昆虫の4億年
- 岡島秀治:「4億年を生き抜いた昆虫」、ベスト新書、'15を読む。何度も紹介して恐縮だが、私の理系生活のスタートはexplicitlyには中学(旧制)の生物班からだった。主に蝶類が対象だったが、先輩連に引き連れられて、昆虫採集にほとんど日曜日ごとに出掛けた。ファーブルの昆虫記は、私の心の中ではバイブルもどきの地位を占めるようになった。このWebサイトを検索すると、関連記事が10指に余っていることがわかる。「昆虫−驚異の微小脳」('06)、「擬態」('07)、「感覚器の進化」('11)などは、近年に仕入れた昆虫関連の知識の中では、印象に残る内容だった。
- 宮崎駿監督の映画「風の谷のナウシカ」('98)では、腐海の奥底に清浄な空間があって、太古さながらの自然が保存されていることになっている。化石で見つかっているような、あるいはもっとそれを大きくしたような巨大なトンボが飛ぶ。本書に化石の写真がある。メガネウラと云う名で、翅幅70cmという史上最大の昆虫だとある。オニヤンマと変わらぬ骨格だ。3億年前の石炭紀に入ってシダなどの植物が大繁茂し、それを食う昆虫類も大繁殖した。昆虫は飛翔能力を獲得したことが、爆発的に増殖したもうひとつの理由らしい。今でも動物門120万強の種類の中で、昆虫は92万と実に75%を占め、この傾向は新発見によりさらに強まるだろうという。DNA解析によると、カニやエビなどの甲殻類から派生、特にミジンコやフジツボといった鰓脚類に近いという。翅に対してはエラ(鰓)起源説が有力という。
- マダラチョウ科のアサギマダラ、オオゴマダラが出てくる。飛翔する姿を初めて見たのは、京都金閣寺近くの衣笠山の山頂だったと思う。同じ大型のアゲハなんかと違い悠然と飛ぶ。わりとのんびりしていて採取しやすい。石鎚に連なる山の峰でネット無しで捕まえたことがあった。「沖縄の動植物相」('97)、「屋久島」('00)ほかにオオゴマダラの記述がある。マダラチョウは長距離型の渡り蝶だ。本書では有毒性が強調してある。幼虫が食草に含まれる毒物を体内にそのまま蓄積するから、幼虫も成虫も食うとえらい目に合う。わざわざ姿や飛び方を擬態する別種の蝶がいるほどだ。悠然と飛ぶのは、俺は毒だ俺は毒だと、周りの鳥どもに見せびらかしているのだ。「金よりも金色」('98)はオオゴマダラの蛹は金色に輝くことを報告している。察するに、鳥たちに食うと食あたりを起こすよと警告しているのだろう。そこまでは本書には載っていない。
- 蝶々とは、優雅で美しく、密から密へはかない命を楽しむ弱々しい動物というのが、一般的な常識である。ところが結構猛々しい蝶もいるらしい。NHK「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」はほぼ欠かさずに見ている私のお気に入りだ。先月見た「シリーズ 里山の宝石 美しきファイター!国蝶(こくちょう)オオムラサキ」はクヌギの樹液に群がる昆虫の場所争いを見せた。カブトムシもスズメバチもオオムラサキには一目置いている。昆虫の複眼の解像力は低い。私は初期のデジカメを後生大事に保存しているが、初期ものでも30万画素はある。昆虫の目は両目合わせても12000が精一杯と前記「昆虫−驚異の微小脳」に書いている。色模様形がぼやっと昆虫の脳に映る。カブトムシもスズメバチも、オオムラサキほどに大きい相手から、でっかい態度で出てこられると威圧されて、ついついひき足になるだろう。そんな話は本書にはない。
- 本Webサイト:「生物たちのハイテク戦略」('02)に、「シジミチョウ科のゴマシジミやオオゴマシジミは蜜をアリに与えながら「知らん顔で」アリの幼虫を捕食する。こういう美談怪談はかなり昔から知られていて、・・蝶類図鑑(横川光夫:「原色日本蝶類図鑑」、保育社、1954)にも載っている。」とある。成虫になるともう密をアリに与えられないから、アリの餌になるのを防ぐため大急ぎで脱出を計る。チョウ目の動物はほとんどが草食なのに、このシジミチョウは肉食なのが特異だ。食草(ワレモコウほか)と共生アリの関係からか都会ではほとんど見かけなくなった。飛翔する姿は、京都在住の頃、等持院北に出来たてだった立命館大学衣笠キャンパスの、多分造成のときにいじらなかった湿気の多い中庭で見て以来、お目にかかれない。本書からはプラス・アルファの知見は得られなかった。
