米軍と人民解放軍

布施哲:「米軍と人民解放軍〜米国防総省の対中戦略〜」、講談社現代新書、'14を読む。尖閣諸島領有権問題だけではない、小笠原諸島や伊豆諸島沖に大挙して現れたサンゴ密漁の中国船団問題など、ことあるごとに武力背景をちらつかせてくる相手に我々は直面しており、100%相手に従わざる限り、まず平和的手段だけでは解決できないと本能的に覚るようになった。今読んでいる塩野七生:「ローマ亡き後の地中海世界」には示唆的な話が満載されている。相手を殴りながら握手するのが外交だ、ローマ法王庁がイスラム海賊相手に海軍を創設した、などなど。その本の副題「海賊VS.海軍」は歴史はこう学べと云っているようにも思えて、まずは軍力比較から勉強しようと云うことになる。以下人民解放軍を中国軍と書く。
本Webサイト:「火薬のはなし」の対象火薬は、平和利用目的に限ると著者が宣言していた。実際の視野はどうか知らないが、我が国の数少ない専門家ですら、著作では軍事目的を回避している。疑問のある姿勢だ。本書の冒頭で著者が、軍事シミュレーションに於いてアメリカでは民間の研究者の寄与が大きいことを指摘し、たとえ日本が米中関係の従属変数的存在であっても、他人事のような無関心姿勢であってはならないと、警鐘を鳴らしているように思える。それから米中が共通して力の奉信者で、日本のマスメディアが陥りがちな、過去の延長である(先進欧米諸国が纏めたと云える)国際間慣習とか信義とか国際法とかだけで、善悪を評価する観念論者ではないことも大切だと私は思う。
軍事力比較で忘れてはならないのは、グローバル・コモンズだ。国際公共財と訳してある。私には馴染みの薄い言葉だった。要するに直接の軍事力と持ちつ持たれつの関係で相乗効果を出す世界的経済活動と、さらにそれを下支えする輸送、宇宙、通信、科学などなど、平和時でもそうだがことに熱い総力戦ともなれば、フルに活動せねばならぬ分野全体を意味している。中国は、偵察衛星破壊実験とかサイバー戦などで、マスメディアの話題になった。しかしそうじてグローバル・コモンズにおける米国の強さは、現時点では中国を圧倒している。イスラム国における米軍の無人機攻撃の模様はNHK:「BS世界のドキュメンタリー シリーズ 行き惑うアメリカ「アメリカの“新たな戦争”? 〜無人機攻撃の実態〜」」で報道された。本国の情報管理センターの指令でイスラム国の"テロ集団"を無人機のミサイルが攻撃する。あの衛星は軍事衛星だろうが、アメリカは軍事衛星100基、民間衛星150基があり、その活動度合いが群を抜いている。GPS衛星は全世界をカバーする24基体制を維持されている。中国はまだアジア域だけしかカバーできていない。
中国の国防予算は日本の4倍はあり、年々10%以上の伸びを見せている。だがアメリカの1/4ほどでもある。近代兵器の歴史的背景と技術蓄積には米中間には大きな格差がある。中国は経済発展と共に海洋大国化を目指す。だが軍備の現状はアメリカ太平洋艦隊に押し込められた姿になっていて、例えば台湾への強攻策を打ち出す実力はない。中国のアメリカ対抗戦略はA2/ADと略称される。目の上の瘤のアメリカ空母打撃群を牽制し近づけない、あわよくば撃破するために、巡航ミサイル、弾道ミサイル、対艦ミサイルを用意し、その発射台となる潜水艦、水上艦船、内陸基地を重点的に整備する。ミサイルはまあ億円単位で作れるが、空母打撃群となると兆円単位の予算を食う。
中国海軍にとって活動に対する地勢的制約は泣き所だ。東シナ海、南シナ海までは良いが、太平洋に出るには出口が限られ、そこを米軍や親米国軍ががっちり見張っている。でも対潜防衛は重い負担だ。広域対潜戰(本書では広域ASW、英語表記はTheater Anti-Submarine Warfare)は「金持ちにしかできない作戦」と云われている。その備えが出来ない中国海軍は、本格的戦闘ではレーダーが劣った旧日本軍のような立場に立たされるだろう。中国は特に忍者行動のより優れた潜水艦開発に力を入れている。静粛型潜水艦が就航している。シュノーケルで空気を採り入れるとたちまち監視群に探知されてしまうが、AIP(非大気依存推進)はシュノーケル航行頻度をぐんと引き下げられるという。私にとって初めての知識であった。Wikipediaには各種様式が紹介されている。海上自衛隊やスエーデン海軍では、液体酸素のスターリング機関で、潜行期間を飛躍的に延ばしているとある。
