潜水艦の性能と戦術

山内敏秀:「潜水艦の戦う技術〜現代の「海の忍者」−その実際に迫る〜」、サイエンス・アイ新書、'15を読む。このWebサイトの「ウラジオストク」('07)に二次大戦でソ連が使った潜水艦の見学記がある。日本の当時の呂号潜水艦(≒U-ボート)相当の小型艦で、バルブとアナログ計器の並ぶ艦内の狭苦しさが記憶に残った。近年の潜水艦は軍港クルーズ(「横須賀軍港」('13))で外見を見た程度で、艦内見学をしたことはない。潜水艦は機密性の高い艦船の1つである。旧海軍以来の習慣は恐ろしいもので、今でも私は潜水艦を排水量で伊号呂号と区分けしている。海上自衛隊の潜水艦は「はやしお型」以外は伊号で、最新のそうりゅう型は2900トンあるそうだ。このWebサイトに「佐久間艇長遺書」('97)がある。明治の潜水艇遭難のときの遺書だ。小学校時代に読んでいる。潜水艦は軍備の中で私には特別の地位がある。
U-ボートの構造や戦備、乗組員の勤務の様子などはロバート・ミッチャム、クルト・ユルゲンス主演の映画「眼下の敵」('57)に動的に詳しく描かれている。U-Tubeで捜すと、日本語字幕の完全版がアップロードしてある。現在艦では上甲板構造物は大砲を含めほとんどが撤去されてしまった、司令塔にはセールが付いてスマートになった、艦形もよりクジラに似てきた、ヒレに相当する舵がたくさん出ている、なんだか俊敏になったという印象だ。出航後はスノーケルのおかげで潜水が常態になった、「眼下の敵」では水中10ノット前後がやっとなのに、60年前のノーチラス(原潜)は2500km以上を平均16ノット出している。Webでは現在の潜水艦の行動時?の水中速度は20ノットぐらいにしている。水上艦船との比較では、摩擦抵抗は増えるが造波抵抗が無くなる。これは大きい。渦発生による圧力抵抗はそう変わらぬだろう。動力源さえOKなら、潜水艦の水中最高速度は高くすることができるはずだ。
ノーチラスの形は今の自衛隊の潜水艦とよく似ている。個室をもらえるのは昔と変わらず艦長だけで、乗務員の生活はあい変わらず窮屈そのもののようだ。ミサイルが備わり、「眼下の敵」では駆逐艦にしかなかったソナーが潜水艦にも設置されている。全潜望鏡がそうではないらしいが、潜望鏡がIT化されて、内殻から望遠鏡をいちいち上げ下げしなないで済むようになった。潜水深度は「眼下の敵」では設計の最深が150m、非常事態での実際が310mだった。これもWebの知識だが、今は800mと云っているそうだ。どちらの深度かは判らなかった。この差は、構造力学が大幅に進歩することはあり得ないから、材料のバックリング強度の改良に負うところが大きいのだろう。
スノーケルはU-ボートの対レーダー対策として実用化されたことはよく知られている。私ら世代にはドイツ式のシュノーケルの方が通りがいい。発見されないためには潜り続けておればいい。そのためには潜水時の動力源の2次電池をときおりは充電せねばならぬが、浮上してはレーダーに引っかかるから、昔の伊賀忍者がやったように、ストロー(スノーケル)だけを空中に出して発電機の付いたジーゼルエンジンを動かす。誰でも判ることだが、ことに荒天時では空気に海水が混じってくる。ときには海水だけがモロにスノーケルのパイプを詰めてしまう。
気液分離とバルブ開閉でエンジンが海水を吸う危険を避ける。バルブ閉のときは潜水艦内の空気がバッファーになる。たちまち気圧が低下して乗務員は耳ツンになる。私は空気制御法が改良されてこの問題は過去のものとなっているとばかり思っていたが、本書には現在の潜水艦でも、過去とは程度の差はあろうが、これが悩みの種であるように書いてある。原潜だとそんな空気は不要だから、出港時に用意した圧縮空気だけで2500km(ノーチラス)の潜水航行をスノーケル無しで行える。
中国原潜が'04年石垣島周辺の領海を侵犯した。Wikipediaによると、青島・グアム島間を潜行往復したが、米軍と海上自衛隊に出港時から航海が完全に掌握されていた。その原潜はそれなりに追跡回避行動をとったが、捕捉されたまま元の海軍基地に戻ったとある。中国は冒険主義を非難されたが、侮りがたい軍事力を示したことにもなった。普通型だけの自衛隊は原潜が欲しかろう。私は世界の現実に即した軍備こそが抑止力と思っている。国会の字句に拘る安保論争にはため息が出る。Wikipediaのシュノーケルの記事にはレーダー対策のレーダー波吸収保護材料の話とか、逆探知機EZの話も入っている。
