宇宙全史(過去編)

吉田伸夫:「宇宙に「終わり」はあるのか〜最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで〜」、講談社ブルーバックス、'17を読む。著者は東大出の科学ジャーナリストらしい。このHPにはけっこう宇宙の話が出てくる。最近では「重力波とはなにか」('17)だ。ちょっと以前には「輪廻する宇宙」('15)、「重力とは何か」('12)、「インフレーション宇宙論」('11)を書いた。相対性原理など正式に学んだことはないから、個々には「群盲象をなでる」水準でしか理解していないだろうが、1冊読めば1つぐらいは合点が行く記事に出会すのが楽しみである。まさに継続は力なりだ。
宇宙は加速的に膨張している。物質もエネルギーも刻々薄まって行く。星空に輝く恒星もいつかはエネルギーを放出し終わる。その頃には或いは互いに離れすぎていて空には星一つ見えなくなっているかも知れない。重力が星屑をかき集めて新星を作ったり、ブラックホールに吸い込むことはなくなり、あたりは真っ暗な静寂に包まれた世界になって行く。「10の100乗年」後の世界を始まりのビッグバンに対比してビッグウィンパート呼ぶ。
宇宙の歴史を牛耳る黒幕は暗黒エネルギーだ。それが暗黒物質を生み、我らが実感できるエネルギー、物質をもたらす。ノーベル物理学者・小柴先生の「ニュートリノ天体物理学入門」('02)あたりではまだ未知の怪物的扱いだったのに、この本では暗黒エネルギーがのっけから主役的存在であると認識させられる。
ビッグバンは、ガモフの唱えたような巨大な爆発ではない。異常な高温状態にある一様な空間が整然と膨張を始めたものだ。一様でなくブラックホールが混じっていた痕跡はない。混じっていたらそればかりが成長して恒星系など無いだろう。宇宙の一様性等方性は星の分布からも云える。加速膨張は反重力効果の存在を示す。アインシュタイン方程式の宇宙定数がそれを示す。今は宇宙定数は暗黒エネルギーなる宇宙内在エネルギーを意味すると理解されている。誕生後60億年あたりから宇宙の膨張は重力支配から暗黒エネルギー支配に変わっていった。
ビッグバン以前にインフレーションが起こった。インフレーションをもたらす場としてインフラトン場が導入された。インフラトン場は暗黒エネルギーの担い手である。インフラトン場のどこかに揺らぎを生じポテンシャルエネルギーレベルが下がったとする。この放出エネルギーがビッグバンの物理現象の源となる。もとの落ち着いた暗黒エネルギーの状態を我らの宇宙の母胎マザーユニバースと考えようとある。ポテンシャルエネルギーはインフラトン場の強さの関数であるはずだが、まだ明確に示されていないし、証明の方法があるかどうかも不確かである。
私はお釈迦様はえらいと思う。「色則是空、空即是色」は特殊相対論のキモE=mC^2を示す。般若心経の「色」はものという意味だ。物質の存在しない世界におけるアインシュタイン式の解は無限の昔からの宇宙の膨張を意味するが、ビッグバンの巨大エネルギー放出を受けて宇宙に超光速の大膨張が起こる。エネルギーをやり取りする相互作用では、その伝搬速度が光速を越えることはないが、空間の膨張は光速を越えることが許される。エネルギーは「お釈迦さまの説法にある通り」電子やクオークなどの素粒子に転換され物質が出現する。
クオークは、ビッグバンから1万分の1ミリ秒ほど経過して温度が1兆度以下になると、グルーオンとの相互作用を介して自然に合体し、陽子や中性子を形成する。核融合は数秒後、温度が約100億度になった頃に始まり、10分近くに亘って継続した。ヘリウム4から炭素までの元素は恒星内部の核融合で、炭素から鉄、さらに鉄より重い元素はその後の宇宙の歴史に関わりがある。ヘリウム4の核融合過程に関する理論は確立されており、宇宙観測データに補正を加えた数字が理論とよく一致する。
宇宙空間は膨張により温度が下がり、宇宙暦38万年にいたって温度が全宇宙がほぼ一様に3000度付近まで低下する。電子は陽子と結合して殆ど水素原子となり、光が直進できる状態だ。宇宙が晴れ上がる。電子の電磁力場があると電磁波の光は散乱されて直進しない。これを自由電子がうようよの金属に光を照射すると、金属光沢を生じるという例で説明してある。
