アクチュエータ工学入門

鈴森康一:「アクチュエータ工学入門〜「動き」と「力」を生み出す驚異のメカニズム〜」、講談社Blue Backs、'14を読む。私が大学を出たころには、そもそもアクチュエータという概念はなかった。20年以上昔に買った藤田博之:「マイクロマシンの世界〜超微細機械開発へのアプローチ〜」、工業調査会、'92にはすでに出ている。機械エネルギーや機械力を生み出す装置全般を指す。その動力源には目次を見ると、電磁力から油圧、空圧、圧電力、静電気力、形状記憶合金まである。大昔のカエルの実験を思い出し、筋肉の化学反応もその内にアクチュエータの動力源に数えられるようになるのかも知れないと思った。原理そのものはすでに1世紀以上昔に確立している動力の、応用に関する新展開が書いてあるようだ。
当Webサイトの「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ」('13)や「正月の概要(2014)」にダイキンのインバータ技術を取り上げている。本書には「ACモータの大立役者「インバータ」」という項目があって、AC周波数制御により回転速度を変えられるモータが、'80年頃から実用化されたとある。エアコンに搭載すると冷媒圧縮速度を外気温や設定温度に応じて変更できるから、固定回転式モータの場合の、半分ぐらいの消費電力にすることが出来たという。我が家のエアコンは今年40年ぶりに新型に更新した。消費電力掲示型で、10Wから700Wほどまで、めまぐるしく変化する。ACモータは動かしはじめが大変で、大型ポンプなら負荷zero状態から徐々にバルブを開けてやらねば、「脱調」を起こす。鉄道の交流化は戦後10年頃から始まった(当Webサイト:「新世代鉄道の技術」('09)など)。その頃はどんな「脱調」対策を取っていたのか知らない(DC変換?変速機?)が、本書にはインバータモータの京浜急行の乗車経験が載っている。
DCモータの泣き所はブラッシ電極だろう。ACの同期電動機だったら、ブラッシがない。回転子の回転角を確かめて、ステータの通電方向を電子回路で制御すると、「脱調」に強い同期モータ「ブラシレスDCモータ」が得られる。ずいぶん昔だったが、アメリカの月面探索車がTV公開されたことがあった。車輪ごとに独立のモータに直結していた。現在実用化寸前の電気自動車もこの方式という。今までの内燃エンジン1基から動力を分岐させる方式に比べれば、はるかに運転の自由度は上がる。電動機直結プロペラの船も多い。豪華客船・飛鳥Uもその1つだ。さらに超伝導モータをプロペラに直結した船舶推進装置が研究されている。燃費が25%節約できるという。
超伝導モータもそうだろうが、一般に強力磁界の磁石が、モータ高効率化の基本だ。合金素材としての希土類元素が世界の省エネに大きな役割を担う。だが主産地であり、世界的に偏在していることを(悪)利用して、中国がここぞと輸出制限を掛けた。反社会行動だ。8/8の新聞に、WTOがそれを不当と認め、是正勧告すると出ていた。脱レアアース磁石の研究開発が進んでいる。
兵庫県三木市の大型加振実験設備は、地震大国日本の象徴のような存在だ。TVで何度かお目に掛かった。1200トン載るそうだ。揺さぶる装置は油圧アクチュエータだ。スパコンを使った精密なシミュレーションは出来るようになったろうが、何と云っても実物テストが一番信頼できる。
圧電アクチュエータは、逆に小型超小型のキモを抑えた応用面で、目を瞠らせる。走査型プローブ顕微鏡は表面を探査子でなぞり、原子レベルの分析をするという従来とは全く異なる原理の顕微鏡だ。私の現役後期に現れた画期的な装置だった。nmオーダーの距離をどのように制御するのか、当時の疑問は今も頭にある。それを圧電アクチュエータでやらせている。
ガソリンより軽油の方が安い。でも軽油燃料のジーゼル・エンジンはススを出しやすい。で、日本社会ではガソリン車優先になっている。他方、ヨーロッパではジーゼル車優先なのが昔からの疑問であった。圧電アクチュエータを使って多段燃料噴射を実現し、画期的にススを減らしたのだ。昔の潜水艦映画では、潜水艦は特に洋上に走り出すころにバーッと黒煙を上げる。今はこんな光景はないのであろう。もう一つ潜水艦の話。駆逐艦対潜水艦のソナー戦を扱った「眼下の敵」では、ソナーが発する超音波がガーンと可聴波で聞こえる。わざとかどうか知らないが、純粋の超音波を作れないためだろうと思っていた。ソナーの音波発信もアクチュエータに数えられている。
