足助の民芸玩具


名鉄西中金で下りバスに乗り換えて15分も行くと昔の宿場町足助に到着する。近代化以前は飯田街道に三河からの足助街道がつながる交通の要所であった。紅葉の名所として知られているが、私が訪れたのは紅葉にはまだ早い季節であった。
山間の渓流に沿った細長い集落で観光地として以外に取り立てて云うほどの産業はないようだった。旧街道筋の町らしく古い家並みや寺々お宮が過去の繁栄を物語る。山の手に向けて両脇を土蔵が並ぶ狭い路地があって、その風景をカメラマンが何人も写真にしていた。丁度お宮の祭礼の日に当たっていた。子供御輿が通るのを見た。
三州足助屋敷という今風に云えばテーマパークがある。明治の豪農の家を再建し、当時の生活を実演してみせる。自給自足に近い生活だから何でもある。その一角で実用品あるいは玩具の竹細工を実演している場所がった。たいがいの製品はよそでも見られる品だったが、一つだけ目新しい品があった。
長さ40センチほどの竹の柄に鋸のような目をたてる。先端にプロペラを釘で押さえている。プロペラは釘の頭により柄から脱落しないようになっている。釘よりプロペラの穴の方が緩いため釘の周りをプロペラは楽々と回転できる。
ここで別の竹筒で竹柄の鋸状の目の一方の縁を擦るとプロペラが回転を始める。擦る位置を反対側にすると回転は逆方向に変わる。竹筒の往復運動をプロペラの回転運動にしているのが何とも面白く珍しかったのでそのおもちゃを一つ買ってみた。
鋸の目は竹筒の直線運動を高い周波数の振動運動に変化させるためである。では何故竹の柄の上下振動が回転運動に変わるのか。どうもはっきり判らない。鋸の目を通して幾分角度をつけて加えられる力は縦横両方の振動を与える。力は大きさも方向も人の手だから不揃いだ。竹も天然物だから粘弾性体として均一ではない。それに竹の柄の断面は円ではなく矩形である。これらが釘の加速度ベクトルを回転させる。とまあ一応理屈を付けたが、も一つ釈然としない。どなたか名答をお願いします。
おもちゃで理由の判らぬもう一つは独楽である。特殊な独楽で、これは京都物産展で買った。回すための芯はあるが回転下面までは突き出ていない独楽で、胴は半球状である。その球面の中心で回転を始めるが、しばらくすると突然180度ひっくり返り傘をさすような姿で回転を継続する。重力とコリオリの力、さらに回転軸が動いて断面の回転軸に対する対称性がなくなったために発生する遠心力が、転覆する船の重力と浮力の関係になるように、胴の形状が造られているようにも思うが、も一つはっきりしない。どなたか名答をお願いします。
(パソコン通信の会議室にこの文を載せたら山崎とおっしゃる方が戸田盛和「コマの科学」岩波新書, 1980を教えて下さった。普通のコマが時間と共に真っ直ぐに立って静止したようになるのと同じで、原因は床との摩擦力がコマを立てるトルクとして働くためとあった。しかしよく考えるとどうも言葉に誤魔化しがあってますます分からない。定性的にものを教える限界はこんなモンだなと感じた。)

('97/09/17)