バイオテクノロジーの教科書(上)T
- R.レンネバーグ著、小林達彦監修:「バイオテクノロジーの教科書(上)基礎・食品・環境」、講談社Blue Backs、'14を読む。このTは第1書と第2章に対応する。本書は大学の教科書である。著者は京大の博士研究員であったことがあるドイツの科学者である。親日家らしい。本書には何人もの日本人研究者が、写真入りで業績紹介されている。私は就職までは京都に住んでいた。わりと発酵(屋内)工業と縁のある土地柄である。伏見は酒処だし、漬け物の種類は群を抜いて多い。サントリーとか宝の近代工場もある。琵琶湖湖畔まで行けば、乳酸発酵で有名な鮒寿司(なれずし)がある。工学部での専攻学科は発酵工学ではなかったが、それに近い学科であった。といったわけで、私にとってこのテーマは、さほど敷居の高さを感じさせるものではなかった。
- 話は醸造酒から始まる。ビールにワインが中心の話題だ。日本酒と醤油に1項目を入れている(味噌、納豆も話に入っている)。この私のWebサイトは、日本の醸造酒の話題をけっこう沢山納めている。最近は数を減らしたと云うが、昔は極端に言えば1村に1醸造所だった。私の両親の里は造り酒屋であったと聞く。父母の親の代までは、この村ごとの醸造所を経営していた。そのころの酒粕は絞りきっていない酒がたっぷり含まれていて、酒粕だけで子どもは酔っぱらったと、母が聞かせてくれたことがあった。私はこの母の遺伝で酒に弱い(アルデヒド脱水素酵素遺伝子がND型)が、醸造への関心は受け継いでいて、旅先ではできるだけ醸造所を見て回ることにしている。北では「オーツクの地酒・北緯四十四度」という馬鈴薯焼酎(醸造所見学が出来なかったことを今も残念に思っている−「夏の網走」('06))、南ではタイ米と黒麹の泡盛「請福」(漢那蒸留所(「石垣島'09」))まで、ずいぶん書かせていただいた。酒が酸化すると酢になる。嫌気的環境では作らないから発酵とは云えない。半田には全国ただ一つの酢の博物館がある「酢の里」である(本Webサイト:「知多と半田」('07))。味醂はもともと焼酎を生地に入れているから、アルコール発酵はないが、麹が主役の醸造工業である。
- お酒とその関連製品の話はまあ飛ばして読めるが、チーズなどの乳製品には馴染みがなかったからか、記事には興味を覚える。長い間明治乳業や雪印のプロセスチーズだけしか知らなかったが、平和が続くおかげで、奥手の私もいろんなチーズの味を覚えた。だいたいはクルーズ船でかなり(家内に)強制的に覚えさせられたものだ。最初は舌を刺すような感覚を与えるものもあって、ときには辟易させられたものもあった。原乳はウシやヤギの乳である。安定エマルジョン状態を毀して主にタンパク質の固形分を凝集させる(Uに詳述)。この白い固形分を乳酸発酵させるとともに、カビ成分を使ってタンパク質を分解する。独特の味は主にカビに起因するのだろう。カマンベール・チーズはときおり鼻にツンと来る匂いがあるが、それはアンモニアで、分解過程に出てくるらしい。
- パンの味と香りは、発酵過程で生成するアルコールほかの微量成分のおかげ、パン生地には乳酸菌とパン酵母を使う。プロのパン職人は酵素添加をやっている。パン生地の糖含有量を上げておくことで、発酵過程を促進する。それからグルテン分解酵素も使っている。ロールパンの体積は無処理よりずっと体積が大きくなると云う。バター、ヨーグルトはわかるが、ドライソーセージまで微生物工業製品だとは知らなかった。さすがにぬか床の微生物世界までは、紹介されていなかった。代々伝えられるぬか床は単一品種の菌に純化されると聞いている。
- お酒であれ糠漬けであれ、微生物様のお出ましで初めて変成が始まるのだから、化学反応ではなく生命現象だと一瞬は思う。でも今では微生物が産み出す酵素の触媒作用による化学反応であると誰もが知っている。生物は熱に弱い。牛乳の低温殺菌は65℃程度だ。我ら人間は40℃の環境になったら、そう長くは生きておれないだろう。でも細胞外酵素には高温でも活性を保つものがある。ブドウ糖製造に使われるα−アミラーゼは95℃で使うという。よごれの分解酵素入りの洗剤はすっかりお馴染みの商品になったが、60℃使用が可能らしい。もっとも日本ではせいぜい風呂の残り湯だからこんなに高温を必要としないだろうし、酵素の活性温度範囲は狭いから、著者の洗剤とは別の種類を使っているのだろう。洗剤に含まれる漂白剤は酵素に有害だ。プロテアーゼの不活性部位のアミノ酸・メチオニンのSが酸化され、活性部位と水素結合を起こし、ほんの僅かながら構造を歪める、それが原因だという。メチオニンを他のアミノ酸と取り替えると活性が戻る。洗剤の酵素にはタンパク質に対するプロテアーゼのほか脂肪にはリパーゼ、デンプンにはアミラーゼが配合されているという。
- 基質(反応物質)と酵素は鍵と鍵穴の関係だとは生化学の本によく出てくる。さらに進んだ説明がリゾチームのモデル物質分解反応の解析によって可能になった。リゾチームは動物界に広く行き渡っている酵素で、微生物の細胞壁の構成成分であるムコ多糖を分解する。基質特異性としては低いものだ。限界はある(ある種の病原菌には働かない)が、生命体の重要な防疫システムの一つだ。ムコ多糖を構成するアセチルムラミン酸とアセチルグルコサミン酸の間のグルコシド結合が、潜り込んだ酵素の割れ目の中で切断される。細胞膜の透過性が上がり、細胞が破裂する。割れ目に入り込んだ基質はコンフォメーション的に不安定な姿を取らされる場所が出来て、そこからイオン化学的に切断される。
- 細胞内酵素を工業的に利用するのは難しい。補酵素を必要とする場合は尚更だろう。その目的に成果を上げているのが酵素の固定化である。L-アミノ酸分離に田辺製薬が成功したのが、嚆矢となった。フルクトースは吸収が早く甘味度が高い。スポーツドリンクに最適だ。あのコカコーラがフルクトースシロップを用いている。巨大市場なのだ。糖尿病患者に対しては糖の量は減らせるし、体内のインスリンレベルとは無関係に主に肝臓で消費されるメリットがある。デンプン原料のグルコースを異性化するグルコースイソメライザーを使って製造するが、そのときの酵素は微生物粉砕物からの固定化酵素である。グルコースとフルクトースの分離には、クロマトグラフィー法が用いられるようだ。
- 酵素膜リアクターは補酵素のリサイクル利用を可能にした。限外濾過膜2枚の間に、2種の酵素を閉じ込め、片方で、ケト酸をL-アミノ酸に変化させる一方で、変化した補酵素を元に戻す反応をもう一方の酵素に受け持たせる。補酵素はそのままでは膜から流れ出るので、適当なポリマーで固定化する。細胞を固定化できれば、細胞内の複雑な反応過程全部を一つのリアクター内で執り行える。固定酵母によるグルコースからの連続アルコール生産に、協和発酵が成功している。グルコース→ピルビン酸→アセトアルデヒド→エタノールと反応は進む。反応過程には、補酵素NADH(NAD+)の関与がある。
('14/6/1)