新しいウィルス入門
- 武村政春:「新しいウィルス入門〜単なる病原体でなく生物進化の立役者?〜」、講談社BLUE BACKS、'13を読む。中国の鳥インフルエンザが注目されている。本HPを「鳥インフルエンザ」で検索すると10件は出てくる。初出は'04年である。養鶏場が全羽殺処分の被害に遭っている。経営者が自殺した事件も起こった。以来少しづつだがインフルエンザ・ウィルスを勉強するようになった。この本が私の付け焼き刃的断片知識をつなぎ合わせてくれるとありがたい。あのときのウィルスはH5N1型だったが、今回はH7N9型だという。まだヒト→ヒト感染はないらしいが、中国は情報公開を渋っている。これらは一番気になっている問題なので、真っ先に本書の関連ページを開いてみた。15-6pある。一安心して1から読み出した。
- エイズはもともとはアフリカの1風土病であったと聞く。アメリカ原住民から世界に蔓延した梅毒もそうだった。本HPに「感染症は世界を動かす」がある。「梅毒はたったの25年で世界一周を実現した。1512年京都に記録が現れるのである。私など世界一周クルーズが生涯の望みなのにいっこうに実現しそうにない。何と間のよい細菌であるか。」と書いている。「性」病の拡散は猛烈に早い。新しい病原体に対してはさし当たっては「死ぬ」しか対策がないのだから、世界が恐慌状態に陥ったのは致し方がなかった。東南アジアの某国などでは、人口の何割という患者が出て、民族滅亡かという記事すら出た。でもすぐさまに病原が突き止められその作用機構が解明された。だがなかなか特効薬は出てこなかった。忍者ウィルスとも仇名されたレトロウィルスだったからである。たまたま私は教職にあった。もう二昔は昔の話である。イノセントな学生にお役に立とうと、専門外の学問と悪戦苦闘した。本書ではウィルスの概要がまず出てくる。最初に一番難儀な相手に出くわしたのは身の不運であった。
- ウィルスは単独では増殖できない。増殖には生物の細胞に寄生せねばならない。そのステップは吸着、侵入、脱殻、合成、成熟、放出の6段階で、そのおのおののステップがまた驚くほどに複雑怪奇である。ノンエンベロープの、DNAがカプシドのかぶり物を被った、宇宙船のようなバクテリオファージが大腸菌の細胞膜にとりついて、DNAを注入する姿は全く印象的で、もう40年ほど昔に読んだ本に出ていたのをいまだに記憶している。細胞がウィルスに騙されて体内に取り入れてしまうのは、合性の良い表面タンパク質をウィルスが用意するからで、鍵と鍵穴の関係と例えていた本があった。ウィルスの表面が細胞膜と融合できる物質であることも重要だ。生命体が生命体である所以は遺伝子の自己複写の機能が備わっていることで、それがバクテリアからヒトまで共通の機構セントラルドグマに基づく。ウィルスは宿主からその機構を拝借する。アニメ動画による著者監修の「セントラルドグマ 〜ゲノム情報からタンパク質ができるまで〜 」 The Central Dogma/ RIKENgsc(10分)と「HD セントラルドグマ -synra editon- 日本語ナレーション版」 RIKENgsc(16分)が機構をわかりやすく解説している。YouTubeにある。
- ウィルスの分類法は私にとっては新知見だった。DNAにもRNAにも1本鎖と2本鎖があるとは知らなかった。DNAは2重螺旋を作る2本鎖、RNAは1本鎖と決め込んでいた。調べてみると、DNAには3重螺旋だって可能で、1本鎖RNAでも螺旋構造を取るのだそうだ。1本鎖RNAにはプラス鎖とマイナス鎖がある。蝶の幼虫の食草がきわめて限られた種類に限られていることは有名だ。いちど飛び姿を見てみたいと思っているギフチョウの食草はカンアオイ属に限られるといった具合だ。余計な脱線だが、ギフチョウは西日本に偏在しているという。Wikipediaによると、この蝶のオスは交尾の際、特殊な粘液を分泌してメスの腹部の先に塗りつける習性がある。塗りつけられた粘液は固まって板状の交尾嚢になり、メスは2度と交尾できない状態になるという。中世の騎士が十字軍に従軍してエルサレムへ進軍するときに、残して行く女房に貞操帯を付けさせたという話があるが、それに似て傑作だ。なかなか関東まで広がらない理由の一つかも知れない。
