民間薬の科学T

船山信次:「民間薬の科学」、サイエンス・アイ新書、'15を読む。今は私たちは民間薬から遠ざかってしまった。でも遠ざかったのはついこの間のまあ半世紀ほどの昔だ。終戦間もなくは、富山の薬売りが年に1−2回家庭を訪問して薬を置いてゆく配置薬が幅を利かせていたが、世の落ち着きとともに薬売りが来なくなった。このHPの「越中富山の反魂丹」('01)や「富山と岩瀬」('10)に、富山ツアー訪問先にあった薬の行商人の面影を書いている。少年期の我が家にやってきた頃はもう西洋薬になっていたが、もともとは和漢薬だったはずだ。全く民間薬が表から消えたのではない。何処かのレストランは医食同源を売り物にしていた。医食同源は1972年の日本の造語だとある。薬食同源が元来からある言葉だ。
時代劇が好きだから、民間薬の知識も無駄ではない。先日見たドラマでは浪人がガマの油を売っていた。今ではガマが我が身の醜さを鏡で見て皮膚からたらりたらりとしみ出さす油ではなくて、紫根や硼酸を含む外傷軟膏だとある。現代の採油法は、ガマに外部からストレスを与える方法のようだ。油売りの口上では自発的ストレスのように思えるから、ストレスによって皮膚から分泌をすることには間違いがない。強心性ステロイドがいろいろ分離されているという。侍が印籠から薬を取り出す。胃腸の薬もあるだろうが、ガマの油のような刀傷に対する薬も必携だったろう。日本三大民間薬が上がっている。ゲンノショウコ、ドクダミ、センブリ。ドクダミの花は春から夏にかけて日陰でよく見かけるが、あとの2つには馴染みがない。3種とも日本薬局方に載っているそうだ。ドクダミは漢方でも使うという。
民間薬草として列挙された植物のうち、我が家の伝承と合致するものは少ない。父方は祖父母の代に都会に出てきた。母は結婚までは田舎育ちであった。親と暮らした期間は20代前半迄だから、伝承は聞くだけは聞いていたはずである。チドメグサは知らないが、外傷にヨモギがいいとは覚えている。モグサの原料とも聞いていた。でも草餅の材料という方がずっと重要だった。このHPには「長生郡長生村」('08)とか「身近な雑草」('11)に猛毒のトリカブトが出ていて、その外見がヨモギに似ているため、ときには故意にときには偶然に(草餅になって)事件を起こすことを指摘している。本書にはゲンノショウコと似ているとある。「御宿かわせみ」で尼僧が起こす殺人事件の偽装に使われていたことを思い出す。ニリンソウにも毒性があった。これもヨモギに似ていたはずだ。不定形のギザギザの多い緑色の葉は、間違われやすいと云うことだろう。
「盛夏の釧路」('06)、「大人の休日倶楽部パス(東北スペシャル)」('12)、「千葉県立中央博物館2013年春 」('13)、「梅雨どきの休日パス旅行」('14)などにマタタビの記事を載せている。その果実のリキュール酒マタタビ酒は、強壮剤と云うが味わったことはない。マタタビにネコは有名だが、ネコ科動物ならトラもライオンもただしジャガーを除いて同じ反応を示す。ネコ科動物にはヤコブソン器官というフェロモン様物質(この場合はマタタビラクトン)に反応する器官がそうさせるのだと解説してある。ここまでは私は知らなかった。
ヘチマが化粧水だとは子規の俳句で知った。母は全く使わなかった。咳止めや利尿に効くなぞも知らなかった。母は京都の人である。ひょっとしてお江戸だけの民間薬だったのではないか。(註:友人からコメントが送られてきた。神戸の人であった彼のご母堂は庭にヘチマを植え化粧水として使っておられたそうだ。お江戸だけではなさそうだ。)咳止めにナンテン飴は聞いたことがある。ビールのホップに利尿作用があるという。私はアルコールで血行がよくなるための利尿作用が大半だと思っている。本書にはなぜか指摘はないが、茶には利尿作用があるのは有名な事実だ。カフェインが理由だとはたいていのヒトが知っている。茶の興奮作用が禅の修業に使われたとある。「お茶の科学」('15)、「茶の世界史」('15)の対象本の何処かに、もっといにしえの時代の中東か何処かでの宗教とカフェインの関わりの話が載っていたと記憶する。スイカの利尿作用も聞いたことがなかった。
ニンニクからアリナミンが生まれた。ニンニクに対して持っているイメージ通りに、肉体疲労時の栄養補給、滋養強壮剤だと武田薬品は唱っている。近所にニンニクスープが売り物のレストランがある。時々利用するが、美味いと思っても滋養強壮になったとは思えない。アリナミンもなんだか効用がはっきりしない昔からの薬だ。ニンニクが臭い理由はニンニク中の硫化アリル:アリシンによる。アリシンが出ないように、他の化学基と置換した改良アリナミンが販売されている。上記ニンニクスープは臭みが感じられない。まさか生ニンニクを化学処理したはずはないから、きっと何か秘伝のマスキング(臭い隠し)法を使っているのだろう。
