上総堀


久留里に行くと上総堀で掘削した井戸の水が今でも自噴していて、通り行く人々は自由に飲めるという。愛媛の西条も水の豊かな土地で、あちこちに自噴水があり人々は自由に利用できた。だが同じ自噴水でも、久留里のそれには、たいそうな技術背景がある。久留里の井戸は深いのである。
県立上総博物館には、この井戸掘り技術上総堀に実際に使用した道具や記録のビデオがある。それを見たのはもう10年昔であった。こんど袖ヶ浦博物館で類似の展示を見た。こちらは掘削工具とそれを作る村鍛冶の現場模型、上総堀現場の縮尺模型および実際のビデオであった。そこでは井戸の深さが数百メートルにも達すると書いてあった。
西条の地下水は加茂川の伏流水である。加茂川は高い四国山脈を町の近くまで急流で駆け下り、そこから海辺までをゆったりと流れる。だからたぶん古加茂川の厚い砂層に部分的に西条が乗っていて、ちょっと掘れば、高いヘッド差の伏流水に突き当たるだろう。しかし、上総堀を必要とするほどの房総半島の自噴水の水脈は、近所の川の伏流水ではなく、遙か山中から地下を浸透してくる水脈であるらしい。
この技術は外観から内容まで石油油田掘削に活用されている方法と全くよく似ている。初期の日本国内油田のいくつかは、実際、この技術で掘削されたという。違うのは鋼索鋼棒が割竹の繋ぎ合わせたものであることと動力が人力であることである。また鑿にドリル形式のものがないが、石油掘削でもあの時代にはそんな高級技術はなかっただろう。
技術的に酷似していると思った点は泥水である。掘削土あるいは岩石破片は泥水に乗せれば沈降速度が遅れるから、深い井戸でも地上まで汲み上げることができる。深い井戸の掘削で泥水の供給がどれほど大切であるかは、いつか中国共産党の宣伝映画で見せて貰った。大慶勝利油田は、何千メートルもの黄土層の下を掘るから、途方もなく深いはずである。だから、かき混ぜ機が停まったら、せっかくの掘削中の井戸はたちまちパーである。英雄的工人は、そのとき泥池に飛び込み、泥を体で攪拌して沈殿を防いだという映画であったと記憶する。
「飛び散る火花に走る湯玉」というのは小学校唱歌で習った「村の鍛冶屋」の途中の文句である。その唱歌碑は神戸の北の三木市にある。長い籠城の末、食料が尽き、守兵の命と引き替えに切腹した別所長治の本拠三木城の小高い丘の上にある。三木は鍛冶製品の本場で、専門の展示館がある。見学に行ったのはずいぶん昔だったから今はどうか知らないが、鍛冶場の模型などは置いてなかった。映像では見ていたが、袖ヶ浦博物館で身近に眺められたのはよかった。
池を取り囲む広い敷地に博物館を始め色んな施設を点在させている。目下工事中だけれども、ゆったり時間を楽しめる雰囲気にできあがりつつある。埋め立て地に東京電力他の優良企業が進出し、固定資産税ががっぽり入るのであろう。財政豊かな町の象徴のような袖ヶ浦公園を一度訪れるよう推奨する。

('97/12/09)