近大マグロT

ニュートン別冊:「近畿大学大解剖〜今求められている「実学教育」のパイオニア〜」、(株)ニュートンプレス、'15/08を読む。近大とは政治家・世耕耕一氏が戦後作った大学で、氏は初代総長も務めている。政治家時代、世耕氏は実行力のある政治家としてマスメディアを賑わす存在だった。近大は、日本の私学の中で唯一研究用原子炉を抱えていることで有名になった。マグロ養殖研究は32年の歴史があるそうで、この養殖マグロが近大マグロの名で市場に出されるようになった。今世界のマグロ資源の先細り傾向が明らかになりつつある。世界最大のマグロ消費国・日本で、世間の注目を浴びるようになったのは当然である。
近大の研究力をURAP順位から眺めている。日本の大学の中では第25位、私立では慶応大、早稲田大、日本大、東京理科大についで5位という。研究報告の数と引用回数から決まる順位と聞く。スポーツが売り物の私大が多い中で、理系学部の多いオーソドックスな進路を取ってきた証拠である。東京理科大も真面目な大学でこの順位は当然だが、ここは当Webサイトの「物理学校」('06)にも書いているように、漱石の「坊ちゃん」にも出てくる古豪である。歴史の長さを勘定に入れたら、東京理科大に次ぐ順位とは立派なものだ。もっとも世界順位で見るとお寒い限りである。トップの慶応大の世界順位は、カテゴリーAのなんと268位でしかない。東大は11位、京大は26位だ。共にカテゴリーA++。A++が一流だからAは三流と云うこと。現在の国会代議士のかなりは慶応、早稲田出身だが、URAPで見る限り、日本の議会は研究開発には特に心許ないとも云える。
ニホンウナギの養殖は130−140年の歴史がある。でも稚魚のシラスウナギを育てる事業で、いまだもって卵からの完全養殖にはなっていない。淡水魚だと思っていたニホンウナギが太平洋を大回遊する魚で、その産卵地が、東京からはるか 2000kmも南のマリアナ諸島あたりであると判ったのは昨年のことだった。NHKスペシャル「“ジョーズ”の謎に挑む〜追跡!巨大ザメ〜」は、ホホジロザメの海獣狩りの調査映像だった。上陸点隠蔽のために一旦潜水するオットセイを150mの深海から一撃で倒す。オットセイの方がはるかに敏捷なための戦法だと解説していた。隠密行動が命の潜水艦、それに対する対潜兵器の開発でも感じることだが、海洋の中は宇宙よりも未知の世界である。クロマグロのように大海を縦横に泳ぎ続ける宿命にある相手の完全養殖など、難しいに決まっている。
まず縦横に泳ぎ続けるのは身体の構造がそうなっているからだ。沿岸魚のように、ホバーリング中には鰓をぱくぱく動かして、呼吸をすることは出来ない構造だ。大口を開けて高速で泳ぎ、海水をぱくぱく出来ない鰓に送る。80km/hというどえらい瞬間スピードをだせるそうだ。NHK「超絶 凄(すご)ワザ!「究極の竹とんぼ対決」」で航空工学の技術者と、生物の生態や形状をヒントに、新しい技術を生み出す“バイオミメティクス”の研究者が対決していた。生物は自然を風洞にして進化を続けてきた。80km/hは43ノット。クルーズ船は18ノットぐらいが巡航速度。昔の駆逐艦の最高速度が40ノットぐらい。本書の図解には、強力な尾ひれと小離鰭(しょうりき)が、80km/hをもたらしているとしてあった。小離鰭に相当するデバイスは旅客機の主翼に見られる。「哺乳類誕生U」('15)に半温血動物カモノハシに言及している。尾ひれの絶大なる馬力の理由は環境より高い体温にもある。こちらはさしずめ半変温動物というところで、並みの魚よりは進化している。
近大水産研究所はマダイやブリなどの15種の魚の完全養殖に成功した実績がある。それだけのK/Hがあるのにクロマグロには32年を要した。卵から製品(クロマグロではサバぐらいにまで成長した稚魚(ヨコワ)を指すようだ)の生き残り率は、マダイなら50−60%だが、今クロマグロでは1%と云う。よくTV自然もの番組でカメでもカニでも魚でも卵から親にまで生育する確率が万分の1ぐらいと云う。成功したばかりの段階で1%とは、見ようによってはたいした数字である。
マグロの群れの中で産卵に参加するメスはごく一部だとある。だからメスの多い群れを作りたい。そのためには雌雄判別法の確立が大切だ。外見での判別は専門家でも難しいらしい。そこで取り上げられているのがDNA解析で、クロマグロでは成功した。DNA解析で家系を選び成長の早い家系、トロ・リッチな家系など交配選別だけに頼らぬ方法に持ち込みたいという。
観察では孵化したばかりの仔魚の自然死亡率が結構高いようだ。免疫力とか機能不全性とか何も触れられていないが、生き残るのに必要な最小限の機能を親からもらえなかったと云うことだけではないらしい。ほかの養殖魚はゴミがあっても食わないが、稚魚段階でマグロはゴミを食って死ぬ確率が高いという。肉食魚で成長率が高い魚種の宿命なのか。
共食い。早く成長した稚魚が小さい奴を食ってしまう。これはサイズでの篩い分けで防いだそうだ。壁面衝突死。高速遊泳の遺伝をもらって生まれるが、まだ泳ぎを制御するのは不得手で、大海でなら起こらないだろうが生け簀では起こる。稚魚では視覚の発達も不充分という。飼育密度に限界があって、ブリなら1立方mに25−30kg飼えても、クロマグロでは3kgだという。多分餌をいくら豊富にして増やせないのだろう。肉食魚は闘争心が強いから、本能的に確保せねばならぬ縄張り容積が大きいと云うことか。ストレスに対する過敏性も相当なもので、ストレスに対しては、人の健康診断のように血液分析で解析しているという。上記飼育密度や酸素濃度などもその要因になっていて、成長速度に有害である。
政府のマグロ養殖プロジェクト研究はとっくに打ち切られている。他の研究機関が手を引いたのに近大だけが残ったのは、養殖稚魚を各地の民間養殖業者に販売する事業を手がけているおかげで、資金的に行き詰まらなかったためもある。そもそもこの水産研究所は、近大設立前からある養殖のベンチャー企業だったという。マグロ事業は2本立てで、成魚販売と人工種苗販売だ。前者は40kgもので年2000本、後者は500g-1kgの稚魚を年10万尾の目標にしている。陸上水槽で孵化から5-6cmの稚魚に育て、それを海の養殖場に沖出しする。養殖場は大島と奄美大島の2箇所だったが、新に五島で豊田通商と共同で育てることが出来るようになった。
人工飼料の要点は旨味と大きさだそうだ。ちなみにwww.aquamuseum.netによると魚は、口腔、鰓腔、食道、口唇、体表、鰭など様々な部位に味に対する感覚器官を備えているそうだ。イノシン酸やグルタミン酸を添加すると聞けば、彼らの味覚は人間さまのそれに似ているのかと思う。でもヒスチジンは人の旨味成分ではない。大きさとは、肉食魚は身体の大きさに見合った大きさの餌を好むと云うことで、ライオンがネズミを狙わないのと同じ理屈のようだ。大きさを加減した握り飯に強化味の素とヒスチジン、それにおまけとして魚のふりかけを付けて食わせるまではまだできていないようで、基本材料は魚粉だそうだ。植物系では大豆やその加工品がそろそろ入ってきた程度らしい。人工飼料にはタンパク質をがっぽり入れなければならぬようだ。

('15/10/21)