神せん


伊勢神宮の神殿は我が国の太古の建築様式を残している。お伊勢さんの神せんは同様に太古の献立を受け継いでいるのであろうか。
千葉県立安房博物館でその記録ビデオ(NHK)を見た。600人(神職は内80人)の職員によって伊勢神宮の伝統は脈々と現代も引き継がれてゆく。朝夕欠かさず神せんがなんと100何十ある各社に供えられると云う。供物は神社の田畑で自給される。魚も昔は社領で獲ったものという。
甑(こしき)で蒸したおこわが飯である。餅は小判型の独特の姿をしている。野菜は大根と蓮根。後世に入ってきた白菜なんぞは神せんに加わっていない。鯛の塩漬け、アワビの干物。この干物はアワビを薄く干瓢状に切って干したものである。果物に栗、柿。素焼きの器に、あるいは三方に直接に、円形の木の葉を敷いて乗せ神に捧げる。煮物や焼き物は飯以外はなかった。
近頃はあちこちに石器時代や古墳時代の住居が復元され、その中では人形が当時の生活を再現して見せてくれる。関東に来てからもいくつか見せて貰った。一番最近では芝山町のはにわ博物館だった。魚を直火であぶっている風景が記憶に残っている。甑は可能でも、煮物はあの埴輪のような素焼きの器では無理かなあ。神せんと合わせて先史時代の食事とはまあこんなものかと思う。佐倉の歴博で見た奈良時代の食事との大きな差は汁物、煮物だろうか。
オーストリア銀器博物館から来たハプスブルク家の食卓を見る。金銀の燭台、センターピースに食器類。見事な彫刻線刻が施されている。緑色の食器一式。絵付け皿の数々。あちらの彫刻に絵は生々しい。顔も体もリアルで写実的である。新聞では絶賛されていたが、センターピースはともかく、とてもこんな食器で飯は食えないと思った。私には毒々しく写るのである。図案は象形的抽象的で、時には空想の生物であったりする、あえて純白を避けた磁器に慣れた目には合わないのである。あるいは漆椀のような柔らかな感覚の品がよい。
こんな食器で王宮の人たちはドイツ料理を食ったのだろうか。フランス文化が浸透していたからフランス料理であったのか。メニューが展示してあったかどうか記憶にないが、どうせ解説なしには判らなかったろう。メニューの解読はチョットやソットの語学力ではだめなのである。器の展覧会だからといって見ればそれまでであるが、これでどんなものを食ったのかを教えないのは、見ている方をお預けのワンちゃん的気分にさせる。だいたいは現代のフランス料理から想像が付くけれど。
神せんと「王せん」ではえらい差である。神代から今日までの人間の進歩を改めて思い起こさせる。

('97/12/29)