今の圧電アクチュエータだったら、お医者が使う超音波診断装置のように、耳に喧しい音は発信器からは出てこないだろう。しかも胎児の心臓や顔の表情までわかるほどの分解能を備えている。超音波モータの話は耳新しかった。超音波で動かすのではなく、超音波周波数の交流電源で圧電アクチュエータを動かす動力装置だ。オートフォーカスとかズームレンズに初めて実用化したのはキャノンだという。圧電アクチュエータによるピエゾ方式のインクジェット・プリンターはセイコー・エプソンが開発した。我が国発信の新技術が数々登場するのは嬉しい。カーナビの自立航法、カメラの手ぶれ防止はジャイロセンサーのおかげで、これも圧電アクチュエータに頼っている。
生体処理に使う圧電式マイクロマニュピュレータや超音波メスの有効性はよく分かる。粘弾性体(生体)では周波数は温度と等価である。高周波は温度を下げた状態を作り出す。ふにゃふにゃのゴム毬のような生体も超音波下では固体のように振る舞う。
火力発電所がダストを出さないのは、コットレル電気集塵機のおかげだと教わっていた。大昔?からある、本書流に云えば、静電アクチュエータ原理の応用だ。電子のシャワーを浴びたダストが帯電して、電極に引っ張られて行く。今度我が家に入ったエアコンは、PM2.5粒子99%以上集塵がうたい文句だったが、原理は同じだろう。静電アクチュエータのプロジェクターへの応用は画期的だった。昔の学会発表は、プラカード式だった。それがフィルム・プロジェクター式となり、やがてOHPプロジェクター式に変わった。今はたまに講演会に行く程度になったが、演壇で演者は、PCのデータを小さなDigital Micromirror Device(DMD)搭載のプロジェクター(DLP)で投影している。便利になったものだ。ハンディサイズの、100万個のmicromirrorを100万個の静電アクチュエータで動かす装置だ。極小の装置をMEMS技術で一体ものとして作り出す。MEMS技術は半導体製造で大発展した。その応用だ。テキサス・インスツルメント社の独創的製品である。
入社したころの化学工場の自動制御の主力は空圧式だった。もう半世紀以上昔の話で、今はどうなっているのだろう。中央制御室から送られてくる空気圧をダイアフラムに受けて制御弁を駆動した。空圧アクチュエータだ。ピストン型のようなシリンダー面とのシール部がないので作動が安定していた。歯科クリニックのドリルやブラッシの駆動はエアタービンモータを使うとある。NMRで固体資料を測定するには高速回転が必要だ。高磁場下だから電磁モータは使えない。空圧モータを使う。私が日常通う病院では必ず血圧を測る。その装置は生体に易しい空圧ラバーアクチュエータだ。
生体構造は高分子で形作られている。高分子アクチュエータに、「生物型ロボットを目指す」という冠を付けられても不思議には感じない。イオン性高分子アクチュエータは、イオン交換膜ナフィオン両面に電極を張り、電圧を掛け、陽イオンを負極に偏らせると陽極側が膨潤する性質を利用する。誘電エラストマーアクチュエータは、静電アクチュエータの1種だが、極間の高誘電率のエラストマーを選んだ。静電力は大きくなるし、エラストマーは圧縮されて広がる。電極に柔軟材料を使うから、電極も広がり、さらに静電力が大きくなる。
我が家の蛇口はマニュアル調整方式だが、ホテルやクルーズ船のバス・ルームの蛇口には、形状記憶合金バネとバイアスバネ(普通の機械バネ)を組み合わせた、温水温度調節弁がついている。形状記憶合金は、たまたまチタンとニッケル合金(例)が、マルテンサイト態での変形が原子格子位置のずれによるもので、原子結合相手の変化によるものでないことが幸いしている。どの合金でも形状記憶が出来るわけではない。変態温度を超すと鋭く木目正しいオーステナイト態に変化する。冷やすと元の格子位置に戻るから形状が復活する。炊飯器の蒸気吹き出し弁も類似の構造だ。
応用面の解説が面白い本であった。治療用、内蔵検査用、介護用などに今後は目覚ましい発達を遂げるという予感がした。

('14/8/8)