異国琉球


伝承の民謡を耳で理解するのは私には不可能である。しかし文字に直して少し解説して貰うと日本国内の大抵の民謡の意味は不完全でも理解できるようになる。方言も同じだ。昔大学生の頃つまり今から30年ほど前に急行(当時は急行だった)日本海で北海道を目指したとき、新潟から北になると車内の話し言葉は全く理解できなかったが、純粋の東北弁かて文字にすればかなり判るのである。
しかし琉球の言葉は文字に直しても多分ほとんど判読不能である。漢字混じりにした文でもまず大意を取りかねる。ふりがなで漢字の発音がかなり我々本州人と違っている事を教えられる。秘密のかなりは母音が三種でa,i,uしかない所にある。我々のeはi、oはuとなる。この琉球語が日本古語を残していると知ったときは驚いた。平安時代の「侍り」が残っている。(外間守善「沖縄の歴史と文化」中公新書,1986)京都と首里の方言の近接度から推定すると弥生時代から古墳時代に日本祖語から分かれたとある。(比嘉春潮他「沖縄」岩波新書,1963)
島津には植民地的に扱われ、明治以降も差別され続けた上に二次大戦では最大の犠牲を払った人々が祖国に日本を選んだ理由は同文同種同語である。同文同種までなら宗主国中国及び日本以外の中国文化圏とはずっと漢文でのおつき合いであったから中国も一つの候補だったであろうが、そんなけぶりはチョットもなかった。北端の辺戸岬に日を決めて行進し日本最南端に向けて日本復帰を叫んだとガイドさんが云う。
朝鮮語は日本語と同じアルタイ語系という。しかし琉球語よりははるかに離れた存在で、共通する基本語はあまりない。互いに分派した民族同士であるとしても何千年も昔の話であろう。朝鮮人の悪口に、日本人は朝鮮での生存競争に負けて落ちていった連中の末裔と云うのがあるそうだ。百済が新羅に負けて多くが日本に亡命したのは史実だし、古墳には半島出身と思われる人物の墓がある。しかし同語にはほど遠い。DNA解析も南方系がかなり入っているという結果だったように思う。逆に非同語と朝鮮の歴史文化への自信が、日本の植民地化に対し、沖縄とは正反対の反応を呼び起こしたのであろう。
明を滅ぼし200年以上清として中国を支配した満州族が民族としての意識は今や希薄になっているのにたいして、朝鮮族の民族意識は高揚している。政治上の理由もあろうが、数えれば有史来500回を越えるという外敵の侵略を受けた民族が、民族性保持のために自動的にあるいは本能的に動き出す機能として内に作り上げているのかも知れない。
首里を含む琉球古城、独特の墳墓、伝え聞く巫女の祈りと土地の神々、どれも異国情緒である。古城の城壁は中国風であるが、町を取り囲まないところは日本と同じか。屋根瓦のシーサーは鬼瓦の変形か狛犬の沖縄版か。死者が母の胎内に戻る意味という独特のお墓。何度でも行きたいと思った沖縄旅行であった。

('97/10/29)