互作用は起こらなくなり現在の構造形が保たれるようになる。宇宙の膨張速度が光速を越え、遠いものから順に見えなくなる。840億年後にはおとめ座銀河団は見えているが、880億年後にはそれも光の届かぬ地平線の彼方に去ってしまう。
宇宙暦100兆年の頃には、偶発的に起こる衝突やニアミスで星が瞬きを取り戻す事件も起こらなくなる。赤色矮星の最後の1個も終期を迎えていよう。ビッグバン直後から100万年ほど経つと宇宙は温度が下がり真っ暗闇になった。最初の恒星が輝き始める数千万年後までが宇宙の最初の暗黒時代とすると、100兆年からは第2の暗黒時代だ。ただ第1時代と異なりもう活気は戻ってこない。
大質量星(太陽の8倍以上)は、核燃料を使い果たした終焉のときの超新星爆発を経て、中心核がブラックホールになる可能性がある。恒星からのブラックホール生成理論は私が生まれた頃にすでに唱えられていた。しかし天の川銀河中心のバルジ部(こんもり盛り上がった生成年代が古い部分:太陽系は中心から2.5万光年はずれた比較的新しい円盤部分にある。)に巨大ブラックホール(太陽の400万倍)が発見されたのは、20世紀終盤に入ってからであった。アンドロメダ銀河にはさらに巨大なブラックホールが存在する。矮小銀河や特殊形状の銀河は別として、ほぼ全ての銀河の中心にブラックホールが存在する。
ブラックホールに引き込まれた物質(塵やガス)はブラックホールの脱出速度つまり光速に近い速度を持っている。物質は角速度を持っているから、互いの衝突と重力でブラックホールを周回する円盤(降着円盤)を築く。衝突は高熱をもたらし、円盤物質はプラズマ化している。それが円盤垂直方向の(地磁気のような)磁力線を呼ぶ。電子やイオンはそれに沿って外に拡散する。ブラックホールのジェットである。引き寄せたガス体の1/4に上るという計算があるそうだ。運動する荷電粒子は盛んに電磁波を放つ。
やがてブラックホールは周囲のガスや塵を飲み尽くして温和しくなる。すでに新しい星も出現しなくなった銀河だが、星同士の遭遇は続き、エネルギーを貰った方が宇宙へ蒸発して行く一方で、エネルギーを失った星は徐々にブラックホールに吸い込まれて行く。1垓(10の20乗)年も経つと、銀河系に残れた星も殆どがブラックホールに吸い込まれている。世界は、ごく稀の漂流天体と超巨大ブラックホールだけの虚ろな宇宙になっている。
光子と電子は永遠に安定だが、重たい素粒子は崩壊する。質量をになう陽子、中性子は放射性元素のように徐々に崩壊する。半減期は1垓の1兆倍(10の32乗)年とか1京倍(10の36乗)年とか想像も付かない年月だが、結局は光子になり周囲を温める熱となる。だがその発熱量は、太陽のなれの果ての白色矮星であっても、トータルが家庭の電子レンジ程度だ。宇宙暦1正(10の40乗)年にもなれば、陽子や中性子は宇宙空間から完全に姿を消し、電子、陽電子、ニュートリノ、光子が薄く漂うだけになる。だがまだブラックホールが残っている。
ブラックホール内からは光子すら重力に負けて外部に漏れ出すことはない。熱力学的には絶対零度だ。しかし不確定性原理は量子論の教えるところだ。絶対零度でも、エネルギー量子とならない微細な振動がいつまでも続く。「零点振動」である。重力による空間・時間のゆがみは、場の零点振動を変化させ、場所によるエネルギーの差異を生み出す。重力に応じた温度分布がある。
ホーキングは地平面のごく外側にはホーキング放射があって、ごく低い確率ながらエネルギーが遠方に持ち去られるという理論を唱えた。実験的に確かめられたわけではないが、かなり支持されている。この重力に起因する表面温度はきわめて低い。しかし遠い将来宇宙が絶対零度に近づき、ブラックホールの方が周囲より高温になる日がやってくる。その日からブラックホールはホーキング放射によりエネルギーを失い始める。天の川銀河と同じくらいの質量をもつ超巨大ブラックホールであっても、10の100乗年頃には消えてしまう。それからはもう新しい構造が宇宙に生まれると期待するのは無理だ。「ビッグウインパー」の状態である。
始めに触れたように、暗黒エネルギーの性質次第で、本書のストーリリーはひっくり返る可能性がある。宇宙が加速膨張から収縮に転じないという保障はない。普通の物質よりははるかに多い暗黒物質も殆どまだ未知の存在だ。宇宙は時空の4次元ではなくもっと高次元なのかも知れない。ひところ騒がれた超ひも理論は10次元説だそうだ。
気宇壮大な物語であった。先に上梓した「サピエンス全史(下)」('17)には、生物であるヒトの未来も載っている。だが本書の時間スケールから見れば、お釈迦さまの掌の孫悟空のような話だ。彼は自慢の筋斗雲で走って見せたが、行き着いた先は釈迦の掌の指だったという。私は、そろそろ人生を閉じてもいい年齢になっている。あの世のお迎えが連れ行くという極楽?地獄?を覗かせて貰ったような気分であった。
7/22追記
NHKオンデマンドで、コズミック フロント☆NEXT「宇宙は偶然か?必然か?最新宇宙論が描く新しい姿」を見た。この「宇宙全史」('17)では殆ど取り上げなかったマルチバース宇宙論を解説していた。宇宙が無数にあるという最新の理論である。素人には仙人の戯れ言ぐらいにしか思えなかった。

('17/07/18)