タックス・ヘイブン
- 志賀櫻:「タックス・ヘイブン〜逃げていく税金〜」、岩波新書、'13を読む。本の帯には「グローバル経済に巣食う、富を吸い込むブラックホール、うごめくマネーの亡者たちの"悪行を突く"!」と手厳しい。著者は、大蔵官僚として租税にかかわる国際業務の第1線で活躍し、今は弁護士と言う経歴の持ち主である。
- クルーズ船の船籍は会社と異なることが多い。日本の船会社の船は日本籍だが、これは例外的かも知れない。この間見物に出掛けたダイヤモンド・プリンセスは英領バミューダ船籍だ。所有のプリンセス・クルーズ社はアメリカの会社である。その親会社はカーニバル社といい、Wikipediaで調べると、法人組織:パナマ、本社:アメリカ合衆国、マイアミ 、イギリス、ロンドンとあった。なんともよく分からない巨大会社である。本HPの「ダイヤモンド・プリンセス見学記」に触れているように、タックス・ヘイブン(租税回避地)活用についての疑問は多い。5/22の読売は、アップルがアイルランドをタックス・ヘイブンとして巨額(7兆円)課税逃れをしているという米上院報告が出たことを告げた。その後もマスメディアが続々取り上げた。本HPの「五月の大要」に記載している。
- 税金の安い国に船籍を置く。昔のタックス・ヘイブンはその程度の理解で良かった。今では巨大なマネーの転がしどころ、貯めどころで、それを青天白日には行わないですむところという意味合いが強い。船籍問題などすっかり古典になっていて、本書の中には話題にすらなっていないようだ。カリブ海に浮かんだ小国や秘密口座で名高いスイスがマネーの別天地だという昔の記憶は今も正しいが、国際的に認められているタックス・ヘイブンが30も40もあるとは驚いた。
- 最大の驚きは英国あるいは王室属領!の深い関わり合いである。マン島とはオートバイ・レース開催地だとしか覚えていないが、なんと王室領でタックス・ヘイブンだとある。ロンドンのシティは英国のGDPの20−30%を稼ぎ出し、英国の租税収入の10%を占めている。英国の世界経済に対する国勢以上の発言力は、シティが国際金融センターとして世界に君臨していることによることは周知の事実だ。先進国の財政はこのところ急激に悪化しつつある。法人税引き下げ競争に見られるように各国とも資本優遇策に懸命だ。それはそれで意味があるのだが、優遇した相手がタックス・ヘイブンを活用するのでは、結局赤字の尻ぬぐいを、課税からの逃げ道のない中産所得者、低所得者が、特に前者がしなければならぬ結果になる。
- 健全な経済発展は中産所得者のがんばりに負う。高度成長期の日本はまさにそうだった。でもだんだん痩せ細っている。今の日本のジニ係数は世界先進国の中では中間ほどになった。だから各国財政担当者はタックス・ヘイブンの締め付けに懸命になる。英国は自国のタックス・ヘイブンを守りながら他国のそれを制限し、あわよくば世界随一のタックス・ヘイブンになろうとする。この表裏の激しい狸相手との合戦の模様が本書の随所に顔を出す。いやー面白い。シティだけではない、アメリカのウォール街もタックス・ヘイブンの代表選手である。
- 5/29の新聞に日本の対外純資産は296兆円で、世界第1位だと出た。2位が中国で日本の半分だ。米英は対外純負債で並んでトップだ。東京も大金融センターだが、タックス・ヘイブンではない。日本のこの甘い蜜を逃す手はない、シティもウォールもすり寄ってくる。第1章の最後に、「外資系金融機関の老獪さに比べれば、日本の金融機関はまだアマチュアのレベルで、・・・バブル期とバブル後の時期、日本の金融機関が外資系金融機関の食い物にされた・・・」などの記述がある。外国観光地の観光客の評判にも見られる。金融に限らず全ての面で阿漕を嫌う潔癖性の故に、日本は外国では評判の良い「お人好し」らしい。でもこの資産。日本は今貿易収支は大赤字だが、所得収支が大黒字だから何とか全体のバランスを保っている。書いてはないが、その所得収支を支える資産は、敗戦の焼け野原時代から、働きづめに働いた私およびその前後の世代の賜であることを、是非これからの若い世代は記憶しておいて欲しい。
- 日本の所得税は税率が累進的になっているはずだ。だが所得が把握出来ている分だけの統計でも、累進的なのは所得1億円までで、それを超すとがくんと税負担率が減ってしまう。均質的社会であったのは昔の話で、50億円以上の高額資産家は日本は世界第4位だ。脱税は論外としても彼らの節税、租税回避は専門家チームによってきっちり実行される。国が敗訴した相続税の武富士事件では、国は、プラマイ2000億円近くの取り損ないになった。息子を相続税不要の香港に1ヶ年住まわせる方法をとったのである。筆者は国家財源は消費税より所得税が正論だと主張する。だがコンピュータのサイバー攻撃と同じで、対策のイタチごっこだ。消費税でも起こりうるが所得税ではより激しいものになる。課税権が国境を越えないかぎり、税務署は毎々切歯扼腕せねばならぬ。
- 国際貿易に占める多国籍企業の企業内取引の割合は、2/3に上ると云われる。法人所得税の低い国の関連会社に利益を積む、あるいは赤字会社に利益を生ませて課税を免れるといった手口は当然行われる。所有株に膨大な含み益が生じたとき、その株を子会社に譲渡し、その子会社に増資させ、増資条件を別の子会社に有利に行うことで、見かけ上は親会社の納税額が減るという手の込んだ節税事件が、オウブンシャ・ホールディング事件であった。オリンパス事件は租税回避と反対に財テク失敗の大穴を、タックス・ヘイブンにある外資系金融機関に、不良債権を額面で一時預かりして貰うという手口であった。
