市原市散策

ゴルフのブリヂストンオープンの広告を見た。千葉県にはゴルフ場が多い。ことに市原市近辺はゴルフ場銀座である。私も、袖ヶ浦カントリークラブに比べればずいぶんと場末のゴルフ場ではあったが、そこの会員券を所持していた。会社の同好者がゴルフブームが来たときに一斉に同じ新ゴルフ場の会員になったのであった。私が千葉に転勤してきたときは、市原町、五井町、姉崎町などが合併し、市原市が生まれて間もなくの頃で、海岸部の集落にはまだ漁村の雰囲気が残っていた。房総西線(今の内房線)はまだ単線で電化されておらず、ジーゼル気動車が走っていたように思う。
私が現役を去ることには、市原市は日本有数の工業都市に成長していた。東京湾埋め立て地への企業誘致が成功していた。あれから東京湾アクアラインが完成して東京横浜千葉の大消費地と高速道路網で繋がり、千葉から木更津あたりまでは第2の発展期に入った。木更津地区への大型店舗の進出と在来店舗の撤退に関する記事は幾つも目にした。その中ほどにある市原市はどうなのだろう。本HPの「幕末の房総」('04)に、市原市の隣の袖ヶ浦市の奈良輪あたりの、幕末期の複雑な行政事情が書いてある。旗本クラスの支配地が入り交じっていて、住民は苦労したことだろう。江戸時代に描かれる木更津方面はえてして地の果て的で、犯罪者の隠れ場、売れなくなった古女郎の落ち先と言った扱いが多い。天保水滸伝の博徒・笹川繁蔵と飯岡助五郎の争いは下総の話である。
市原に出掛けるお目当てが出来た。アリオ市原にあるTOHOシネマズ市原で午前10時の映画祭7の一つとして黒沢明監督の「七人の侍」が上映されると新聞に出た。上映作品は「4K素材」としてあった。35mmフィルム映像は4Kほどの解像力だという。著名な作品だ、オリジナルネガフィルムが残っていて、それから4Kデジタルリマスターしたのだろう、だったら封切り当時の新鮮な画面が再現されるはずだ。「4K」にも興味があるし、長い間見ていない「七人の侍」を雨の降らない画面で見てみたい。
どこかのBS放送で「荒野の七人」の放映があると知った日に、我が家を朝8時半に発った。「荒野の七人」はご存じの通り「七人の侍」の翻案だから、比較にもってこいの機会である。五井にはもう何年も下りたことがない。駅から映画館までは15分ほどだった。アリオ市原の2FにTOHOシネマズがあり、長々と広告や予告を流したのち、やっと10:14ごろから「七人の侍」が始まった。12時丁度ごろに5分のトイレタイムがあり、終わったのが13時半ごろだった。アリオ市原には2Fに大食堂があり、そのまわりを10軒ほどのフアーストフード専門店が取り囲んでいる。わたしはさぬき麺屋のおろしうどんに掻き揚げのトッピングを付けて昼飯にした。四国在住期間が長かった。いつの間にかうどんは讃岐になってしまっていた。
五井の町は駅の西側が旧市街で、東側は東京湾岸が埋め立てられ工業地帯になった頃から急発展した新市街地である。東側は都市計画が先行したため立派な町並みになっている。アリオ市原あたりは商業区画だが、大型の商店が軒を並べて便利になった。私は次の訪問先・上総国分尼寺跡を目指す。国分僧寺(今の国分寺)と尼寺跡の中間に市役所がある。初めて訪れた頃は本当の田舎だったから、ずいぶんと思い切った場所に立地したものだと思ったが、先見の明があったと云うべきだろう。そこは都市計画の中央東寄りにあり、国分寺中央公園の区画に隣り合っている。
このHPに「上総国分尼寺」('97)がある。19年ぶりに訪れたことになる。すっかり住宅に取り囲まれていた。そこから国分寺にまわり七重塔礎石を確かめ今の敷地の建造物を見て西門跡に至る。礎石を示すコンクリート杭が立っていた。こんなに立派な国分僧寺・尼寺があったのに国府はまだ場所すら確定しないそうだ。尼寺跡展示館で貰ったパンフレットには市原郡衛跡、海上郡衛跡が載っている。郡衛跡があって国府跡がない。僧寺・尼寺がある場所に国府があるのは常識だ。展示館のジオラマには築地塀の中、尼寺境内外にかなり大きな区画の政所院が見える。僧寺七重塔礎石前の立て看板には、僧寺境内にやはり隣接して政所院がある。寺院経営の付属施設という建て前だろうが、配置は国府風で、国府が見当たらない以上、一般政務も司っていたのではないかと疑いたくなる。修理とか工房、あるいは造仏、瓦焼などは別個に中心的遺跡が存在する。市役所前からバスで駅東口まで戻った。紛らわしいバスストップ名例えば五井東とかがあって初めての私には神経を使わせた。その日は合計で14000歩ほど歩いた。我が家には5時半ごろに戻った。
夜に「荒野の七人」を見た。「七人の侍」では端役の端々までが、個性を滲ませた風貌と演技で出演している。左卜全の百姓与平、藤原鎌足の百姓万造は端役というより脇役だが、その他の百姓だって、エキストラの一人一人までが俳優に負けじとばかりに役をこなしていた。「荒野の七人」の七人のガンマンはよかった。私の一番好きなシーン、コバーン演じるブリットが蒸気機関車を背景に、早撃ち自慢のガンマンとナイフで勝負する場面は、「七人の侍」では、宮口精二の久藏が荒れ寺の境内で腕を誇る剣士と対決する場面を忠実に再現している。彼をスカウトする志村喬の島田勘兵衛は「己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった奴」と評する、言うなれば専門家タイプだと言う。でも「荒野の七人」は字幕ではなく吹き替えだった。吹き替えでは声優の力量が迫力におおいに関係する。私は別に英語に達者なわけではないが、筋は判っているから原語で味わいたかった。
「七人の侍」でもっとも気に入っているシーンは、北の裏山での攻防だ。侵入の道を絶たれた野武士の騎馬団が怒声を発しながら村に突撃する。それを五郎兵衛(稲葉義雄)、久藏と竹槍の村人が迎え撃つ場面だ。これに相当する迫力漲る戦闘シーンは、「荒野の七人」ではついに見出せなかった。ガン主体の戦闘では勝敗が一瞬で、あっけない。「駅馬車」のように銃撃の比重をもっと下げて映画を撮ればよかった。
この戦闘場面以外の野武士集団の描写もまことに見事である。「家族進化論」('16)にも出てくるが、野獣のボスは、我が身の立場を守るためにいつもささくれ立ち苛立っている。一寸の隙が命に関わる。率いる配下の離反は毎度のこと。頭目がそうだから部下は常に神経をぴりぴりさせている。脱走せんとして種子島で射殺される部下、頭目の顔色を窺いビクビクしている小心翼々の部下。なんだか私の会社生活を写生したような雰囲気で身につまされた。大部屋俳優たちだろうが、演技は立派だった。「荒野の七人」の野盗団は、ボス以外は画一的で、「七人の侍」との格差は歴然としている。監督の差なのだろう。
三船敏郎演じる菊千代の行動や台詞には深く心に残るものがある。「系図」('00)、「安土から近江八幡へ」('08)、「身近な雑草U」('11)などに引用している。「荒野の七人」で相応のものは、ブリットが村の子供たちに言って聞かせる言葉ぐらいで、娯楽的要素のより強い映画である。

('16/10/22)