基準値のからくり

岸本充生ほか3名:「基準値のからくり〜安全はこうして数字になった〜」、講談社Blue Backs、'14を読む。先日、「上海福喜食品有限公司が期限切れの鶏肉を使って食品を加工し、日本には年6000トン(ほとんどがマクドナルド)を輸出していた。」ことが、従業員の「食べても死ぬわけではない」という発言と共に大きく報じられた。期限とは消費期限か、賞味期限かと一瞬思った。基準値とか標準値、規制値、目標値などいろんな指標があって、中には歴史的背景とか文化背景、さらに経済的産業的困難性などが、科学の中に入り込んだ数字になっている事は理解しているつもりである。現役時代は化学産業に勤務していたが、分析技術の進歩に社会が付いてこないもどかしさを感じたこともあった。
鶏卵は買ってからすぐ冷蔵すれば2〜3ヶ月は持つ。本当はもっと長いだろう。やったことのない世界一周クルーズに思いを馳せる。日本の養鶏業者の衛生管理は徹底していて、餌の品質管理、ワクチン接種などできる限りのサルネモラ菌対策をやっている。日本には「卵の生食」がある。これが怖い。私の好きな「卵かけご飯」は、外国にはない。すき焼きの「溶き玉子」も同様だ。クルーズ船が欧米でならともかく、開発途上国で卵を買い入れ補給することはないだろう。クルーズの終わり頃になったら玉子料理は出ないのかどうか、一度料理長に聞いてみよう。サルネモラ菌は卵白の栄養だけでは急増できない。産卵から時間が経ち、卵黄の膜が破れて卵黄成分が卵白に浸出してくると、爆発的増殖が可能になる。よって卵は消費期限≒賞味期限だそうだ。
朝鮮戦役の時、アメリカ軍兵士は「あいつらは犬の肉を喰らう」と、韓国人を後ろ指で指したそうだ。日本人は「可愛い鳴き声の!」クジラを殺して喰っていると、欧米人に批判され、捕鯨禁止の憂き目に遭っている。彼らは太平洋のクジラを絶滅させたのがアメリカの捕鯨船だったことなどすっかり忘れている。種の保存が可能な範囲の捕鯨を唱えても耳を貸さない。食文化が絡むと、表現はともかく、民族の度量の狭さをむき出しにするのが外交官と云う人種らしい。食文化の相違から来る基準値に対する奇妙な違いが書いてある。例えばひじき。日本では健康食品だが、発がん性の無機質ヒ素を多量に含むという理由で、消費を控えるよう公共機関が勧告している国も多い。
生涯発がん確率が10万人に1人という基準が、本書にはしばしば現れるが、まともにこの基準でゆくとお米は無機ヒ素含有量で引っかかり常食できないことになる。欧米諸国では乳幼児のオカユは御法度という。食塩摂取量として日本では男9g、女7.5gだそうだ。高血圧との相関から出てくる基準だ。だが体重平均80kgを越す欧米人は6gが基準だ。日本人はまあ平均50kg。こう見ると日本人はもっと死んでいいはずだが、事実は逆で日本人は最長寿だ。食文化で纏めて考えねばならぬ。塩味が基本味の和食と、何でも香辛料とドレッシングの洋食の差がある。でも京都から関東に移住した人間として、関東が薄味指向になったとは如実に感じている。いいことだ。
水道のZn量はお茶の味が決めたとある。もともとヒトには無毒だ。でも沸騰させると白濁が起こるようではお茶には困る。国の水質基準の国際比較という資料では、米国EPA第1種飲料水基準では5ppm、EU指令では無記載、日本は1だ。コーヒーの国では白濁もクソもないという意味だろう。真っ黒な液体なのだから。病原性微生物は怖い。日本では上水道の普及によって水系感染症患者は劇的に減少した。塩素投入は米占領軍の指令による。彼らの野戦基準がそのまま適用されたという。病原性微生物と云っても種類は多い。いちいち頻繁に分析などしておれぬ。だから一般細菌と大腸菌が代替指標菌に選ばれた。相関はあくまでも経験的なものである。なお余談だが、Znは貝に有毒で、公害問題の起こったSnに替わる船底塗料の防貝成分として、Cuと共に広く持ちいられている。
福島第1原発の事故は、遠方の人間にも飲食物を通しての放射線脅威をもたらした。政府は飲食物に対し暫定規制値を発表し、後、漸次規制値の精度を改良していった。風評被害も出た。本書の著者の試算では、事故後1年間の飲食物摂取による被曝量は、東京の成人でわずか0.025mSv/年で、事故に因らない放射性物質K-40やPo-210による被爆の1桁にも達しない量だそうだ。はじめは成長時期の子どもに問題なI-131が高いが、数週間もすれば短い半減期のおかげで消えてしまった。規制値はこの半減期の早さや問題農作物だけ選って食べるのではない、無関係地域品例えば外国品も混ぜて食うと云った寄与率(希釈率)も勘案して決める。希釈率=0.5だ。最後は「エイヤッと」決めるのだろう。九電が川内原発再稼働申請の際、規制委員会委員からの、根拠に対する無理難題に、委員の言い値で設計を見直す決心をしたとき、九電の答弁者は「エイヤッと」決めたと新聞に白状したそうである。ただただ我が身の責任逃れで追求してくる、工学の限度を知らぬふりの相手に対する答弁として、私はわかるのである。
