ブリヂストンTODAY見学記
- 8/26の読売夕刊に掲題のタイヤ博物館の記事が出ていた。総合博物館もいいが、テーマ博物館もいいものだ。我が家から2時間半は掛かるので少々逡巡したが、決心して見学に赴く。
- 高田馬場から西武拝島行き急行で小川駅に出た。拝島はハイジマだ、今までオガミジマかと思っていた。重箱読みだ。地名は難儀だ。関東に来たとき浅草寺(センソウジ)を地名にもとづいてアサクラデラと読んで笑われたことがある。私は西武鉄道には縁がなかった。沿線の街並みはがっかりさせられるものだった。首都の住宅街だというのに、先進諸国の中ではもっとも貧しい風景なのではないか。兎小屋と欧米のジャーナリストに酷評された味も素っ気もないマッチ箱的住宅が、庭木の1本もなしにずらっと並んでいる。京阪神地区で新住宅街によく見かけるのと同じ風景である。日本家屋は燃えやすい住宅で、かつ日本自体の富の集積が薄いからだろう。日本橋・神田川リバー・クルーズの時に遠望した、東京湾沿岸の高層住宅街あたりが今後の1つの標準的風景になればいいがと思う。小平駅あたりからは緑が増し、少しマシな風景になる。
- 昼飯は小川駅プラットフォームのベンチで持参のおにぎりだった。予感があったのである。都心からちょっと外れた位置の私鉄駅の周辺では、ひょっとすると食事など出来る店はないのではないかと。ブリヂストン側はその通りだった。
- 小川駅東口前広場から一直線にブリヂストンの敷地を貫いて道路が走っている。西武の駅前にしては珍しく、街路樹が美しい並木になっている。カエデ系統の木が並ぶ。昨日今日に植えた樹木ではない。ブリヂストンが植えたものだろう。駅と並行の府中街道はもっと本格的で、大きなケヤキ、クスノキが並ぶ。道路拡張?前は先が見えぬほどにこんもりしていたそうだ。ブリヂストンの、今では考えられぬほどいい内陸の広大な敷地は、元は陸軍の軍事施設( 調べてみると陸軍兵器補給廠小平分廠だった)であったため、当時(生産開始1960年)は土地を買い集めることが比較的容易であったらしい。
- 見学ガイドの予約はしていた。案内して下さる副館長さんと名刺交換をする。私はクルーズ船を一般社会の慣習のいい方の見本のように思っている。そこでは名刺交換はもうすたれている。会社社会ではまだこの習慣は残っているのだと実感した。礼儀だと思って、私のこれまでのタイヤへのかかわりについて簡単に自己紹介した。氏はブリヂストンの広報活動の一端を担っておられる。皇室や大臣級の見学もあるらしい。TVバラエティ番組:「なんでも鑑定団」に引き出されて、旧日本軍戦闘機タイヤの鑑定に出演されたことがあるそうだ。勧めに従って案内前に1Fの武蔵野美術大学とのデザインコラボレーションなど見て歩く。それには含まれていないが、同じフロアに展示のペダル駆動電動アシスト三輪車が目を惹いた。デザインスタディ段階のようだ。前面カバーと三輪で安全を確保した老人向け自転車である。
- ブリヂストン創業者・石橋正二郎氏は立志伝中の人である。17歳で嗣いだ実家は仕立物屋だったそうだ。ゴム事業の出発点の1つとなった、ゴム引き布の地下足袋は、大牟田炭坑鉱夫の足元に着眼して開発された。当時の鉱夫はわらじ履きだったが、すぐにすり切れるためにけっこう高価に付いていた。鉱夫には高価だが長持ちする地下足袋は喜ばれたそうだ。国産自動車タイヤ1号が製造されたときは、まだ九州には自動車の姿など希の希だったようだ。ゴム事業者としては世界一、タイヤメーカーとしても世界有数(多分トップ)の会社に成長した現在、世界各所に事業所と工場を持つ。欧米などは子会社化したファイアストンからの引き継ぎが多いのだろう。ただし、ファイアストンのトレードマークは今も健在である。私が注目したのは、中国における数である。高所得地域だけだったら密度としても、アメリカや我が国国内のそれと、ほとんど変わらないのではないか。住友ゴム、横浜ゴムなどは名が通っているほどにはシェアは振るわず、ブリヂストンの一人勝ちらしい。
- 地下にこの博物館を支える免震ゴムを実地に見せる展示窓がある。私は、かって国立西洋美術館の地下で免震構造体を見たことがある(本Webサイト:「科学の常識2-U」('10))。免震ゴムは薄いゴムと鉄板が交互に何層にも積み上げられた構造で、数10年の耐久性があり、しかも取り替え作業が可能な構造に建築するのだという。M7とか8の大地震があっても免震ゴムより上は、震度3.5ほどの揺れだと聞いたように思う。既存の建物に対する工事法も進んでいるようだ。私は、福島第1原発の不幸な事故の負の延長線だけに拘り、他の全部の原発の再稼働に対し猛反対し、結果として日本の産業を海外に追い出し、そのあおりで自国経済を窮地に立たせるような姿勢は浅はかだ、と言い続けてきた。災害に対する科学工学の進歩を目の当たりにするたびにその思いを新たにする。昔のレベルで後ろ向きに考えるなと云うことだ。
