新自由主義の帰結
- 服部茂幸:「新自由主義の帰結〜なぜ世界経済は停滞するのか〜」、岩波新書、'13を読む。近頃の為替、株式相場の乱高下は異常だ。日銀の緩和発表から一時は$105円、日経平均16000円に行ったのに、2ヶ月半の後には元の94円、13000円台に戻った。経済の実態はこんな短期間に大幅に転換したはずがない。だぶつくお金を背景に、投機マネーが右往左往しているという感覚が漂っている。当たっても当たらなくてもいいから、その根底を探りたいのは人情である。
- 大学のクラス同窓会が半世紀以上も長続きしている。1つの理由は、社長に登り詰めることが出来たヒトも平々凡々に定年を迎えたヒトも、所得にそう開きがなかったからではないかと思う。私が現役のころの社長の所得は、大企業でもせいぜい3−4千万円だったと思う。いまは違う。その10倍、日産自動車のゴーン社長は10億円と新聞に出ていた。社員の平均給与はあまり変わらない。問われれば中産階級と答えた日本人が8割あった時代は終わった。新自由主義経済は結果として格差を拡大した。アメリカの上位1%の家計総所得の割合が'60−'80年では6%ほどであったのが、'00年には20%ほどにもなっていた。よく聞く話だ。ニューディール、2次大戦、戦後資本主義(福祉国家指向)の結果、大恐慌以前の所得の不平等は克服されたが、レーガン以降またも不平等が深刻化しだした。
- 新自由主義経済とは、金融市場の自律性、自己統御性を信じる理論とでも云えようが、リーマン・ショックはその限界を如実に示した市場破綻であった。リーマンはデカかったので著名だが、それほどでもない事件は再々だそうだ。'80年以降30年間で世界史に残る金融危機が5回もあるという。'80年代前半で発展途上国の債務不履行が出たときは日本はどうなるかと心配したが、その後は例えばブラジルで、あるいはロシアで同様問題が出ても対岸の火事のように思ってしまうようになっていた。確かに指摘されてみれば、金融危機には慣れっこになっていた。アメリカ国内でも、リーマン以前に再々にわたって銀行破綻があり、政府の救済救済で、結果として投機資本を「増長」させた経緯が見られる。
- クローズアップ現代の6/18は「「クラウドソーシング」がもたらすもの」だった。知能労働者を自由個人営業とすることで、経営側は画期的に安い成果を手に入れることができる。確かに彼らの何%かは成功して富を獲得できるだろう。でも大半は正規労働者よりは低い収入に甘んじなければならぬだろうと思う。日本経済では失われた20年と云うが、アメリカでは失われた40年だそうだ。我が国では中国特需、輸出ブームで貿易黒字が積み重なり、円高をもたらすほどになった。だが労働者実質賃金は増えるどころかかえって減少の傾向にある。確かに低開発国の安い賃金というthreatは無視できない。少子化人口減少も消費には悪い材料だ。スーパーリッチは消費増に貢献しない。で、社会はマネーをそそるバブルに向けて直進する。アメリカのキャピタルゲインが消費を煽る様子が書いてある。つまるところ新自由主義経済は富の再分配を否定し格差を助長した。
- 思うにである。戦後資本主義は、社会主義の世界進出に対抗して、福祉国家を目指す利潤再分配に重点を置いた。マルクス経済学の大恐慌の予言はケインズ経済学的政策で回避できた。社会主義の退勢はソ連の崩壊をもたらし、資本主義の1番の心配は去った。マネーへの制限を取り払い、マネーに意欲をもたらす新自由主義経済学は停滞経済に活路を与えたかに見える。だがそれはバブルとそれによる負債がもたらす見かけだけの繁栄だった。大恐慌前の黄金の'20年代とリーマン・ショック直前の経済事情は、驚くほどよく似ているという。「大きすぎて潰せない」から政府の実質国有化の救済で事なきを得たが、リーマン・ショックは、昔なら自殺者を何人出しても不思議でない恐慌に化するはずのものであった。マネーの本質を見誤るとマルクスの予言に近づくのである。
- 以下も私の独り言である。社会主義は勢力を衰えさせていった。今でも社会主義国を名乗る国はあるが実態はそんなものではない。独裁の言い訳に社会主義を名乗っているだけだ。独裁主義はいずれ資本主義に屈服するであろう。勝ったケインズ経済学は停滞打破のために新自由主義経済学に取り換わっていった。それは機関投資家資本主義を助長する武器になった。リーマン・ショックに代表されるような金融危機がもはやfatalではないかと疑われている今日、資本主義はどちらに向かうのだろうか。私が考える一つの方向は、テロという名で押し込めようとして押し込められない宗教主義が、昔の社会主義に取って代わったantithesisとして、重要になってきていると云うことである。再びマネーの強欲を規制する方策を考えねば、今はイスラム系に起こっている宗教主義に資本主義が飲み込まれてゆく。