このWebサイトの「米軍と人民解放軍」('14)にAIP(非大気依存推進)の話を載せている。潜水艦の動力源として目新しいのはAIPである。最新の「そうりゅう」型潜水艦にはAIPの1種のスターリング・エンジンが搭載されている。それ以上のことは何も書いてない。2次電池による推進手段は補助的にでも残されているのだろうか。燃料はなんだか知らないが、液体酸素を気化して燃やす外燃機関だ。いっそのこと内燃機関に酸素を使ったらと思うが、シリンダー内着火時の爆発音のため、どうしても静粛型にならないから、隠密行動には外燃機関なのだろう。排気の水蒸気は回収されるのだろう。炭酸ガスは探知されないように微細気泡にして、最後は海水に溶けるように、排出するのではないか。艦内で固定化して海水に流す方法もあるのかも知れない。
潜水艦も受信装置を海上に出せるときはGPS測位をやる。GPS法は何と云っても現在もっとも確実で正確な方法だ。だが海中では慣性航法だ。その原理は先に上梓の「航空管制」に紹介した。航空機に比べれば加速度のたいそう落ちる潜水艦での測定も、日本の技術は克服しているという。潜行時間が長いから航空機と違って慣性航法が主でGPSが従だ。でもどこかでGPS測定での補正をやっているようだ。沈座とかホバーリングを含めた三次元的行動が基本の潜水艦では、ジャイロも命綱の1つだろう。航空機では重力は一定だろうが、潜水艦の外力の浮力は結構微妙なものらしい。浮力測定の基本は海水密度の音波速度測定だそうだ。
クジラの声が何万kmも遠方に届くという話は聞いたことがある。電波と違って海中での音波の減衰は低い。海中からの探知は音波に頼る場合がほとんどである。音波は海水密度の造るプリズムでときには全反射でまったく消えてしまったり、ときにはあらぬ方向からの音に聞こえたり、ときにはとんでもない遠方から届いたりする。こうなると同じ能力のソーナーを装備していても、探知の精度はそのときの海の状態をよりよく把握している方の勝ちだ。だから中国が軍事境界域を、第一列島線の南西諸島はおろか、それをはるかに通り越した太平洋西部にまで拡大しようとする第二列島線は、ソーナー精度だけからでも理解できる。でもこんな列島線を公表すること自体日本にたいしてこの上もない侮辱だ。音源捕捉艦船の特定は音紋によって行われる。米空海軍基地のあるグアム島周辺まで中国原潜が遠征するのは、隠密裏に米軍艦船の音紋を採取するのも一大目的なのだろう。
潜望鏡を上げて敵艦船の位置と速度を知り魚雷を発射する。だが水上艦艇や対潜哨戒機の索敵能力は向上している。磁気探知機MADまで備えている。発見されてMADやソナーをのせたブイを投げ込まれると、遁走困難な状況になる。潜望鏡もその移動による泡軌跡もレーダーの標的である。「眼下の敵」のユルゲンス艦長のように長々と潜望鏡を水上に晒すことはできない。IT化潜望鏡は観測時間短縮にずいぶん役立っていることだろう。パッシブ・ソナーによる測標法が書いてある。音による測標は素人的にも精度を上げるのが大変だとはわかる。ソナーは艦首にあるが、曳航式ソーナーも写真に出ていた。距離を置いたダブル・ソーナーで、相手の位置を測るということだろうか。
敵の速度をスクリュー音による回転数推定で行う。敵艦を特定し、それまでのスパイ行為で集積されたデータと照合して何ノットかを知る。魚雷は、ある地点からは搭載のソナーによる自動誘導に切り替わるホーミング魚雷が主流らしい。2次大戦中にドイツは音響魚雷を開発したが、所期の成果を上げられなかった。イギリスが大音響の疑似エンジン音発信器を艦尾に曳航するようにしたために、魚雷はその発信器に向かうようになったからだ。ホーミング魚雷はその対策を当然やっているだろう。
潜水艦のミサイルが魚雷発射管から打ち出されるものだとは知らなかった。魚雷よりはサイズが小さいので、カプセルに入れ子にして打ち上げ、水上でカプセルを爆破する。ミサイルは潜水艦の攻撃兵器として重要になってきた。潜水艦が目標を計算して自律的に攻撃することはあるまい。潜水艦は単なる発射台で、ミサイルのコントロールは何処かの司令室でやるのだろう。司令は超長波放送から来るのかな。海中でも超長波になるとわりと届くのだから。

('15/6/26)