ウメも訳の分からぬ万能薬だったらしい。吉右衛門の鬼平犯科帳の「穴」に坂上二郎演じる平野屋源助が「時の帝を治癒した妙薬」と梅干しを讃えるシーンがある。健康によいと家内は薦めるが、私は酸っぱさが苦手である。酸っぱいものが何でもいいというわけではなくて、戦中のお八つ代わりだったタデ科のオオイタドリ(スカンポ)は、酸っぱさの原因がギ酸で、多量に食うと体内のカルシウムとギ酸カルシウムという不溶性化合物を作り命に関わることになる。同じ科のスイバもその危険性を持っている。
危険性で有名になった花にアジサイがある。和食の彩りに添えたアジサイの花を食って、アルカロイド中毒を起こした。食うヤツも食うヤツだ。本書にはステロイド系の強い心臓毒だとあるが、このHPの「長生郡長生村」('08)にもキョウチクトウの毒性を載せている。同じ科のインドジャボクの根に有用なアルカロイドが含まれ、精神鎮静剤に用いられるとは書いてある。ギンナンは好きだが、年の数以上に食ってはいけないそうだ。アルカロイド中毒である。大量で中毒を起こすほどの食物はさじ加減で薬にもなる。血管拡張作用や動脈硬化の防止にいいというのは本当だろう。ただ有効部分は実ではなく葉だそうだ。
コショウはことに肉料理と相性がよく、ピリリと風味をかき立てる香辛料である。ピペリンと云うアルカロイドが原因だ。この辛さは腐敗菌にも効く。まだ冷蔵庫など無かった時代に、ヨーロッパで肉の保存に必要欠かせざるものだったと読んだことがある。薬用としても有用だろうが、その中に駆風薬と言う用途がある。駆は駆逐の駆、風はかぜ、何のことかと思ったら、腸に溜まったガスを抜く薬で、平たく云えば「屁のもと」だ。ヘクソカズラというなんとも哀れな名を貰った葛がある。小さなかわいらしい花を付ける。都会でもあちこちで見かける強い雑草だ。でも、私はまだやったことがないが、潰すとヘクソの悪臭がすると云う。多分動物に食べられないように、防衛手段として身につけているのだろう。
イモリの黒焼きは惚れ薬だった。中国本土のそれはヤモリの黒焼きで、マウスには催淫作用があるという。でも論文の引用がないから眉唾なのかも知れない。面白い話には最低限のref.を付けるべきだ。ドジョウにウナギは聞かなくても効用は分かる。でもマムシにハブにミミズにムカデ。藁にもすがりつきたい病状になったならともかく、健康、準健康状態では手を出す気になれない。キノコにはドクタケがあるから反対のお薬になるヤツもある。ヒトヨタケは知らなかった。アルデヒド分解酵素を不活性にするので、悪酔いさせる薬だから、禁酒薬になるとある。私は下戸だから縁がないが。
アロエは我が家でも火傷薬、外傷薬として重宝している。葉の切断面から滲み出てくる粘液が損傷面の皮膚を覆うので、まあ自然からある絆創膏だ。この用途は本書に書いてない。本書には世界3大便秘薬としてある。私は便秘に用いたことはない。カイニンソウは我が国では有名な回虫駆除薬で、有効成分カイニン酸が単離された。私は屋久島で初めてクワズイモに出会った(「にっぽん丸春クルーズ」('06))。文字通り食えない芋だそうだった。私は北野天神の御旅所近くに住んでいたことがあるから、ずいき祭はお馴染みだった。サトイモの茎で御神輿を飾る。それもあってかサトイモが好物になってしまった。サトイモ科の芋でそのままで食えるのは日本ではこれだけのようだ。コンニャクイモも、芋のままではえぐくて食えたものではないという。鎮吐作用があってつわり止めになるカラスビシャクの紹介がある。
醤油の甘味付けにつかうのはカンゾウ(甘草)で、ニッコウキスゲはカンゾウでも萱草である。野菊のヨメナは嫁菜で、牧野植物図鑑には「この類中では最も美味でしかもやさしく美しいからである」と記されているそうだ。だいたいヨメが附くとヨメいじめを連想させるので、嫁に食わすまずい野草の意味に取るヒトも多い。春の若芽が食用になる。キク科には「もってのほか」と言う食用品種が有名で、料理屋の料理にときおり出てくる。キク科の観賞用品種のもともとは、遣唐使が持って帰った貴重なお薬だった。マラリア特効薬キニーネはキナノキから取れるアルカロイドで、キナノキはアンデス山脈の絶滅危惧種だったそうだ。

('16/03/10)