- その一方で課税が2国に跨るから、2重課税の問題が常につきまとう。国際的にはOECD移転価格ガイドラインなる指針があるが、税金争奪戦の摩擦は絶えることがない。中国の徴税はことに悪辣なようだ。タックス・ヘイブンに出資金を出し、その金を第3国法人に投資して利益を上げる。だがタックス・ヘイブンの子会社に利益を積み上げられると、親会社は租税を払う必要がなくなる。さすがに対策が講じられ、親会社の会計にカウントさせられるようになった。でもアメリカの法人所得税収が全税収の10%にしかならない。節税対策が企業の重要業務となっている。
- マネー・ロンダリング(資金洗浄)にはほぼ必ず、タックス・ヘイブンが絡んでいるとある。いろいろ実例が述べられている。秘密保護法制のあるタックス・ヘイブンに入金されると、それから先の資金の移動の追跡が困難になることを利用する。日本では割引債が利用された時期があった。今は異なるが、割引債が無記名方式だったからだ。金丸自民党副総裁脱税事件、山口組系2次団体の五菱会事件はこれだ。犯罪者と犯罪資金は簡単に国境を越えられるが、捜査は国境の壁に阻まれて進展しないケースが多いという。五菱会事件の発覚は、スイス・チューリッヒ州の口座差し押さえと言う僥倖による。
- でもスイス国法により日本に戻った金額は半分だった。悪名高いスイスの銀行秘密保護法をこじ開けるときは高い代償を支払うことになる。北朝鮮秘密口座事件ではマカオの銀行の口座をアメリカが凍結した。外国の銀行になぜアメリカが手を出せたか。「コルレス銀行」「コルレス口座」という聞き慣れない言葉が出てくる。ドル資金は実際はアメリカ国内の銀行間取引で洗浄するという、基軸通貨であるがためのメリットを利用したのだ。でもそれを使うと基軸という信認を損なうから、この出動は両刃の刃だ。
- '87年のブラック・マンデーから昨年の欧州通貨危機までの1/4世紀の間に、数え方にもよるが、金融危機・通貨危機と云えるものが国単位なら20件は超えている。実経済がそんな速度で動くはずがない。マネー・ゲームがなせる技である。タイ国通貨のバーツがヘッジ・ファンドの売り浴びせに合い、外貨不足になってIMF援助を受け、ペッグ方式から、変動相場制に移らざるを得なかった事件は耳新しい。政府の動かせる資金量は、国境を越える大量のマネーに比べれば微々たるものだ。コンピュータ管理された市場では、一旦マネーの流れがでると、一斉にその方向にマネーが集中する。バンドワゴン効果と云うそうだ。私はファンドの行動パターンを見ていると、中国のような、為替変動幅に制限を設けるようなシステムを、国際ルールとして採用すべきではないかと思う。
- 日本の長期の高度成長は、$360円の固定相場制を、実質超円安になっても維持し続けられたおかげもある。変動相場制になると円高が進み、ついに失われた20年を経験することになる。国の財政は極度に悪化した。税収よりも借金の方が多く、累計の借金がGDPの2倍になる。今後も回復の見込みがほとんど立たない。本書の言葉を借りれば、生き残る資格のない産業・企業が「ゾンビ」となって、いつまでも日本経済の足を引っ張る構造になっている。「ゾンビ」の最右翼が農業だ。なにしろアメリカの1/100、ヨーロッパの1/10の耕地面積で欧米並の生活を送れる仕組みを、議員たちがよってたかって作り上げてしまった。私は、1票格差厳密是正最優先論者だ。「バラマキ」で選ばれる議員とは地方出身がほとんどだ。「バラマキ」期待という地方有権者の水準の低さが、日本を危機に陥れていると云える。
- 金融工学という単語が一時もてはやされた記憶がある。リスクを細切れにして不良事業を売りに出し、みんなで渡れば怖くないという風に納得させることで、景気を持続させる仕組みであったと思う。だが先述の投機資本の動きは止められなかった。超大ファンドが破綻し、清算させられる。だがそのデフォルトはたちまちにその他ファンドに連鎖し、下手をすると未曾有の経済危機の引き金になる。日長銀は国有化であって破綻でも清算でもないと、日銀国際局は懸命にカバーした。リーマンは破綻だったが、AIGは救済された。AIGはtoo big to fail、大きすぎて潰せない。連鎖の恐ろしさをアメリカ当局も知り抜いていた。
- タックス・ヘイブンは百害あって一利無しの「ヒュドラ」である。解っちゃいるけど止められない。課税逃れの所得を追求する国際的取り決めなど、多少の前進程度で、いずれも竜頭蛇尾に終わるそうだ。シティの英国への貢献を思えば、如何なるお節介をも大英帝国は断固拒否する。そのほかのタックス・ヘイブンにしても死活に関わるのは英国以上である。一方、ヘッジ・ファンドの統御には、アメリカはテロ以来真剣味を見せる。大型金融資本が、善良な付託者のお金を、危険なマネー・ゲームに投下して貰っては困る。それはとりもなおさずマネーの流動性の制限である。マネー・ゲームが小金持ちのお遊びであった時代は良かったが、今やお金が「強欲」に目覚めて、営々としてこの何千年を掛けて創り上げてきた人間の英知の塊であった従来の金融システムを、繰り返し繰り返し破壊してしまう悪玉になった。
- 税制からの制御法がある。トービン税というのは、クロスボーダーの金融取引に課税して、投機マネーの動きを鈍らせる目的で、ニクソン・ショック(金とドルの互換性の放棄)の'71年直後に提案され、昨今になって注目されるようになった。トービンのグローバル化に対する先読みは慧眼と言うに値する。
('13/06/04)