アジア力の世紀
- 進藤栄一:「アジア力の世紀〜どう生き抜くのか〜」、岩波新書、'13を読む。私は氏の前著:「アメリカ 黄昏の帝国」('94)を読んでいる。本Webサイトの「サブプライム後」に引用しているところを見ると、私はその本にかなりの迫力を感じたていたらしい。彼のアメリカに対する辛口の予想は、この19年の間にかなり現実化した。本書の帯には、「TPPと中国脅威論のウソを暴く 憂国の書!」とある。本Webサイトの「TPP反対論」において、その著書に飽き足りず、もう1冊TPP反対論を読むと書いたが、その1冊が本書になった。目次を見る限り、本書の反対論はかなり奥深そうである。
- 黄昏の帝国の企業収益に占める製造部門と金融部門の比率変化というグラフが出ている。本Webサイトの「七月の大要」に自動車の町デトロイト市の破綻を載せている。豊田市と比較すればアメリカの製造業の凋落ぶりが理解できるというものだ。TPP実務者会議で、アメリカ側が日本の金融資本暴走防止規制の枠組みを徹底的に排除しようとする理由が分かる。彼らにはゼニを転がす以外に生きる道がない? 「チャイメリカ」(アメリカと中国の結託)という言葉を、私は「TPPの罠」(本Webサイトの「TPP反対論」)で始めて聞いたが、本書には「アメリッポン」という造語が出ている。アメリカの覇権に追従する日本といった意味のようだ。理系にも再々あるが、新概念を新語で言い表して、本家元祖を名乗る有名になりたいヒトは後を絶たない。それはそうとして、'10年の対米輸出が13.2%に落ち、代わって対アジア輸出が54.1%に達したと聞くだけで、「脱欧入亜」(これは私の造語、福沢諭吉の脱亜入欧を入れ替えただけ)の時代に入ったという筆者の話は肯定できる。
- EU(EC)の現実化が確実になり、ヨーロッパ人がヨーロッパ統合の理想に高揚していたころ、日本の新聞に、手を組む相手のいない日本の将来を危ぶむ記事がでていたことを記憶している。発言者はヨーロッパのジャーナルストであった。我々は中韓とは今も政治的には相容れない犬猿の関係である。だが相互のヒト、経済、産業の関係は深まる一方だ。日中韓域内貿易比率は'10年には50%を越えた。東アジアは、中国とアセアン、さらには韓国、台湾などのNIEs、そして何より日本に率いられて、世界経済3極の1極を形成し、その比重は年々増大し続けているとある。貿易規模で見ると、'85年に対し'10年では20倍となった。中国とアセアンの伸びがことに著しい。アジア経済の一体化はネットワーク分業化と歩を一にしている。「工程間分業」「フラグメンテーション工程」とも云われるそうだ。
- 自動車は2-3万の部品から成ると聞いたことがある。高性能ほど部品数は多くなる。かって日本が追い詰められて特攻隊に頼るようになった頃、特攻機量産を8千の部品で作ろうとした。技術者は敗戦を確信したという。一昔前はトヨタのカンバン方式(本書にはトヨティズムとなっている)の「系列」が時代最先端の工場管理法だった。情報革命、物流革命はアジアを1日経済圏化し、系列もあろうが水平もありほか何でもありの分業産業化を導いた。部品はモジュール化されてどこへでも供給できる。モジュール化はIT産業のような組合せ型では可能だが、自動車のようなすりあわせ型では不可能だと長く信じられてきたが、この日本の物作りに対する優位性は、おいおいと後退しつつある。日本がトップを飛ぶ雁行型をいつまでも信じていると、それこそガラパゴス化してしまうと警告されている。
- 著者の産業構造の変化に対する歴史認識は今後の思索に参考になる。それは「図表2-1 世紀変遷と産業構造変容」に3段階の産業革命に対して纏められている。21世紀は情報革命の時代と位置付けられた。領土問題や歴史認識問題などと古色蒼然たる争論は絶え間がないが、深く広く関わり合っている地域では、共に好むと好まざるにかかわらず「共生せざるを得ない時代」である。かっては禿鷹ファンドのマネーゲームで、東南アジア諸国は次々に通貨危機に陥ったが、アジアの地域主義がじみちに成果を上げ、情報革命が経済の地軸を東方に動かし、かってない成長をもたらしつつある。今では禿鷹が自由に出来る機会はもう訪れないだろうと思う。日韓不和で韓国の通貨危機に備える通貨スワップは延長されなかったが、その必要性は漸次遠退いていると云うことだ。今韓国はウォン高で苦しいが、日本の支援なしに乗り切れるか、アジアの試金石になろうとしている。最近のミャンマーに典型的に見られるように、アジアでは中東イスラム圏諸国とは対照的に、ただし非共産国圏内で、独裁的政権が次々に平和裏に民主的政権へと移行した。世界にその例は多いが、ことに広くアジアが良い意味での雁行型文明であることを無理に否定する必要はないと私は思う。