- F1テストカーとMotoGP参戦のオートバイが展示してある。後者は1000ccエンジンで350km/hを出した。飛行機の離陸速度がそんなところだという。溝のないつるつるのトレッドで、厚みは僅か1mmほどだ。カーカスは1プライだ。1gでも余計な重量を減らしたいといった感覚が伝わってくる。だが下限重量を切ると失格だそうで、念のため、レース終了後少し走って、トレッド表面が熱で粘くなっているのを利用して、道路のゴミをトレッドにわざわざくっつけるという。その実際標本が展示してあった。テストカーのタイヤには小さな丸孔が方々にある。レース中にトレッドの摩耗を一瞬に計り、タイヤ交換の是非を判断するためなのだろう。
- タイヤのいろいろを見せて貰う。オーストラリアの鉄鉱石の露天掘りに使うという超大型タイヤは、幅が私の背ぐらい、直径は3倍ぐらいというとてつもない大きさだ。これだけ大きい粘弾性体だと、きっと均質に作り上げるのは至難の業だろう。世界でこの大型タイヤを作れるのは、フランスのミシュランとここだけという。ミシュランは世界第2位のタイヤメーカーで、今は乗用車に対しては世界を席巻しているラジアルプライタイヤは、この会社から起こったことを私は記憶している。それまで世界に覇を唱えていたアメリカのタイヤ会社が、凋落し始める技術上の切欠になったのではなかったか。
- 脱線だが、レストラン評価で名高いミシュランガイドはこの会社の発行だ。もともとは自動車旅行に繋がるタイヤの宣伝を目的にしたようだが、立派に文化貢献をやっている。ブリヂストンの文化貢献も立派で、ことに発祥の地久留米には医科大学まで寄贈している。この博物館に人工尾ひれが展示してある。沖縄美ら海水族館で病のために尾ひれを失ったバンドウイルカに取り付け、ショーに出演できるまで回復させた話は有名だ。ブリヂストンの10年がかりの仕事だったという。これも文化貢献だろう。
- ラジアルは省エネが一番のメリットだったと思う。はじめはガアガアと車輪接地面の音が喧しいという欠点があったと記憶するが、トレッド溝のパターンなどの工夫ですぐクレームは納まったらしい。道路からのニーズも様々だ。日本のメーカーが現在の地位を確立した背景に、昔の日本の道路がほとんど未舗装で、石ころ道砂利道ばかりの時、アメリカのタイヤは不適当だったことがあったと記憶する。最近よく見るTVの外国散歩番組で、欧州の石畳の歴史街道がよく保存されているのに感心するが、ヨーロッパのメーカーもそんな文化背景を武器にした時代があったのではないか。近頃高級車にサイド補強型ランフラットタイヤが用いられ始めた。サイドウォールの内側を硬質の素材で補強し、万一パンクしても、車は当分の間は同じ姿勢で走り続けられるという安全タイヤである。
- 近年のタイヤ技術で画期的だったのは、スタッドレスタイヤだったろう。雪面や凍結面の摩擦の低い道路でブレーキが掛かるか。昔は車輪にチェーンを巻いてのろのろ走った。スタッドレスでは鋭い角のあるトレッドパターンにする、柔らかいゴム面にすると云った工夫があるらしい。ハイドロプレーニング現象は雪面でも凍結面でもあるはずだ。トレッドの細かな溝で水膜の水を吸い取るような工夫があるそうだが、医薬の臨床実験同様に、ばらつきの大きいテストを重ねて統計処理するのであろう。食品工場、IT産業などでは通常の黒タイヤは使えない。屋内工場では通行路を着色表示しているから、黒では汚れてしまう。カーボンブラックの代わりにホワイトカーボン(シリカゲルなど)を補強充填剤に使い顔料で着色するが、カーボンほどにはゴムは強くないから、寿命が短いという。これだけいろいろなケースに遭遇する以上は、テストことに実用化テストは大変だ。自動車会社顔負けの大きなテストコースを持っている。北海道にもあるとは知らなかった。スタッドレスなどはそちらの仕事なのだろう。
- かってブリヂストンは合成ゴム製造を手がけようとした。時あたかも化学の高揚期に、京大の古川研から大西章先生らを招いてhigh cis plybutadiene(BR)の製造技術を完成させた。今のJSRで工業化されている。ブリヂストンはJSRの筆頭株主である。合成ゴム製造はJSRの担当らしいが、天然ゴム(NR)の直営ゴム園はブリヂストンとしてマレーシアなどにそこそこに保有しているという。NR資源多様化のためにグアユールとかロシアタンポポとかからの採取も試みているという。太平洋戦争末期に類似の研究が為されていたと聞いたことを思い出す。素材の展示にコード材料があった。鋼線、ポリエステル繊維、ナイロン繊維、アラミド繊維などはお馴染みだ。今度のボーイング787開発ですっかり有名になった炭素繊維は、なぜか自動車タイヤには使われていない。ゴム等との合性は良いと思うが、コスト上昇に見合うほどの性能向上がないのだろう。
- 予定は1時間と聞いていたが、小2時間ほども掛けて貰った。
('14/9/4)