国谷裕子自伝

国谷裕子:「キャスターという仕事」、岩波新書、'17を読む。国谷さんはNHKの「クローズアップ現代」の始め('93年)から終わり('16年3月)までの23年間を、キャスター(フリーランスの出演者契約という身分で職員ではない。キャスターとは和製英語で、アメリカではアンカー(錨)と云うそうだ、これは知らなかった。)として勤め上げたお人である。米国ブラウン大学卒業の帰国子女で、卒業後しばらく外資系企業に勤めた後、NHKの報道番組に関与するようになった。初期の仕事は英語力を買われた内容だったという。
私の好きな言葉に「継続は力なり」がある。23年間のキャスターとはいかにも長い。本書には「時間軸」からの視点と言う項があって、以前からあったが以前は気にならなかった、しかし近年になって深刻な問題になり始めた、と継続意識の重要性を訴える記事がある。具体例として出ているのは、保育や建設現場などの公共サービスや公共工事を担う現場で、担い手の労働者の低賃金化が非正規社員との置換を起こし、低所得者問題を引き起こしている、業務改善とか効率化を自治体に要求した結果としてならお粗末だと言う反省である。国谷さんは文字通り寝る間を惜しんで事情把握の勉強をしたそうだ。だが「継続は力なり」を体現せしめた一つの要因は、NHKの長期契約(1〜3年ごとに更新)であることは記憶すべき事実であろう。
クローズアップ現代は、政治から科学、スポーツまで、テーマに聖域を設けていない。1キャスターが、背後にはいろんな助力者がいるものの、画面では臨機応変に1個人として、世界全般の事件に立ち向かう。誰しも最後は個人の単位で、偏見と誤解をものともせずに立ち向かっているのだから、同じシチュエーションから来る親近感があった。後継番組「クローズアップ現代+」は時間帯が悪い(夜の10時)、討論番組風になったが内容が概して軽い、キャスターの個性とか魅力がまだでていないなどの理由で、見るように勤めてはいるが、まだ回数は多くない。キャスターは7名になり、全員NHKの女性アナウンサーである。はて、国谷さんの作った魅力を受け継げるだろうか。
私が「クローズアップ現代」を見るよう努めるようになった期間は、後半の10年ほどである。印象深かったのは、今話題沸騰のお人:石原慎太郎都知事(当時)相手のインタビューだった。石原さんは最初から警戒心を露わにした話しぶりで、私は、失礼ながら、存外彼は小ものなんだなと感じたのを覚えている。国谷さんが実力を見せたというのではなく、この番組の意義を教えてくれたことが重要だった。
本書の中頃にその石原知事との面談の記事が出ている。4ページほどだ。石原さんは長々と独演をして、キャスターに問題点の質問をさせないという、こんな場合の常套手段を弄していた。このページの前にシュレダー独首相、細谷りそな銀行会長とのインタビュー回顧がある。嫌らしい質問が続くのに、まことに対称的な内容だ。キャスターとしての最初の政治家との対談は、自民党を割って長い一党独裁体制をくずした羽田孜氏との生放送であった。そのあとの彼女の自信に繋がる成功体験であったという。はぐらかすだけの石原氏との対談では、顔に汗が滲んだと回顧しているのに比べれば、政治家としての資質の差がはっきり判る。本書は、ほかにも多々著名人から受けた教訓などを描き上げている。著者が社会から受け入れられる人柄であることが伝わる。
石原さんが対談相手であった理由は、中小企業支援という鳴り物入りで、知事が発案した新銀行東京があっという間に1000億円の累積赤字を出し、都は400億円の追加融資に追い込まれた事件の中心人物だったからだ。彼は、新銀行の営業方針に、担保らしい担保を取らずとも融資するという、途方もない旗を振ったために、「経済の達人たち」にたちまちのうちに食い物にされたというのが私の理解だった。でも彼は累積赤字は実務者の責任と涼しい顔であった。現在の豊洲市場問題でも、汚染問題があると売り手(東京ガス)が譲渡を拒んでいるのにその土地を鮮魚市場用に強引に購入したことに対し、責任を一切認めていない。私はなぜ彼を知事に選んだ時期があったのかと、都民の選択眼の曇りを残念に思っている。