- ウィルスも宿主が限られているから分類の対象になる。宿主のどこでも良いのではない。私は帯状疱疹でえらい目にあったことがあるが、あれは神経細胞に特化して潜伏していたヘルペスウィルスが異常増殖した結果だ。これも分類の基準に入るのだろう。宿主の細胞の中で、セントラルドグマ機構のどれを借用して増殖するかも種によって異なってくる。それから増殖が核の中か細胞質の中かも分類の手がかりらしい。
- 「感染症は世界を動かす」に、平安時代の資料にインフルエンザ流行の記録があると書いている。ハンセン病は紀元前4世紀と言うからこれには負けるが、ペストは14世紀中頃ゆえ、感染症としての歴史は相対的には結構古い。日本のウィルス系の病気の中では天然痘が585年(敏達天皇崩御)で、これが記録としては最も古いのだろう。インフルエンザウィルスはマイナス鎖RNAで、増殖過程はレトロウィルスに比べればまあ簡明である。季節性インフルエンザウィルスにとりつかれると、気管や消化器が「炎上」する。これはエンベロープ表面の(宿主に吸着する)タンパク質HA(H7N9のHに対応する、NはNAで脱着用タンパク質である。)を活性化(脱殻過程)させるには、上気道や消化器に偏在する特殊なタンパク分解酵素が必要だからだ。だが高病原性鳥インフルエンザでは、身体に普遍的に存在するタンパク分解酵素で十分なので、全身を炎上させてしまうから怖いのだ。公式見解では中国の鳥インフルエンザにはまだヒト→ヒト感染能がない。豚はヒトインフルエンザにも鳥インフルエンザにも罹る。インフルエンザウィルスのRNAは8分節よりなる。鳥とヒトの両方に罹っている豚の細胞内では、両方からばらばらに8分節選択して出来た新種インフルエンザウィルスが出来上がる可能性があり、それがヒト→ヒト感染を起こすと恐れられている。
- このHPに「性転換」というお話がある。その中に深海魚インドオニアンコウの生殖法は異常であると書いてある。「体格的には雄は圧倒的に小さく、雌に口で吸い付き、ついには精巣だけを残して完全に肉体を雌と一体化する。」と紹介されている。深海では交尾の機会が極端に少ないから、種保存のためにこんな機構が生み出されたのだろう。細胞小器官にミトコンドリアというのがあって、独立のDNAを持つ。好気的ATP産生の主役だ。地球が酸素で覆われるようになった時、従来の細胞が生き残るために好気性菌と共生するようになった名残だと覚えている。ウィルスにもばっちり取り込まれて独立性を失い、宿主にお役に立っている奴がいる。胎盤の胎児側の表面を覆い尽くしている細胞の起源が、なんとレトロウィルスだという。レトロウィルスは宿主DNAに自分のDNAを潜り込ませ、例えばエイズでは10年に余って潜伏するという奴だから、起源としては解らんでもない。宿主は本来の働きとはお構いなしに、産生するタンパク質を自分の目的に応用してしまったと云うことだろう。
- 巨大ウィルス(ミミウィルス)というのがあるそうだ。今までの常識に反してこれは光学顕微鏡で見えるのだ。しかもバクテリアに準じた道具立てで、普通のウィルスとは逆にカプシドの下にエンベロープ膜を持ち、細胞壁の下に細胞膜のあるバクテリアに似ているし、t-RNAを作る遺伝子も備えている。このウィルスに寄生する小さなウィルスかておる。バクテリア並みだ。巨大ウィルスは今までのウィルスよりもずっと生命体に近い。ウィルスが生命の起源かとさえ思わせる。しかし宿主が合力?してくれないと増殖できない。
- 京大霊長類研究所に天才チンパンジーのアイちゃんがいる。彼女は2桁の数字が理解できるそうだ。昔々、さる未開人種は両手の指の数つまり10以上の数字は「たくさん」というのだと聞いたことがある。ではどっちがより賢いか。それに似た状況が下等?バクテリア(マイコプラズマ)と高等?ウィルス(メガウィルスという)の間に起こりかけている。何しろメガウィルスは1120個の遺伝子を持ち、マイコプラズマの525個を凌駕している。でもタンパク質合成工場のリボソームを持たないから、人様からはお猿側(ウィルス)に分類されてしまった。自前の合成工場を持たないという意味では、細胞内の細胞核も御同様だ。立派?なウィルスと細胞核を比較すると多々類似点があって、ひょっとして細胞核の起源は、DNAウィルスなのではないかとさえ考えられる。
('13/04/19)