関東軍が支那事変を起こし太平洋戦争の引き金になった。大火に至るまでに何度も消火できる機会はあったが、国家としての合理的判断は軍閥に阻まれ通らなかった。本書を読むと、関東軍に似た危惧を、中国の4軍(陸海空と第二砲兵(ミサイル部隊))の外に置かれている準軍事勢力に感じる。準軍事勢力とは直接的には海警(海上保安庁相当、軍OBの受け皿でもある)だが、海洋国家指向にあわせての海岸地方政府の積極的思惑と共鳴して、大陸棚資源の実効取り込みに向かっている。高度成長期で潤沢に予算の配分を受けられるときは良いが、高度成長が止まったとき真っ先に割を食う可能性のある4軍以外は、権益の拡張を大義名分に周辺国との紛争に敢えて踏み込む。関東軍も「愛国無罪」的行動であった。本書は逆説的な言い方で、「強い中国」よりも「弱い中国」が怖いと云っている。私も同感である。尖閣の海警船や小笠原、伊豆の密漁船団に注目しすぎてはいけない。その先は南沙であり西沙であり中沙の轍である。
米国防省のエア・シー・バトル(ASB)構想は増強中国軍に対する近未来の対応策である。核ミサイルが飛び交う全面戦争は起こりえない。人類の破滅だから。ASBのうちもっとも心配な「台湾有事」を紹介している。台湾統一は中国の悲願だ。劣勢側が打つ手は真珠湾攻撃型の先制電撃作戦だ。米軍の泣き所は「お国を離れて何百里」と距離があることだ。それを補うのが在日米軍基地である。ことに沖縄の航空戦力だ。しかし中国のASBMの真っ先の標的になる。同様の心配で虎の子の空母攻撃群も容易には近づけない。ASBは一旦の米軍航空戦力の北方例えば三沢基地への待避を想定している。しばらくは原子力潜水艦やイージス艦、および琉球列島に配置された自衛隊によるおもに対ミサイルの守勢が続く。
退勢挽回は艦載機活動の活発化が必要だ。そのためにASBMの盲目化がはかられる。中国本土のOTH(超水平線)レーダーやミサイル貯蔵庫、管制センターなどが破壊される。移動式発射台の破壊は存外に難しいそうである。OTHレーダーとは初めて知った技術だが、延々5kmほどものアンテナを使って、水平線より下の超遠方にある海上地表物体を見つける優れものである。ただしそれほど精度は上がらないそうだ。これら中国軍の神経系統の破壊兵器は、次世代長距離爆撃機であり、攻撃型原潜であり、宇宙・サイバー電子戦の能力である。
次世代長距離爆撃機にはステルス性とスピードが要求されるが、それは高いハードルだとある。未完成の技術を対中戦の中心アセットとしてる点は気がかりである。電子戦についての米中の優劣はちょっと判断いたしがたい。模擬戦闘で打ち落としたと信じた航空自衛隊の戦闘機パイロットが、米軍から実は幻で撃墜はなかったと伝えられたという挿話は、米軍の電子戦の実力の一端を窺わせる。米軍にとって日本の地政学的価値は米中紛争では高い。しかし増援米軍受け入れまでの期間を持ちこたえられないようだったら、アメリカはさっと手を引くだろう。自前の国防力強化をお座なりにしてはならない。また嘉手納基地は、日本にとって米軍を自動参戦させるための人質(トリップワイヤ)でもある。反基地闘争にはこの視点が欲しい。
2030年中国の台湾侵攻が起こるとしたらというシミュレーションが、最後の章になっている。現代でもそうだが、未来での戦争は先制攻撃の成果が圧倒的影響力を持つ。台湾から西日本までの基地は軒並みに大損害を受け、戦力は著しく低下しよう。グアム基地は米軍のハブ基地的存在だ。でも台湾には距離の制限からF-22の6機も常時飛行させれるかどうかほどの能力でしかない。中国の兵器性能は格段の向上を見たが、まだ米軍の最新の最高水準には達していない。空中戦だけなら1機で9機に対抗出来るという人もいる。
中国軍の優位性は距離と数だ。対岸から次々に飛行編隊が発進する。10分ほどで台湾上空に来ている。この本は中国のサンゴ密漁問題がでる前に書かれた。小笠原父島沖を見よ。200隻を超える密漁船に対して、2-3隻の巡視船では対抗しようがない。戦闘機数ではまだマシだが、ミサイル戦になれば、防御側のミサイルはたちまち底を突く。たとえイージス艦であっても打ち尽くせばただの鉄くずである。米軍の増援が軌道に乗り、3空母攻撃群が中国に接近を始める。最終的勝敗まではシミュレートしてないが、正面戦争の様相では米軍に利がある。自衛隊は壊滅的になりながらも持ちこたえる。米軍は大損害の日本国内基地を維持する。日本はアジア全域に対するかけがえのないパートナーだから。
予算が中国の1/4でもやれることはある。まず陸海空3軍の中での重みはいまや海空にあると認識することが大切だ。我が国艦船のミサイル性能は専守防衛的で飛距離も数も足りない欠点がある。防衛も攻撃も区別の出来ない時代なのだ。主力のアナログ型F-15は、米空軍が主催する大規模多国間演習「レッド・フラッグ」では、(設備低能のため)各国とのネットワーク化された演習メニューには参加できず、周りを回っていただけという屈辱的演習だったという。一番大切なのは、日米共闘態勢への覚悟だ。

('14/11/15)