植物機能系の生理学T
- 田中(貴邑)冨久子:「(カラー図解)はじめての生理学(下)植物機能編」、講談社BLUE BACKS、'16を読む。最近教養書の新刊数が減った。理系教養書はことに少ない。でも生物系は健闘している。いろんな学問がある中で、もっとも発展著しい分野だからだろう。「はじめての」とあるが、読み始めてすぐに、これは専門家を目指すヒトにとっての「はじめての」だと気が付いた。一般教養書としてはかなり高級で、科学用語が何百何千と飛び交う世界の話だと「さくいん」を見ればすぐ判る。上巻は動物機能編で、下巻が植物機能編だ。植物機能系とは内分泌系、循環系、呼吸系、消化器系、泌尿器系、生殖器系、免疫系である。勿論ヒトの生理学である。
- 生命現象はいろんな因子が複雑怪奇に絡み合った結果として発現する。今日の新聞にアレルギー治療の話が出ていたが、赤い斑点が痒いだけの事象なのに、こうも難解なのかと医師の苦労に同情したばかりである。アレルギーは免疫系の話で、本HPには「ここまで進んだ花粉症治療法」('05)、「食物アレルギー」('12)、「なぜ皮膚はかゆくなるのか」('15)などなど関連記事がいろいろ出てくる。でも本書ではその他との関連で記述されているようで、免疫系は独立の章にはなっていない。
- 内分泌系として面白い話は乳腺、授乳の機作と血糖値コントロール機構である。生体維持は、たいていは複雑なヒエラルキー型の階層制御に頼っている。乳に関する機序は、刺激と出力が単純な分かり易い方なのであろう。女性は思春期、月経周期中、妊娠中に乳腺が発育する。これは視床下部の前葉ホルモン放出ホルモンたるPRFが視床下部の下垂体の前葉でのプロラクチンPRLの分泌を刺激することで起こる。PRLが主役となり、エストロジェン、プロジェステロン、糖質コルチコイドとの共同作用で進む。PRLは乳汁の開始と維持、乳汁タンパク質の生成にも関与する。
- 授乳の機作は乳腺とは別である。乳児が乳首を吸うと、皮膚感覚刺激が脊髄中を上行し、視床下部の「しかるべき」神経分泌細胞に作用して、オキシトシンOXYを産生させる。OXYはその細胞の軸索末端に位置する神経性下垂体(後葉)に集まり、そこの毛細血管を通して乳腺に運ばれる。OXYは乳腺の筋上皮細胞に作用してこれを収縮させ、腺房に貯まっている乳汁を乳児の口に送り出す。PRLその他のホルモンによって乳汁分泌機能が働いていても、OXYの分泌がないと乳児は乳汁を得ることが出来ない。OXYにはこのほかに分娩時の子宮収縮作用がある。
- かなり省略してもこんな描き方で書かれている。正確を期してかつ余さずに書いてあるから蔵書にお勧めできる本だ。入門書とは述語の解説書だというが、その通りでもある。以下テーマ選択の上それを端折って紹介する。
- 膵臓のランゲハンス島(膵島)のB細胞が分泌するインスリンは、糖尿病との関連において著名なホルモンである。webを見ると「アジア人はもともとの体の仕組みとして、欧米人よりインスリンを分泌する量が少ないのです。つまり、アジア人は軽度の肥満でも糖尿病になりやすい民族なのです。」てな記事にお目に掛かる。TVなどで百貫デブの白人黒人を見ると、命を粗末にしていると心配してしまうが、そんなに心配せずともいいのだ。本書にはそんな記事がないから、案外俗説かも知れない。膵臓は消化酵素などを膵液に含ませて消化管の送り出す外分泌器官だが、その中に点在する膵島は内分泌器官だ。
- インスリンは血糖値を抑える唯一のホルモンだ。たいていの制御系には、生体でなく化学工場であっても、万一のために迂回経路とか安全回路とかが付いている。私は酒に弱いので調べたことがあるが、アルデヒド分解に対しても副回路があったように記憶する。おそらく進化の歴史がそうさせたのであろう。生物は常に飢餓と闘ってきた。肥満(過剰血糖)と闘うようになったのはごくごく最近だから。血糖値を上げるホルモンにはグルカゴン(膵島A細胞分泌)、アドレナリン(副腎髄質分泌)、甲状腺ホルモン、成長ホルモン(脳下垂体前葉分泌)と5つある。