- ミヤマシジミの幼虫もアリの巣で暮らすという。クロシジミの幼虫、成虫もアリとは微妙な関係にある。幼虫はアリを騙して養って貰う。アブラムシはアリに密を与えて代わりにボディガード役を務めて貰うのであったか。これは共生関係と云える。農業を営むハキリアリはNHKのワイルドライフで紹介された。「チャイロスズメバチ」('01)、「昆虫−驚異の微小脳U」('06)にはスズメバチが巣の乗っ取り屋で、殺した相手女王の子を働き蜂に仕立てて、奴隷として使う話が出ている。対するニホンミツバチの勇戦模様もレポートしてある。本書にも写真入りで紹介されている。侵入者を包んで「蜂球」をつくり、筋肉を一斉に活動させて内部温度を45℃以上とし、蒸し殺しにしてしまう。ニホンミツバチ自身はこの温度に耐えられるのだ。
- アリの世界でもサムライアリがクロヤマアリを同じ手口で奴隷にするそうだ。奴隷補給のために次のクロヤマアリの巣を襲撃する。社会性動物の世界には似たような習慣が出来るものだと思った。塩野七生:「ローマ亡き後の地中海世界〜海賊、そして海軍〜」(同題名の書評が本Webサイトにある)にはアラブ海賊の、主にイタリア海岸村落での奴隷狩りが活写されているが、アラブ対ヨーロッパの根深い抗争史の一面として、目から鱗であった。まさかヒトやハチやアリの奴隷社会に関し、「進化の収斂性」(本Webサイト:「放射光の応用」('11)、「進化生物学」('14)、「内蔵の進化」('14)、「深海生物学」('15)など)と云う言葉を当てはめていいとは思わないが。
- Webで昆虫の進化系統樹を捜した。小島弘昭氏(総合研究博物館)のそれが見やすかった。ほとんど本書の図と同じだが年代区分が詳しい。昆虫の出現が4億年以上昔のシルル紀で、次のデボン紀で翅が発達し、無変態昆虫が不完全変態昆虫になる。翅が背面で折りたためるようになり、石炭紀中頃に完全変態昆虫が生まれる。系統樹を確かめた理由は、シロアリを真社会性昆虫としてあり、その分業社会システムは人間専制封建国家の社会に通じるものがあるからだ。ハチやアリに勝るとも劣らぬ社会性ではないか。Webには、シロアリがアリ同様に、フェロモンをコミュニケーション手段に使っていると記載した記事がある。でも彼らはハチ目に属さない、なんと不完全変態のゴキブリ目シロアリ科だ。個体は一見アリと同じだし、生殖期に翅が生えて新女王が誕生することもアリ相当だ。これも収斂進化ですかねぇ。系統樹の先にゆくほど生存確率が増えて、その種類が優勢になるという常識を覆している。
- 「できそこないの男たち」('06)の好事例がカマキリのオスであった。交尾しながら相手のメスに自分の肉体をカロリー源として与える運命にある。だが本書によると、実際には多くのオスはうまく逃げおおせるそうだ。不幸にもメスに頭を囓り取られても、腹の神経は生きていて無事交尾を終わらせるという。
- 私が住む地帯は埋め立て地だ。セミの声を聞けるようになったのは、引っ越し後、何10年か後だ。土中の幼虫生活が長いから当然だ。現在はセミの種類が増えて、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ヒグラシはすでに鳴いている。ツクツクボウシはその内に聞けるだろう。最初に住まいにきた種類はミンミンゼミだったと思う。その他のセミよりも土中生活が短いのだろうか。本書の17年ゼミは有名だ。13年ゼミもあったと記憶する。13も17も素数だ。素数を周期とすると、天敵が現れにくいからと誰かが理由づけていたと思う。交雑の可能性を最小限にしているからと説いた人もいた。では7年ゼミ、5年ゼミ、3年ゼミは?となるとよく分からない。
- 私のバイブル「ファーブル昆虫記」は最後まで引用がなかった。2章まで読んで、どうやら本書が夏休みの小中学生相手の出版らしいと見当を付けた。「おわりに」には子供相手の講演が好評だったことが紹介されていた。著者も子供を意図して本書を書いている。でも、これは出版社の問題であるが、「新書」に入れる以上は一般教養書と市民が受け止めるのを逆用しないで欲しいと思った。低学年向けだってバカに出来ないのが私の経験だ。真っ新な新しい事実にお目に掛かる場合がある。私にとって都市部に馴染みのない昆虫についての知見はその範疇に入る。でも学の進歩を感じさせる内容には乏しかった。
('15/7/25)