遊女の平均寿命


平均寿命はその国の平和度、経済事情、福祉状況、衛生状態その他なにやらかやらの総合的バラメーターである。長寿になればなったでまたそれ独自の問題が出てくるが、概して寿命は社会の目出度さを示す指数で、長いほど一般には幸せな暮らしやすい社会を示すであろう。
江戸東京博物館で平均寿命22歳と言う説明文を見た。男女平均して80歳を越えようかという現代からは考えられぬ若死にである。それは吉原の遊女たちの平均寿命である。江戸時代の日本人はどれぐらいの寿命であったのか知らないが、人生僅かに50年と謡われたのが戦国の末期故もう少し伸びていたのだろう。もっともこの50年には死亡率の高い乳幼児期を生き抜けた人の寿命であろうから、今の統計に云う0歳児の平均余命と言う定義ではもう少し低い値ではないか。それでも22歳は平均の半分以下であろう。
文明の一切及ばぬ未開地帯の平均寿命が20歳代後半だったと思う。これはジャングル地帯の話で、寒い地方はどうだったか。生活様式風土気候に大きく左右されるであろうが、集落を作る以上はある程度の年齢が必要で、たぶん南とそう変わらないだろう。縄文弥生時代のお墓から大祖先の平均寿命を計ると30歳前後だったように記憶する。これは佐倉の歴博で見た。22歳は太古と比べても異常に若い。
吉原の遊女の平均寿命が判るのはたぶん投げ込み寺のおかげである。過去帳が残っていたのか、あるいは人骨から測定したのか。だいぶ昔だが、この投げ込み寺の集中死体投込み穴の調査が行われたという記事を読んだことがある。女郎は一匹二匹と犬猫と同じ単位で数えられ、まともな埋葬はされず、名を残した大夫以外は無縁仏であった。着物ははぎ取って回収し、物体のように一つ穴へ放り込んだそうである。
吉原は江戸の文化を飾る華であった。そこで22歳なら底辺の売春地帯ではどのくらいだったのだろう。残念ながらこちらは投げ込み寺に相当する場所がないから判らないのだろう。吉永小百合が主演した伊豆の踊り子で十朱幸代の女郎が死後菰にくるめられて適当に埋め込み処理されるシーンがあるが、そんな風だったのだろう。
吉原は管理売春だけではなかったけれども、22歳は幸せ度の指標としては誠に残酷な数値である。こんな、今の感覚で云えば全くの恥部をかかえながら、世界では全く希有な300年の平和を持続し、これも世界では全く希有の道徳的社会を作り、しかも来るべき帝国主義列強の侵略あるいは産業革命期への準備が調いだしていたのが江戸時代の日本である。では恥部だけを取り外してもやっぱり同じ様な歴史を辿り得たかと考えるとどうもあやふやである。書店で見た本の題名ではないが、か弱い男とふやけた女が、アダルトチルドレンという大人になれない大人がうようよしだした日本にいるとどうも否定的である。

('97/12/08)