偽りの経済政策T
- 服部茂幸:「偽りの経済政策〜格差と停滞のアベノミクス〜」、岩波新書、'17を読む。このHPの「アベノミクスの終焉」('14)は、同じ著者の同名の本に対するコメントである。彼は、私もだが、アベノミクスに批判的だ。本書の最後に'17/3中頃のデータにまでアップデートしたとある。それからまだ1四半期しか経っていない。日経平均株価はこの間あまり上下せず、25日移動平均で19400円から19800円まで上がった程度だ。経済視点からの時事問題には、適切な教養書なのだろう。
- 三省堂の店頭に、浜矩子:「どアホノミクスへ 最後の通告」、毎日出版、'16が堆く積まれていた。どきつい表題からして反アベノミクスだ。このHPに「世界通貨の知識」('11)、「円高円安」('12)、「新・通貨戦争」('13)がある。いずれも浜さんの著書への感想文である。私は経済学の立てる予想はまずは当たりっこないと思っているから、反主流的発言を聞くのは大好きだ。でも浜さんが1ドル50円時代が来ると云ったときはさすがに驚いた記憶がある。判らぬ時はドラスティックにものを言うのが、印象付けるためには一番大切だ。
- まえがきに終章の「アベノミクスとポスト真実」が結論だとある。そことあとがきから読み始める。この「ポスト真実」とは、オックスフォード辞書に載った「2016年の言葉」だそうだ。本当のところはさておいて、自分に美味しいように仮面を被るといった意味合いか。経済学は実験検証が出来ない。だから百家争鳴で、ああいえばこういう世界らしい。
- 同じく実験検証が出来ない地球各地の刻々の天気予報が、気象シミュレータでかなり正確に出来るようになっているのだから、ド素人の眼には、歴史ある経済学なのに、なぜまともな経済シミュレータが開発できないのかまず不思議に思う。かって電子計算機初期の時代に、京大の経済のグループがそんな試みを始めようとしていたことを新聞で読んだ記憶がある。でもやがて注目されなくなった。
- あれから半世紀以上は経っている。消費者を始めとするヒトの気分を数値化、指標化しかねているためだろうと一応は解釈している。トランプ当選を見よ、スコットランド独立を見よ、EU脱離を見よ、イギリス総選挙の与党過半割れを見よ。気分でと言えるかどうかは知らないが、全部世論調査の大半の結果と反対の方向が実際に選ばれている。6月の政府閣議決定の経済に関する骨太の方針では、相変わらずアベノミクスの成果を詠っているが、アホノミクス側の指摘とどう違うのか、シミュレータがあれば答え一発のような気もする。
- 日銀総裁が白川さんであった頃、安倍首相や自民党がリフレ派経済学者を背景にインフレ目標を迫り、1%の物価上昇率を目途とすると言う発言を引き出した。アベノミクスは、そのリフレ派の代表格・黒田、岩田の両氏を総裁、副総裁に据えて、年2%を目標と公約した。
- しかし2年を目処としたのに、4年を過ぎてもいっこうにインフレ率は改善せず、従前のデフレ基調のままに推移し、今ではレフレ派はインフレ目標不要論だそうだ。残ったのは巨大赤字国債。今回の骨太の方針では、かっての計画では'20年には国と地方の合計基礎的財政収支がトントンの筈だったのに、まだ8.3兆円もの赤字という。
- リフレ派経済学とは、アベノミクスそのものである。経済循環に於いてデフレから脱却しマネーサプライが再膨張し、加速度的なインフレになる前の段階にある比較的安定した景気拡大期を狙い、政府/中央銀行が数%程度の緩慢な物価上昇率を目標として、長期国債を発効して一定期間これを中央銀行が無制限に買い上げることで、通貨供給量を増加させて、不況を離脱しようというものだと、知恵蔵に載っている。