- 我ら哺乳類の性染色体はオスヘテロ型である。基本形はメスだ。だから「できそこないの男たち」('09)と言った嘆きが出てくる。男はおそえものだから命に関しては女に及ばないようにできている。鳥類、爬虫類は逆でメスヘテロ型だという。魚類や両棲類もこちらの方が多いらしい。では彼らではオスの方が寿命が長いのかと思い調べてみたが、信頼できそうなデータには出会わなかった。私は幸い五体満足に生まれ、今日まで生殖器官も無事役目を果たしてきた。もう高齢、かなりの高齢である。この年齢で生殖器関連記事で目に付くことは、「はげ」が男の二次性徴の一つで、精巣ホルモン:アンドロジェンの生理作用だと云うことだ。
- アンドロジェンは総称で、大部分がテストステロンなるコレステロール系誘導体からなる。男の更年期は女のそれほど顕著には来ないが、テストステロン量が更年期突入の指標になると云う。私のコレステロールはいつも多めで、健康診断ごとに指摘される。仲間と比べて、はげがひどいのは、さては男性ホルモンがいまだ多めである証拠かも知れない。その一方、私には更年期症状と云えるほどのものはまだでていない。これはコレステロール値とは、そこそこの付き合いでいいという、間接的証左かも知れない。私は、かって「コレステロール」('08)で、人為的にコレステロール値をむやみに下げる行為を危険と書いた。
- 女の生殖活動は工場とのアナロジーで云えば回分(バッチ)式である。ほぼ連続的に精子の産生活動をする男性の生殖器に対して、女性の生殖器は根本的に異なる。初潮は早くて10歳。閉経は50歳。この間妊娠、授乳期は別として28日ごとに月経周期がやってくる。月経周期のはじめに15−20個の原始卵胞(原始卵母細胞1個と卵胞上皮細胞群)が生育を始めるが、どういう競争なのか知らないが、やがて1個を残してあとは退化する。14日後成熟卵胞から卵母細胞(卵子)が放出され、卵管を経て4日後には子宮に達する。受精卵であれば5−6日後は胞胚を形作り、7日後には着床する。卵子の生存期間が2−3日、精子が子宮内で生きられるのが2日間。排卵の前後合計4日間が受精可能時間帯である。受精しなかった場合は子宮内膜の機能層が崩壊し基底層から脱落、同時に低凝固性の血液や分泌液と混じり、膣から排泄されるとある。終わったら洗浄する回分式化学反応器と同じだ。
- 一般に回分式の方が連続式より制御が難しい。3段カスケード制御で、突端に視床下部、次が下垂体、最後が卵巣だ。ただし閉経後は卵巣の働きが停まって上の2段カスケードになり、無理が更年期症状につながる。初潮の引き金が何によるのかは書いてないが、生物時計と図に一言書いてあるのがそれだろう。肉体成熟で整備完了の合図が来る。ついでだがその下に並行してストレスと書いてある。予期せざるノイズに相当するのだろう。実際に生殖機能を担当するのは何種類かの卵巣ホルモンだが、それらは上層の制御システムに絶えず状態をフィードバックしていて、多重制御の実をあげるように出来ている。制御ループは基本的にはクローズドシステム型で、生殖機能の中心である排卵は、卵胞期後期に成熟した卵胞が、卵巣終期中で最高濃度のエストロジェンを分泌し、その正のフィードバックが視床下部と下垂体に性腺刺激ホルモン放出ホルモンGnRHと性腺刺激ホルモンLH&FSHの大量分泌に結びつくためである。はじめ何百万を数えた卵原細胞も閉経前には1000個そこそこに減少している。卵巣ホルモンは閾値を超えられず、「女」は自動閉鎖になるのであろう。
- 妊娠すると子宮に胎児を宿す。胎児は別の生命体だが、母が養育せねばならぬ。胎児は自前のホルモンシステムを構築する。インスリンは貰った栄養を身体に変えるのにとっても大切だ。養育のための母子の物質交換は間接的で、胎盤にある血液プールの母の血とそれに浸っている胎児の毛細血管の血との間で行われる。間接的であるのは重要で胎内感染は決して100%でない理由だ。母は胎児の発育補佐と成長に合わせた子宮調整が必要だ。胎盤はそのためのエストロジェンを胎児との共同作業で作る仕組みになっている。分娩には授乳の項で述べたようにオキシトシンが活躍する。その前にエストロジェンがオキシトシン受容体の数を100倍にして、子宮筋収縮に備えるとある。
('16/12/09)