細雪と下総中山

JR下総中山駅からダイエ−などが入っているニッケコルトンプラザを目指す。その一角のTOHOシネマズのスクリーン9と云う部屋で映画「細雪」を見た。「第二回 新・午前十時の映画祭〜デジタルで甦る永遠の名作」と銘打った映画祭が行われている。「午前十時の映画祭」はもう5回目だそうだ。日本映画の名作が上映されるのは今回が初めてという。座席はゆったりで、前列の客の頭で邪魔されないように、勾配が大きく取ってある。20-30人は入っていた。老人が多かったが、中年もかなりいた。
細雪を見るのはもう何回目になるだろうか。このWebサイトにも感想文を入れている。でも大スクリーで見るのは初めてではなかったか。始めから終わりまでとにかく画面が美しい。冒頭の嵐山嵯峨野の花見から、エンディングの梅田の雪空の景色まで、見事なものである。主演の一人、吉永小百合は著書:「夢一途」の中で、市川崑監督が凝りに凝って、撮影が遅々として進まない状況を描いているが、よくぞ珠玉の作品を残してくれたと感謝したい。もちろん風景だけではない、シーンごとに変わる女優さんの衣装までも、もうこんな風に美しい和装に出会うことはないのではないかとさえ思わせる。ただ、現在の高画質のハイビジョンだったら、さらにどんなにか良かったろうと一瞬は思った。
小料理屋で次女・幸子(佐久間良子)の婿(石坂浩二)が、目に涙をためている。三女・幸子(吉永小百合)の嫁入り先が決まって、掌中の珠を取り上げられたかのように、心に空洞を感じている。女将(白石加代子)が銚子を運んできて訳を聞く。「あれがよめにゆくのや」「おじょうはんじゃあらしまへんなぁ。だんなはん、まだおわかいし。」之が最後のカットである。関東に来てもう半世紀近くなり、私は関西弁から遠ざかっていた。始めから終わりまで、おだやかな春の海の波のようなイントネーションで会話が進む。
今はもう京都であっても標準語に近づいているから、こんな風には話されないであろうが、私のいた頃の懐かしい雰囲気が画面いっぱいに出てきた。つい先日見終えた「おんな太閤記」のねね役が佐久間良子で、細雪とは2年しか制作年が違わない。女優として脂がのっていた時期だ。細雪の4姉妹はそれぞれが見事に個性的に演じるが、佐久間良子は、幸子というどちらかというと損な役回りを見事にこなしている。懐かしいと云えば、看板。「驛阪大」と向かって右から読むようになっている。驛は駅の本字である。平仮名では「きえかさほお」と旧仮名遣いで書かれている。昔は「大」をooではなくo(h)oと心持ち次のoの前にhを入れて発音したのだろう。
ニッケコルトンプラザ内を一渡り散策した。3階まである大型店舗で、若者向きの店が多かった。大きな書店があった。でも専門書の書架はあまり多くはない。パソコン関係は多いが、化学、物理といった分野の出版は今はどうなっているのだろう。ちょっと心配させられる。細雪は2時間20分の大作だ。10時に始まったからもう昼だ。こんな時は私は迷わずC級グルメを目指す。なかでも牛丼とうどん。今回はすき家の牛丼。並が270円だった。味はまあまあ。いろんな店の牛丼を食っているが、私のお薦めは元祖牛丼の吉野家である。
日蓮宗本山・法華経寺を目指す。何回か来たことがある。今回は参道の両脇にも目を配ることにした。案内の立て看板に昔(江戸期?)の絵図が写してある。門前町や宿坊に塔頭を除けば、田畑や山林の多い田園地帯であったようだ。本日歩いた町中の道は、中山参道を外れると、たいていは曲がりくねっていて、田舎道を車が通れるように幅だけ広げたといった印象だ。両側の家々は、マンション化したところもかなりあるが、概して立派で、個人住宅街である。黒門(総門)を通り過ぎると門前町らしく和菓子、花、仏壇、食い物などの店が並ぶ。市立のまち案内所・精華園は民家のあとだそうだ。赤門(仁王門)から先は塔頭(寺中の寺)群である。
あちこちに芍薬や牡丹が咲いている。芍薬と牡丹は花も葉もよく似ていて区別が難しい。全く「立てば芍薬、座れば牡丹」だ。植物分類上は同じ科同じ属で、前者が草本、後者が木本。葉の切れ込みが後者にはあるが、前者には無いか小さいのだそうだ。ついでだから、今回の散策で目に留まったその他の花も書き添えておこう。シャガとカキツバタ。どちらもアヤメ科。シャガは誰でも区別できるが、カキツバタ、アヤメ、ハナショウブは簡単ではない。「いずれ菖蒲か杜若」とはよく言ったものだ。花の中心部の筋模様と葉の外見で何とか見当を付ける。花はこの順に咲き、今はカキツバタのシーズンである。以上は法華経寺境内で、以下は東山魁夷記念館の庭である。昔は都会でも個人住宅にそれぞれ庭があるのが当然だったから、この程度の花なら、わざわざ遠くに行くこともなかったが、今は寺社とか公共施設のお庭をあてにせねばならぬ。カラタネオガタマ(トウオガタマ)には初めてお目にかかった。甘いいい香りがするので惹きつけられて見に行ったら、名札がかかっていた。トキワマンサクにも初めてであった。
本院では靴を脱いで奧の鬼子母神にお参りした。数々のお堂やお社(お宮さんが境内に数々ある。明治の神仏分離令はこのお寺では実行されなかったのだろうか。)を外から拝観。竜王池の脇道を少し歩いて東山魁夷記念館に至った。信濃美術館に、寄贈を受けた数多くの作品を展示する東山魁夷館があるとは知っていたが、市川市にこんな記念館があるとは知らなかった。調べてみると香川県にもせとうち東山魁夷美術館があるという。もう一つ東山魁夷心の旅路館開館というのが岐阜の中津川にあるそうだ。今までのこの画伯に対する印象は緑と青の風景日本画家である。1Fに日本画の岩絵具原料鉱物が展示してあった。孔雀石が緑青で、藍銅鉱が群青とあった。最近の日本画は洋画と変わらぬ絵の具を使うので、もう境界線が曖昧になっているが、魁夷は伝統の岩絵具で通したらしい。彼の描く森は、実際よりずっと単純でかつ青味がかった色彩に描かれているが、日本画の伝統的絵具は、洋画ほどには種類が多くないことが理由の一つなのだろうか。
その日の展示は「東山魁夷 欧州の旅T−ドイツ・オーストリア−」通常展であった。展示場の画は20点で、驚くほど少ない。それに原画が別個に存在すると記された画がかなりある。「ツエレの家」「碧い湖」「雪野」の3点だけがこの記念館の所有らしい。画伯が終の棲家にこの地に選んだからだろうが、市川市はかなり無理をしてこの姿のいい記念館を建てたと感じた。「ツエレの家」は伝統的ドイツ建築で、木組みが露出した煉瓦積みの4階建てだ。3階部分に聖人の画が掲げてある。外国に出ると、日本の住居環境と異なる風景がまず目に飛び込む。誰でも同じなのだとなにか安堵感を与える。広くはないが、ちょっとした雰囲気のカフェレストラン白馬亭が建物の一部を占めている。ストローの包装に「上野精養軒」と印刷されていたので、ウエイトレスに聞いてみると、そこの直営で、ハヤシライスなどいけますと云った。

('14/4/26)