重力波とはなにかT
- 安東正樹:「重力波とはなにか〜「時空のさだなみ」が拓く新たな宇宙論〜」、講談社Blue Backs、'16を読む。アメリカの重力波望遠鏡プロジェクト「LIGO」が、重力波の初観測の成功を発表してから7ヶ月目に出た、一般解説書である。著者は日本の重力波研究の第一人者という。アインシュタインの一般相対性原理が予想した重力波がついに検出された。本HP:「宇宙の未解明問題」('10)では、「(この原理が)予見し未だ唯一未発見の物理現象に重力波がある。」としていた。今まで一般相対性原理が否定される観測は一度も出ていないから、これでますますこの原理の確実性が増し、宇宙を解析する最重要理論になった。
- このHPでは「相対論的宇宙論」('04)が相対論側からの、「銀河物理学」('09)が観測実証面からの、「ニュートリノ天体物理学入門」('02)が素粒子側からの宇宙論を重点的に描いている。読んだ時点ではちょっとはガッテンするのだが、すぐ頭は混乱して、宇宙を教養書レベルで判った気になるのはきわめて難儀だと思ってしまう。でも何回も門前の小僧をやると、単語で驚く段階は過ぎて、何となくアインシュタイン方程式が時空の4次元を数式化した尊い理論だと云うことはわかってくる。新宿まで出掛けて、映画「山椒太夫」を見た。瀕死の奴隷が山に棄てられる。安寿は、蔦葛の片端を石仏に繋ぎ、もう一方の端を奴隷の手に握らせて、死後の冥福を祈ってやる。石仏がお釈迦様の住む4次元社会で、蔦葛がアインシュタイン方程式に擬えられて苦笑した。
- アインシュタイン方程式が示されている。教養書でははじめてお目に掛かった。中学生でも判りそうな簡単な式だ。ただしテンソル表記だから意味はさっぱり分からない。テンソルはベクトルを包含する高度の物理概念である。私はエンジニアだったが物理系ではない。だから現役時代にテンソルのお世話になったことは一度もなかった。とはいうものの流体理論やレオロジー理論にはつきものなので、読めるぐらいにはなりたいとちょっとは首を突っ込んだ。書棚には中村純:「物理とテンソル」、共立出版、'93がある。初歩的ながら、ベクトル場からテンソル場へとかなり数学的にはしっかりと案内してある。でも読み返そうにも、もう行列の知識が霞かかっているのが主な理由だが、理解困難である。ちょっと立ち往生したが、本書には、式の形だけ見ておればそれで結構と大らかなことが書いてあるのを頼りに、読み続けることにした。
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- 私は若い頃はブラックホールなど眉唾ものと思っていた。現在ではもう疑う余地のない宇宙の真実のように思っている。今半信半疑なのはブラックマターで、さらによく分からない相手は暗黒エネルギーに変わっている。
- アインシュタインの有難味は判ったので、以下からは本題の重力波の話である。重力は時空の歪みで、物体間に働く力(遠隔力)ではなく、時空を媒介として働く力(近接力)である。時空のさざなみが重力波だ。それはアインシュタイン・テンソルとエネルギー・運動量テンソルの関係式から判る、といっても素人にはこの関係式は全く歯が立たない。下手に理性で立ち向かうより、相対性原理教の坊さんが唱える呪文と考えた方がよい。ただ時空4次元の時間軸はc(光速)とt(時間)の積が単位になっているので、よほどどでかい質量の星が光速に近い速度で運動して、はじめてかすかな重力波のさざ波が立つという話にはおぼろげながらついて行ける。太陽と地球の距離で水素原子1個分の振幅だとある。重力場の電磁場との類似性はいろいろある。重力波は光速の横波で、2つの偏波成分を持ち、エネルギーを運搬する。
- 中性子星は地磁気の10兆倍以上といった途方もない磁場を持っている。この強力な磁場によって、極付近の荷電粒子が加速されるなどして、磁軸の向きに強い電磁波を放射する。中性子星が連星(双子星)を作っていると、公転方向が地球を向くか反対方向かによってドップラー効果の現象が観測される。連星パルサーという。注目された連星パルサーの公転周期は7.75時間。軌道長半径は太陽の半径からその数倍程度。太陽程度もある質量の巨大縮退星が猛速度で軌道を周回している。これなら中性子星は重力波をバンバン放射し、連星のエネルギーを急速に消費しているのであろう。やがて、と言っても億年の単位であるが、連星は合体する運命にある。その証拠が近星点の移動という形で観測された。
- 重力波の存在は、このように間接的ながら天体観測により証明された。重力波はきわめて微少なものゆえ、その直接検出は不可能と考えられてきた。だがそれに無謀にも挑戦する科学者が出た。彼は空間の重力波による伸縮を高感度の共振型検出器で受け止める装置を工夫した。地上の雑音(外乱)の除去のために2基設置し、双方で同時に受信した信号を重力波の候補とする。彼の成功報告は結局は否定されたが、同型装置によるより精密な追試の引き金となり、さらに新たな高精度の検出設備:レーザー干渉計型重力波望遠鏡を実現させた。
- 干渉計はマイケルソン型であった。宇宙のエーテルの存在を否定した型である。重力波は2点間の距離に変化をもたらす。重力波進行方向に直交する面では、ある方向に伸びればそれと垂直な方向では縮む。干渉計の反射鏡をほとんど外力が働かない状態で「時空に浮かべて」置く(実際には振り子懸垂状態とする)。すると水平方向の外力の作用は消えて、重力波による鏡の運動だけが起こる。望遠鏡の大きさは鏡と鏡の間の距離だから、数kmも離したら超高感度装置が作れる。それが第2世代の望遠鏡だ。単独では指向性は低いが、地球各地に複数の設備を設置すれば発生源を特定できる。旧神岡鉱山の地下に備えられたKAGRAもその一翼に位置づけられている。共振型に比し原理的にもより広い観測周波数帯が期待できる。
- 重力波検出のチャンスは、連星中性子星(ブラックホールでもよい)合体のときに、重力波がかなりの低周波数ながら(合体3分前20Hz、合体瞬間1.4kHz)、ひときわ大きい振幅(9X10の-21乗、2X10の-18乗)で発生する(括弧内はある連星の例)時にやってくる。合体の頻度は見積もられている。連星中性子星なら1銀河あたり10万年に1回。第2世代望遠鏡は、1年に10回程度の観測機会が持てるように、感度が改良された。
- 感度改良に関する技術開発が1章に纏められている。雑音対策である。人の社会活動から来る雑音は鉱山の地底深くに潜ると殆ど聞こえなくなる。装置の主要部分は勿論高々真空の魔法瓶に入っている。大気の影響はそれでカットされる。地震や地殻変動、海の波浪や台風などに対する機械的対策は、懸架振り子を何重にも重ねる方式のようだ。地震計のセンサーで振動を読んでフィードバックする能動防振も取り入れているという。熱雑音には反射鏡深冷法やレーザービームを強力かつ太くする方法がとられる。光の量子雑音がある。鏡にやってくる光子の数に揺らぎがある。その量子性のために鏡が振動する。光検知管も揺らぎに応じたカウント数の揺らぎを出してしまう。根本対策のないやっかいな雑音らしい。
- 「重力波とはなにかU」では重力波初観測から始まるお話である。
('17/01/11)