英仏特に英国という文明国から現れたという点で、狂牛病(牛海綿状脳症BSE)は衝撃的だった(本Webサイト:「狂牛病」(02))。異常プリオンタンパク質の摂取が、正常プリオンタンパク質を異常化して行き、やがて「狂牛」状態にヒトを導く。人食い人種にまま起こる症状だ。発病牛を出した国からの肉輸入は禁止された。その中にアメリカがあり、長い間両国間の摩擦条項になった。原因の骨肉粉ももちろん輸入禁止だった。その時期に英国滞在歴のあるヒトからは献血を禁止する処置が講じられた。コラムに入っている。献血禁止まであったとは知らなかった。
第一原発事故による「指定廃棄物」の最終処分場の選定がいまだに決まらない。7/25のTVは石原環境相が現地で宮城県知事、各自治体首長などに叩かれていた。原発とは便所無きマンションだと昔云ったヒトがいた。巧い表現だ。政府は除染を追加被曝線量を1mSv/年までやると決めた。自然放射線被曝が2.1mSv/年、医療等による被爆が3.9mSv/年で、日本人は原発とは無関係に平均6mSv/年を常に浴びている。その上の1mSv/年がどんな意味を持つか。自然放射能はばらつきが大きくて17以上の場所もあるという。大昔に読んだ冊子に、中国のさる自然放射能の高い地域では、周辺よりも平均寿命が高い点が注目されていた。
本書のデータでも、スエーデン人対象の疫学的研究では、追加被曝線量が5mSv/年であっても、追加のあるなしは寿命にほとんど関係がないとのことだった。避難指示解除の要件の1つは追加被曝線量が20以下である。20は職業被爆の線量限界だ。メリットを考えれば受け入れられるリスクだという。見知らぬ避難先で孤立的にストレスを抱えて生活するよりは、長生きできる可能性があるというものだ。でも住民もマスメディアも自治体も政府も1mSv/年を主張して止まなかった。山紫水明の土地だからか、一般に日本人は清潔なzero指向なのである。20だったらコミュニティを維持した状態で戻れたろう、それからまずは5を狙い、可能だったら1へ進むのだ。「指定廃棄物」量など問題にしなくてもいいほどに少なかったのではないか。
電車に乗ると「優先席ではケータイの電源を切れ」と云うアナウンスを聞く。医院にもそんな掲示がある。映画館では類似の要望に応えているが、電車ではこのアナウンスに几帳面に反応するヒトはほとんど見かけない。医院でも同様。心臓ペースメーカなどの埋め込み型医療機器に悪影響があったという事故は一度も聞いていないし、第三世代のケータイに対する実験では3-4cmも離れていれば十分なのである。電車の中で見知らぬヒトにどうしてそんなに接近できるか。下手をすればセクハラで訴えられるのがオチだ。15cm離れるのが基準値だそうだ。監督官庁は産業育成のためにしばしば民の安全を犠牲にしてきた。電車の中や医院の中では、規制で困る産業はないから、こんなにまで厳しく安全を追求していますというプロバガンダに、ケータイの距離が使われていると言ったら、ちょっとひが目に過ぎるだろうか。
交通事故死はピーク時の約半数に下がった。まことに喜ばしい。基準値のおかげである。酒気帯びは血中アルコール濃度換算で0.03%と欧米ようりもずっと厳しい。血中濃度と事故の相関を示す図がある。0.03%だと事故率が上昇傾向になる曲り点である。アメリカの0.08%だと飲酒なしの場合の3倍に近づく。大型トラック、バスの事故は多人数を巻き込む。経営上の過労運転強要が居眠りを誘い大事故を起こす。1日の走行距離、交代要員の添乗などが法的拘束力を伴う規制になった。新基準では、高速ツア−バスでは、高速の夜間運転距離は400kmまでとなり、それ以上には交替運転手を配置することになった。夜間運転の安全性に関するアンケート調査が基本データとなった。だがそのアンケートではプロの運転手で400kmに自信のある人の割合は、35.9%で、筆者はこの基準値では怖いという。労使協定とか、事業者の自主基準に配慮した結果と推測されている。

('14/7/28)