地方消滅
- 増田寛也編著:「地方消滅〜東京一極集中が招く人口急減〜」、中公新書、'14を読む。表紙カバーに「896の市町村が消える前に何をすべきか」と出ている。反論も出ている(小田切 徳美:「農山村は消滅しない」、岩波新書、'14; 山下 祐介:「地方消滅の罠:「増田レポート」と人口減少社会の正体」、ちくま新書、'14;大江正章:「地域に希望あり―まち・人・仕事を創る」、岩波新書、'15)ようなので、機会があればそれも読んでみたい。
- 人口減少は国の将来を危惧させる。私は当Webサイトの「植物の命」('99)あたりから子供を作らぬ育てぬエゴ?に対して苛立ちを書き始めた。「人口から読む日本の歴史」('03)あたりから、少子化や高齢化が国家にのっぴきならぬ深刻な影を落としていると論じてきた。少々荒っぽい解決策も提示した。人口推計学は正確である。何10年も昔から判っていたのに、差し当たっての得票率に(ばかり?)気をとられた政治家どもは、本題をバラマキにすり替え、本質対策にはいつもそっぽを向いていたし、今もそうだ。最近では「6月の概要(2015)」に「'14年の合計特殊出生率(以下出生率という)が前年より0.01下回り1.42になった。出生者数は100万ちょっとで、'15年度には100万を切る可能性が大きい。都道府県別では東京が最下位の1.15だ。東京は常に相対的には経済好況で高所得なため、全国から生産年齢層を吸収するが、人口再生産をやらない。国家の人口問題としては最悪のパターンである。」と書いた。東京とは東京圏のことで、さらに広い意味では大阪圏、名古屋圏、福岡圏などの大都会圏の意味だ。増田氏の著書の基調もそんな風だと思う。
- かなり楽観的に推計しても東京圏の高齢者数は'40年には横浜市の人口に匹敵するぐらいになる。都会の医療・介護は深刻を通り越して絶望的状況になり、それがさらに地方の人材を都会に引き込む。近未来にも人口移動は収束しない確率が高い。大都会はまるで日本のブラックホールのように働く。896の市町村が消える可能性が出てくる。本書に云う消える可能性とは、人口の再生産の95%を担っている20−39才の女性人口が、今の5割以下に減少することを意味する。今1.2兆の人口が100年後には江戸末期ほどの数字に下がるだろう。
- すぐ出生率の高い他民族の出稼ぎとか移住をアテにすればいいという議論が出てくる。学者とか経営者層とか事業主層とかに多い議論だ。あれだけ長い歴史を持つキリスト教民族−イスラム教民族−ユダヤ教民族の融合の歴史がいい証拠だ。移民があってもモザイク状分散までがいいところで、それでも一触即発の緊張関係が解けない。日本の多民族国家論など絵に描いた餅である。6/9のBS日テレの深層NEWSに著者が出演していた。翌日発刊の中央公論7月号の「緊急特集 2025年、東京圏介護破綻」のさわりの紹介であった。さらに踏み込んで、今地方移住を考えるとすれば何処が有利かといった具体的提言をしていた。この種の話になると急に観念的抽象的表現で「逃げる」ヒトが多い。注目していい論者だと思わせた。
- 6/8のNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀「時計に命、意地の指先 時計職人・松浦敬一」」を見た。瀬戸内海の小島に住む機械時計修理専門職人が店を守り、後継者を育てている事情を解き明かした。ときおりの同類の紹介番組の中には、地方が健全であるための方向を示唆する話が多い。その個人、その家族、その部落、その村にオリジナルで他所にない技能、技術、風習、自然、産物、伝統、歴史があり、あるいはそれらを生かした転身方法に気付いて、「他所にない」ことを攻め道具になると確認でき、決意できたところが生き残り発展し始めている。研究開発に力を貸そう、お金や人材の手配を含めてのマネージメントの手助けをしようという環境作りは政治行政に任せておけばいい、日本の官吏は有能なんだから。しかしシーズは地方の現場が自分で作らねばならない。原始的なニーズも勿論現場がまず掘り起こさねばならない。都会と地方の今までの差はこの点にある。私は地方にも今までの都会のような能動的姿勢が必要だと思う。