- 機関投資家資本主義が高じてカジノ資本主義になった。金融機関はそもそもは産業育成の後押しのためにあったが、産業界にもうけ口が減ると余ったマネーが博打に回る。証券化によるリスクの細分化は、サブプライム騒動に見られるとおり、破綻というババ抜きゲームを容易にした。ババを引いた奴は「反社会的行動」の報いとして破産とか私財差し押さえのすってんてんとかの処罰を受けるべきであるが、証券大暴落とか金融不安は経済に深刻な打撃を与えるから、政府は捨てられず、尻ぬぐいに走る。当の、事業を潰し公的支援を受けた企業の経営者は、数10億円!の退職金を手にして証券界から堂々と一旦身を引く。まるで狂った世界の話のように聞こえるが現実だそうだ。金融規制がそれで厳しくなればいいのだが、助かったマネーは、またまた「自由」を謳歌する方向に動くだけ。これが今のアメリカだとある。冒頭のように、アベノミクス発表による株価や為替の乱高下をこの2.5ヶ月で見ている。カジノ資本主義とはよく言ったものだ。
- サブプライム危機のとき金融工学という耳新しい技術がマスメディアに紹介され、その働きが期待されたが、結果的にはそれは無能であった。住宅バブルで、ローンが返済能力を超えて伸張した。住宅ローン会社はその危なさを知っていたが、細切れにしたのち上質債権とミックスした証券化商品として売り出すと、安全性を改良した商品として通用するようになり、投資銀行やファンドが買いあさる。破綻するに決まっているようなローンでも誤魔化せるから、嘘つきローン、ニンジャ・ローンなどと蔭口を叩かれるローンまで出現した。住宅ローンのモラル・ハザードである。証券化商品の安全性をCDSにより保証するのが、AIGなどの保険会社だった。
- 日本はその10年前に金融危機を経験していた。FRBは差し迫るサブプライム危機に対し、「俺たちは愚かなる日銀とは違う。銀行中心の日本と違って証券会社中心に進化したウォール街は、金融危機には至らない(と新自由主義経済学あるいは金融工学が云っている)」と最後の瞬間まで胸を張っていたそうである。でも不良資産買い取りに出動せざるを得なかった。本書には出てこないが、危機に対し格付け会社の不作為的荷担がある。モラル・ハザードのローンの買い取りに対する第3者的評価が一切働かなかった。アメリカでは、ガルブレイスのような大物(異端派)経済学者がバブルと投機に対し警鐘を鳴らし続けていたという。ヒトは弱いもの。どうしても調子の良い方に耳を傾けると云うことか。主流派経済学はITバブルや住宅バブルによって、一見景気回復に貢献したかのような情勢が幸いして、みんなで渉れば怖くない気分を醸し出した。破綻は複合事象である。理由付けは、つまり犯人捜しから逃れる道はいくらでもあると、いまだに居座るFRBトップのバーナンキへの不信感が本書に出ている。
- グローバル・インバランスとは耳新しい言葉であった。全世界とEU内およびアメリカvs日本&中国に分けて書いてある。経常収支がいつも黒字なのは日本とドイツで、それに経済成長著しい中国、産油国のサウジアラビアやロシアが加わった。毎々赤なのが、アメリカ、イギリスにGIIPS諸国だ。'90年以降両者の不均衡が拡大した。変動相場制が長いスパンで見たら自動的に均衡化させるという神話は働きそうもない。全世界では無理でも、ユーロ圏では域内の共通性から見て不均衡自動解消が可能のように思えるが、現実はそんなに甘くなかったことは、GIIS諸国の近年の経済事情からも明らかである。アメリカだけは赤字の垂れ流しを平然として行える。ドルが実質の基準通貨であるから、アメリカはドル債権を無限に諸外国に渡しておけばいいことになる。
- 日本政府の累積赤字は世界一だ。高齢化による社会保障費用の増加が財政を圧迫している。公共事業への支出は激減したが足りない。税の減収も赤字を押し上げている。だが'09−'10年の赤字ではアメリカ、イギリス、GIIS諸国共に日本とどっこいどっこいあるいはそれ以上だ。アメリカはリーマン・ショック以前から放漫財政的であった。金持ち減税と軍需費増大が基本にある。既述の通り、減税はお金持ちに行っても貯蓄に回るだけで、消費の伸びに貢献しない。低所得者層、中産階級への減税1ドルはGDPの0.6−1.5ドル増加に繋がるが、金持ち減税は0.2−0.6という数字が上がっている。危機に対しG20は総額450兆円という日本総GDP相当額の財政刺激策を決めた。そんな痛手から各国政府はなかなか立ち直れない。
- 終章の最後の項は「アメリカの失敗から学ぶべきこと」となっている。アメリカではこの40年ほどの間ほとんど労働者の賃金は上がっていないという。でも1%のスーパーリッチは格段に富の分配量を増やした。背景となった新自由主義経済はいまだに景気回復を成し遂げないでいる。我が国では今、赤字理由の公務員給与引き下げ、定常業務の外部委託などいろんな方法で、要するに労働単価は引き下げられてゆく。前出のクラウドソーシングもその1つ。また始めに社長報酬で述べたとおり、スーパーリッチはますますリッチになろうとしている。アメリカ後追い現象が将来の日本を作ることが出来るのかというのが、本書の疑問である。それは著者が理論経済学者であるが故に、新自由主義経済学への批判でもある。
('13/06/24)