
- 現役を引退してから数々のOB会に顔を出している。小学校から大学までの、生徒学生として学んだ仲間たちの集いは勿論だが、職業人としての同窓会もたくさんある。
- 大学の卒業送別会で、古参教授が一度就職したら女が嫁入りしたのと同じで生涯そこで励めとテーブルスピーチしたあとで、アメリカ帰りの若手教授は気に入らなかったら帰ってこいとやって満座を笑わせた丁度就職観が変わり始めようとする頃、私は財閥系会社に就職し、以後、子会社への出向、学校への移籍はあったが、ついに定年まで一度も自己都合による退職はやらなかった。
- その会社には昔から綿々と続くOB会があり、会社の強力なバックアップで機能している。OB会は一つだけでなく幾つもある。旧財閥全体のもの、その会社全体のもの、子会社だけのもの、事業所単位のもの、ここら辺までは公式のものだが、あと私的にその時のヘッドを囲む会が幾つもあって全部出席すると大変である。自己都合退職者は会員にはなれぬ。つまり企業への忠誠心が最低の会員の条件である。
- 子会社にもいろいろある。親会社の影響力が低いところほど出向者は異文化体験することになる。持ち株比率50%以下の子会社に出向移籍したOBの会と言うのが誘ってくれたので出かけていった。私が移籍になった国立の学校は持ち株比率ゼロ%だから会員の資格があるというのである。
- 出向移籍は概していい結果を生む。過去のない世界では実力一本だから何となくぬるま湯にいた人たちが目の色を変えて働くからである。そういう人たちの集まりだから親会社の悪口会なんだと隣に座った人は云っていたが、出てから永くなっているから知っている親会社も過去になって、結局昔話に花を咲かせて終わった。
- OB会など退屈で共通の話題は過去しかなく出席に意義を感じない人も多いだろう。そのOB会の出席率は50%だったからまあよく集まった方である。大都会だと人人人だけれども住んでいる人は田舎以上に孤独である。皆てんでバラバラで勝手に生きているから、互いに助け合う場がほとんど無くお隣の主人すら見たことがない。今更OB会などと思ったが、都会砂漠に住む人々には良いオアシスになっているのかも知れぬ。
- これからはますます核化して努力しなければ周囲に誰もいない人間になってしまう。私は結果的に終身雇用であったが、個人の努力だけでは多分できなかった数多くの知己を一つの会社に「我慢」したことにより作れた。平均して引退後20年近く生きねばならぬ。その分を考えて重厚な会社に誠実に最後まで勤めるのも一つの道である。
('97/10/06)