- 現在の流れでTPPが成立したらどうなるか、についての議論は今までの読書で一応は知っていた。本書はそれらを総括的にしかも短くまとめ上げている。「覇権国家の毒素条項」はなかなか読ませる話だ。新自由主義に裏打ちされたグローバリズムのアメリカは、狡猾で謀略性に満ちた外交を仕掛ける伝統がある。トヨタが訴訟和解に支払った1千何百万億円の、訴訟対象事故がトヨタには無縁の事故であったと最終判決が出た話が出ている。確か議会に社長が呼び出されて糾弾された事件であった。マーケットの大きさを武器に国民総動員のパッシングを使った。
- 中国(人)も似たような手法を用いる。広大マーケットの大陸国に特有の、日本人には許し難い非道徳性だが、それが世界では当たり前であることに慣れねばならない。見かけは毒素条項は加盟国全部に平等に働くが、覇権国家に超有利なのだ。アメリカとFTAを結んだ諸国に起きたネガティブな局面が列記されている。私は筆者とは反対の立場だが、おかしなことにTPPは流産か難産であろうという予想では筆者と同じだ。Webサイトの「月々の「大要」」で触れた記憶がある。今年の秋に締結するなどと云うアメリカから聞こえてくる話はアメリカ一流の謀略で、交渉が長引けば長引くほど妥協が困難になることを見越しているのだろう。アメリカ最大の目標の日本はそう易々と調印できないはずだ。
- TPPに取って代わる条約は、日中韓あるいはそれにアセアンを加えたアジア地域のFTAだという。TPPを動かすアメリカやオーストラリアに比べれば、これらの諸国の事情ははるかに我らにとって近縁だ。安全が軍事同盟である時代はとっくに過ぎた。複雑な相互依存関係は互いに二進(ニッチ)も三進(サッチ)も行かぬところまで来ている。部分的な国際協調関係はいろいろ進んでいる。有毒餃子に発した食安全、飢饉への米備蓄などの食料安全保障、アジアが大災害地域であることの自覚による災害緊急対策。だがそれに立ちはだかる巨大な障壁:中国がある。
- 今は「不戦の世紀」だ。しかしそれは大国間の本格的戦争、さらには世界大戦に対する言葉で、局所的紛争は絶えず起こっている。中国軍脅威論は下心のある観念論で、本格的大戦の脅威は低い。世界の戦力バランスはアメリカの覇権を保証する。中国軍はその内に日本の5倍の兵力になる。だが世界覇権を唱えるほどの実力はとうてい持てない。中国の核装備は、最小限の核報復能力の水準に留まっている。
- 尖閣は微妙な位置だ。あるときはげんこつを振り上げて見せ、あるときはニーハオニーハオで協調姿勢しかないような顔を作る。今後もそれを繰り返すだろうが、決して鉄砲を挑発的に撃とうとはしないだろうと私は思う。だが誤解による銃弾はある。用心しなきゃ。戦いになったら米軍が参戦を決意するまでの間(おそらく旬日の間)はなんとしても守りきらねばならぬ。万一対応への備えは必要。「舌の根の乾かぬうち」にと言う表現がある。中国が相手を手玉に取るときに繰り出す手段に翻弄されずに、路線の真実を見極めねばならぬ。
- 近頃ではエジプトやシリアでそうだが、軍とは国内でもやっかいな存在だ。中国軍220万の巨大利権職業団体としての膨張主義を基本とする主張は、今後とも最も監視を怠ってはいけない対象である。それからアメリカが見せた米中頭越し外交。アメリカとて自国の利益のためには同盟国をさておいても二枚舌を使って平然としている。開国以来の歴史の中で、十分苦い思いを積み重ねてきたのにもかかわらず、日本のメディアときたら相変わらずため息が出るほどに単純明快な「清く、正しく、美しく」である。頭越しにやられるとは、いつもこせこせとした反米を唱えるくせに、誰も予測しなかった。
- 以下「アジア力の世紀U」に続く。
('13/08/22)