138億年前の宇宙の輝きは、宇宙膨張により波長を伸ばしつつも、今日にマイクロ波の背景放射となって地球に残光を伝えている。強さの波長に対する分布がプランク分布だと云うから黒体輻射だったのだ。温度換算では今2.73Kで、温度の揺らぎが10万分の1という。火の玉時代はまったく均一性の高い宇宙だった。物質が生まれても完全に一様だったら固まれない、つまり星が出来ない。
そこで重力のある揺らぎ原因物質、電気を帯びない暗黒物質が考え出された。これだと光り輝く高温世界でも物質は光圧を受けず、荷電粒子のように凝集を妨げられることはない。暗黒物質は銀河の運動と質量の関係から天文学者により早くから仮定されていた。恒星を取り囲む空間にはたっぷり暗黒物質が漂っている(揺らぎでできたのがハロー)はずだ。ハローが恒星や銀河の種になって、普通の物質をも重力で引き込み凝集塊に成長させる。宇宙の火が消えてから数千万年後のことで、輝く星が宇宙の暗黒時代を終わらせる。
私は高校で当時としては珍しくも地学を履修した。私の天文学に関する基礎知識はそれ止まりだ。本書で斬新である知見の1つは、寿命が僅かに数百万年の第1世代の恒星(種族V)の話と種族別に見た恒星生成メカニズム、それから星間物質に関する記述であろう。銀河間星間物質は宇宙暦10億年頃から殆どが電離したままである。一旦冷えて水素原子になった電子陽子は、放射線を浴びてほぼ100%再電離した。放射線源はクエーサーもその1つらしいがはっきりしない。
巨大ブラックホールがその周囲に作るガスや塵の円盤から、物質がブラックホールに吸い込まれるとき物質同士の摩擦衝突が強力電波を発する原因になる。その状態の天体をクエーサー(準星)と呼ぶ。この電波は僅かに残る星間水素ガスの測定に、役立っているという。最初の星が生まれるまでの宇宙暗黒時代の解明に役立つそうだ。
太陽は種族Tの比較的新しい恒星で、生後46億年と云うから宇宙暦138-46=92億年に誕生した。銀河のディスク部にあり、誕生までに種族UやVの恒星の超新星爆発により宇宙にばらまかれた金属(ヘリウムより重い元素の意)を集めている。誕生の時、重力で水素やヘリウムが圧縮され高温になった際、微量に含まれる炭素や酸素の分子が放射冷却によって熱を逃がし、圧縮を容易にする。充分に圧縮されて高密度になり、原子核同士が衝突を始める。核融合である。
太陽の重力が呼び込んだ物質の塊のうち、真っ直ぐに落ち込まないヤツは太陽を中心に旋回する。始めは太陽の周辺を立体的にランダムに塊が分布していても、衝突が軌道を淘汰する一方で、微惑星さらに惑星を生み、角運動量保存の法則で整理されて、比較的円軌道に近い同一方向に惑星が旋回する太陽系円盤を生む。惑星への進化が行われる原始時代は100-1000万年ほど続く。ハビタブルゾーンは狭い。円軌道で太陽から適当な位置にあればこその生命である。他所から飛んできた彗星のような軌道では生命が生まれるチャンスはない。
地球の水は彗星が運んできたという説が有力であった時代があったという。彗星が汚い雪だるまだとは聞いたことがある。しかし欧州宇宙機関が打ち上げた彗星探索機が、彗星の水素と重水素の比率が地球と異なることを明らかにして以来、彗星説は勢いを無くした。
水金地火の岩石惑星はもともとは少量ではあるが水を持っていた。しかし水は、微惑星の衝突エネルギーで加熱されては宇宙の彼方に放散させられた。地球に対するトドメは45億年前に地球よりは少し小さい程度の惑星の衝突で起こった。地表の水は飛散し、同時に飛び出した岩石が再凝集して月になった。
地球の大部分の水はスノーラインの彼方から供給されたと考えられている。スノーライン(水の凍結線)は火星と木星の中間あたりにあって、巨大ガス惑星(木星)に取り込まれなかった氷粒が塵と合体して大きくなり、水を含む小天体となっている。これが地球と衝突して水源となったという。
原始太陽系円盤は太陽に近いほど物質が密に分布しているだろう。固体岩石は「人工衛星が再突入するときのように」強く摩擦を受けてエネルギーを失って中心に近づいて行く。太陽に近い惑星は岩石惑星である。スノーラインを超した物質密度の低い位置の水蒸気は、氷を核とする巨大なガス惑星(木星、土星)に成長する。さらに遠方のガス密度がごく薄い状態になると成長速度が追っつかず、あまり巨大でないガス惑星(天王星、海王星)にどどまる。この荒っぽい太陽系成長に対する説明は、聞いたことのない私には斬新だった。

('17/07/12)