- 結婚して2人以上の子供を持ちたい。調査では若者の志向はごく健全である。だのにいずれ出生率が1.35まで下がるとは。「結婚して」は婚外子は我が国では社会常識にないことを示す。マスメディアにはときおりはシングルマザーが出てくるが、私の周辺にはお目に掛からない。シングルファーザーなどよほど注意して読まないと新聞にも出てこない。かっては結婚に対して我らの社会は強力な仲介システムを持っていた。この伝統システムが機能不全に陥ったと感じたのは40年ほど昔であった。しかしシングルに対する道徳感覚は今も生き続けている。出生率を取り戻したフランスがどうの、スエーデンがどうのと言っても意味がない。彼らは伝統システムを改善すればよかった。我らは敗戦で土台から崩された。本書には出生率2.1を目指すための具体的な提案がいろいろ書いてある。たいていは一度は新聞などで目にしている。だが遅々として改善は進まない。今の進行速度では日本沈没だ。
- ほとんどは政治家と経営者の責任である。20才台後半になっても女性の結婚率が4割程度では話にならない。出産力は30才までが抜群のはずだ。本書には出てこないが、所得の格差は出生率復元の足を引っ張る。若手社員と社長に50倍の格差があるというのも問題だ。せいぜい10倍が適当だ。独身時代年収300万円、結婚後500万円が若者夫婦が誕生する閾値だそうだ。これも統計データとして新聞で読んだことがある。派遣労働者、非正規社員ではこんな数字は夢だ。速水融:「歴史人口学で見た日本」、文春新書、'02(本Webサイトに同名の書評あり)のp125に江戸時代農家の所得と絶家率の表がある。所得の低い小作(それでも地主の1/5~1/10程度)では後継ぎが絶える確率が非常に高かった。
- 資本の論理は、そもそもが民族を滅ぼす方向を向いていると思わねばならない。労働生産性の向上が資本の合言葉だが、先進国では図抜けた長時間残業、取れない育休、ブラック産業など、次々に人口再生産に後ろ向きの姿勢が表沙汰になっている。Webで調べてみる。労働生産性を業種別に見ると製造業は7位で英独仏のいずれよりも高い。日本の全体の労働生産性は20何位と低いが、農業やサービス業が足を引っ張っていることは明らかで、欧米とは1桁も2桁も耕作面積が少ない農業や、五輪誘致成功以来有名になったおもてなし、おもてなしのサービス業を合算して、春闘での賃金抑制の理由にするのは的を外した暴論である。春闘は製造業労組主体の賃上げ交渉なのだ。
- 北海道は地方の代表的縮図である。地域圏の中心は道都の札幌で、周辺からの流入で今は人口減退が目立たない。その札幌も東京圏へ若者ことに男子の流出が激しく、男女比が0.9となっていて、出産率低下の一因と書いてある。北海道で特異な存在は帯広地区だ。旭川地区、函館地区、釧路地区など札幌周辺は人口減少が深刻なのに、ここだけは高齢化は進むものの一応安定した将来が望めそうだ。欧州ぐらいとならカツカツ競えそうな、日本のほかにない大農地帯であることが基本だ。食品加工業も健全だしスーパーも店を開く。ついでながら秋田県大潟村は若年女性人口変化率がプラスの全国で数少ない地域の一つである。大潟村は干拓でできた大農地帯だ。大農化は日本農業の唯一の生き残る方策だと判りきっているのに、他地域の農家はその道を進まない。対策として補助金をばらまけばらまけと合唱するだけだ。地方消滅が現実化する30年後には目覚めるのであろうが、それでは遅すぎる。
- 熊谷千葉市長の2期目市政中間報告を聞いた。千葉市の東京に近い地区は東京通勤者の割合が多かろうが、全体として8-9割は市内での自営や雇用である。その市が保育所待機児童数zeroを2ヶ年連続して達成した。首都圏政令都市として初めてだそうだ。企業立地件数も毎年増加させている。サービスの有料化や削減などには抵抗が多かったが、政令市ワーストの財政が着実に改善されている。何より面白かったのは、レッドブル・エアレースを千葉の名を被せたイベントに仕上げた話だった。「千葉にありながら、東京ディズニーランドとはこれ如何に、東京ドイツ村とはこれ如何に。千葉認知の妨げとなっている。」といつも東京を看板にしたがる商売人に腹を立てていたのに、今回は溜飲を下げさせた。エアレース史上最高の有料観覧者数を記録したそうだ。
- 消滅可能性都市と書かれたと怒る前に、危機意識を優先させて着実に手をうつ選良を選ぶことである。東北大震災の復興計画プランに大風呂敷を広げる自治体が多かった中で、人口流出の事実を踏まえた縮小縮小案を、地元民に納得させた女川町長が本書の対話編に出ている。景気の悪い後退案を町民に飲ませる政治家が真の政治家である。今参院選挙区改正に関し議会では合区問題で対立があり違憲状態が解消しそうにない。1票の格差よりも議席数維持が大切な自民党を見ると、国家の大義を見失った議員を選ぶ選挙民に絶望を感じる。その合区候補地はほとんどが地方消滅話題の地区だ。ばらまけ、ばらまけを合唱する地区とも重なる。
('15/6/15)