- 日本の経済成長率は1%台で、世界のどの主要国からも遅れを取っている。アベノミクスの目標2%に届いていない。アベノミクス以前も1%程度は成長していた。あの異次元金融緩和は何であったのか。日銀は次々に責任転嫁話を出す。間違ってはいない、ただ目標達成が先に伸びただけだという言いぐさだ。原油の低価格、新興国の経済減速、賃金上昇の少なさ。消費税増額。シミュレータがあればそんな話は定量的にスカッと予測できたろうし、結果との食い違いも説明できたろうに。
- 第1章の表題は「低成長が続く日本経済」。一通り読んでみて、現状認識が私の今とそう変わらないことを確認した。株価の回復一つを取り上げても、上向いたとは云え、我が国のそれは弱々しい。読売新聞に、「海外では新興のIoTやAI企業(アップル、グーグル、アマゾンなど)が株価を牽引しているが、日本にはそれに相当する大型株がない。時価総額上位会社が10年前と現在でほとんど変わっていない。欧米では激しく入れ替わっている。」という指摘があった。
- 官製春闘などという悪口?が新聞に出た。政府は勤労者所得を上げて景気を好循環に持って行きたい。しかし企業は儲けを労働者には分配せずに内部保留にしたり、新規投資先を結局は海外に求めたりして、デフレからインフレへの転換にもGDP 2%向上にも積極的には合力しない。内部保留は、昨年暮れ550兆円規模になっていると云う話だ(378兆円ともいう(「九月の概要(2016)」))。GDPとほぼ同じだけ持っているという。日本の対外純資産が349兆円を超えた(「五月の概要」(2017))。主要国中ダントツに大きい。儲けても日本には投資していない。
- その海外投資でも東芝(米国原子力会社)や日本郵政(豪州物流会社)のような、いわば安物買いの鼻落としで、何千億円の損害を出す。この格言は、安女郎を買って(梅毒を移され)鼻を腐らせたという意味で、三流経営者に対する罵声である。とにかく全部じゃないにせよ、縮み思考が高じて目先の儲け話に飛びつき、せっかくの労働者の汗の結晶を台無しにするという経営陣が蔓延っている。
- 雇用率は高い。アメリカは2000年のITバブル崩壊や2008年の金融恐慌で、大幅に落ち込んだ就業率がいまだ回復せず、現役世代のそれで云うと69%ほどなのに、日本は世界トップ級の75%を行っている。不況時のアメリカはひどいものだった。アメリカはレイオフで企業を守る。日本には不況でも雇用を守る「美徳」が存在し、国の安定に実効を挙げる。しかし労働者賃金総額は低下傾向にある。短期雇用が増加したためだ。
- 賃金が上がらない理由に労働生産性の横ばいが上がっている。農漁業サービス業などで生産性が低いことは認めるが、同一規模で同一業種製造業でなら日本はアメリか以上なのではないか。例えばトヨタ、フォルクスワーゲン、GMなどのしっかりした比較数字を見てみたい気がする。保守政権は、コメに800%近い関税障壁を設けて農家保護をしたが、それが農業の合理化を妨げ、欧米とは労働生産性に対し格段の差をもたらした(「農業大国日本」('10)、「さよならニッポン農業」('10))。
- 私は現役時代を製造業で過ごした。製造業はその頃は労働界の主力だった。でも今は製造業も建設業も国の労働生産性平均に対する寄与は小さい。医療福祉などのサービス業が占める割合が大きく、その低賃金がしばしば報道される。コメの関税障壁は、さしあたりの消費者の生活にも国の将来にも、百害あって一利無しと思っているが、もともと合理化に限度のある人相手の仕事の生産性向上は、何らかの政治的方策が必要だ。つまり賃上げを補助金と利用料値上げで強制する以外無い。
- 現役世代は減少し、長時間労働は許されない方向に動く。経済成長率2%維持には労働生産性増加2%が必要だろうが、こんな中でのアベノミクスは空論臭く見えてくるのが当然だ。
('17/06/16)