「クローズアップ現代」はニュースとNHKスペシャルの狭間にある。予定の時事問題に対してスタッフが粛々と準備を重ねて行くが、突発的に重大事件が発生すれば急遽話題が取り替えられる。緩急自在の対応が求められる。表に出てくるニュースは断片的な氷山の一角である。そこから可能な限りに幅広く情報を重ね合わせて、全体像と真実を深読みすることが要求される。有能なチームが土台作りをする。だがTVカメラの前ではキャスターが、ときにはゲストや対談者或いはニュース記者を同席させながら、話を「自分の言葉」で纏めて行く。国谷さんは、この半時間足らずの番組の一等最初の1分半ないし2分半の「前説」にキャスターとしての命をかけていたようだ。テーマの土俵設定というか視点視角の概要解説だから当然だろう。前説は「マエセツ」と重箱式に読む多分NHK用語なのだろう。予めの説明で、ゼンセツ(前説)ではない。
「追跡"出家詐欺"〜狙われる宗教法人」は非常に意欲的な内容で、印象深かった。活動を休止している宗教法人の看板を利用しての詐欺を鋭く追求していた。だがこの番組が、本書にはそうは書いてないが、おそらく「キャスターおろし」「クローズアップ現代おろし」の引き金になったと思われる。3分半ほどのVTRリポートに、放送倫理に反する事実歪曲の意図が隠されているという指摘が出た。このVTRはすでにNHK大阪局の「かんさい熱視線」で放送済みであったため、改めての中味の検討は「クローズアップ現代」スタッフでは行われなかったとある。
番組出演者からの告発から火の手が上がり、NHK調査委員会、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検討委員会を経て、自民党のNHK幹部召喚、総務大臣のNHK宛て厳重注意文書送付にまで波紋が及ぶ。国谷さんはあらためて問題のVTRを見直して、確かに出来すぎているとコメントしている。私はたった3分半のよく見ればできすぎ程度の映像に、ときの権勢が、よってたかっての印象のある言論締め付けに動いた行動に違和感を懐く。
石原さんを例に出す必要もない。隠しおおしたい弱味や欠点或いは不都合を、遠慮会釈なしにえぐり出そうとするキャスターは、確かに煙たく排除したい存在ではあったろう。権勢者はしばしば対談に引き出される。籾井会長は、権勢とあうんの呼吸でだろう、後続番組を骨抜きにしたと私は思っている。その彼は次期会長に選ばれなかった。NHK経営委員会は、籾井さんのあからさまな安倍内閣寄り姿勢に危機感を懐いたとの評判が出ていたようだ。
本書の終章の終わりの方に、NHKの公平公正な報道とはなにかを考察してある。NHKの従来の方針は、編成全部の中で多角的な取り上げ方で公平性を確保するというものだったとある。沖縄基地問題に対する多角ぶりを例示してある。わたしは外国メディアの報道機関としての縮小化を耳にしているから、なおさらに公共放送としてのNHKのこの方針を重大に考えている。だがこの2-3年に、つまり籾井体制になってから、異なる風が吹き出したとある。
一つ一つの番組がそれぞれに公平公正を要求されたら、無味無臭の素っ気ない平均的な深みのない、どれもこれもが金太郎飴のような番組になってしまうだろう。あるいは全く番組にならないかも知れない。書いてはないが、「クローズアップ現代」もその風に吹き倒されたのではないか。近年では、あれだけメディアを賑わした特定秘密保護法案を取り上げる事が出来なかった。安全保障関連法案は1度だけ、それも参議院を通過してから取り上げたのみに終わった。
彼女の今後の活躍が楽しみである。おそらく60歳を超したばかりであろう。多くの報道関係者が政治家として成功している。各国の大統領、首相、議長などと、TV舞台ながら、対等に渡り合った彼女の実力は、今の日本の政界に貴重な存在になり得る。政治家としての国谷氏は日本に必要な事案である。シナリオ通りには行かない野性的な大統領トランプ氏が訪日する。NHKには応対できるキャスターがいるのだろうか。それも心配だが、いい機会だ、彼女が書いている女性社会進出の遅れを取り戻すためにも、是非国政への参画に意欲を燃やしてもらいたい。同じNHK元キャスターながら磯村尚徳氏のような失敗もある。有能な選挙参謀をつかまえて欲しい。

('17/02/14)