雪見の一人旅

JR東日本の大人の休日倶楽部パス15000円による雪見の一人旅を狙っていた。冬の天気は変わりやすい。毎日天気予報と相談した。最適と思い実行したのが1/26(土)−1/29(火)の4日間であった。その概略を以下に記す。
指定券に26日はくたか8号(11:38越後湯沢発14:46金沢着)をとり、福井駅前のホテルを抑えていた。だが強風と大雪で関連の在来線特急は全休となり、出発当日に新潟に行き先と宿泊ホテルを変更した。雪見であるから2階建て列車Maxときの2階の窓際席を願ったが叶えられず、オール1階席のときの窓際自由席に座った。
康成の雪国は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まっている。その言葉通りであることに驚く。戻りはまさにその逆であった。新潟市内は自動車の多い大通り以外は何センチかの雪を被り一部は氷結状態になっていた。大雪と云っても文字通りの地域は山中と山裾で、越後湯沢あたりが頂点になる。目測で2−3mHほどもの雪の壁が主要道路脇にあり、田舎道はもう埋もれて見えなくなっていた。戻り日はそうでもなかったが、往路では風が雪を巻き上げて、視界距離を100mほどに下げていた。粉雪なので少し吹くと風に乗るのだろう。関東平野側には積雪がないのだからそのコントラストはまことに見事である。
翌日の復路、暖かい車内からは関東が早春風景であるように感じられた。高崎を出てしばらくして南西の方向はるかに雪姿の富士山が見えるのに気がついた。秀麗である。その日の関東は晴天で空気が澄んでいたのがよかった。東京に近づくにつれ大気が靄ってきて、空気の透明度が下がるのが判ったが、それでもビルの谷間から富士山をはっきり捉えることが出来た。昨年師走に洋上から眺めた富士も良かったが、内陸部からの富士もまた格別である。
さて往路、新潟駅に早くに到着したので周辺を散策して回った。敦井(つるい)美術館は、歩いて5分で駅前の東大通りに面している。慣れない雪道で下手して転んで打ち所でも悪かったら一人旅ではお手上げになるからと、行動はなるべく屋内だけにしようと決めていたのだが、ここは以前に新潟市内観光旅行をしたときからのお目当てであったので、出かけていった。大きくはない。日本画のコレクションに優れた美術館という記憶がある。その日は「京焼 200年の系譜展」と言う展覧会になってた。焼きものは詳しくはないが、何代か続く清水(シミズではなくキヨミズである)六兵衛とか河井寛次郎ぐらいは名を知っている。18世紀中頃から今日までの全50点の作品が出ていた。私も京都東山に住んだことがあるから、京焼という名を聞くだけで懐かしい。作家紹介で同窓のヒトがいると知った。日本画は1−2幅だけの展示だったが、置いてあった図録によって所蔵日本画に名品が揃っていることを確かめた。コレクターの故・敦井栄吉氏は石炭や石油で財をなした地元の実業家であったそうだ。
新潟駅南口広場を取り囲む建物群は、上越新幹線駅設置と共に急速に整備されたものであろう。新潟市人口は81万ほどで我が千葉市よりは15万ほど少ない。でも駅とその周辺の規模と景観は、現在進行中の千葉駅大改造がなったとしても千葉駅を凌ぐ。大型インフラとか大型イベントとかがやってくると、それを機に格段の発展が周辺に波及するいい例であろう。目を見張ったのは、PLAKA1と言うビルの1F&B1Fを占めるジュンク堂書店の専門書の品揃えである。かっての私の専門分野:化学の書棚が基礎から応用に至るまでで13本あった。化学は円熟期に入って久しいために、和書でこんなに刊行されているとは思っていなかった。千葉最大の書店は三省堂だろうが、そこにはその1/3ほどもないのではないか(後日あらためて調べたら、1本だけだった。だから1/13。2/3追記)。多方面にわたる専門分野をぎっしり埋め尽くしている姿は壮観であった。千葉だといざとなれば東京に行けばいいという考えもできるので、割り引いて考えても、地域の文化面での水準の高さを示していると思える。
宿泊の東横インは4Fが駅のコンコースと渡り廊下で繋がっている。雨の日雪の日にはたいそう便利である。5200円ほど。新潟日報の夕刊と朝日新聞の朝刊が無償。使い捨ての剃刀、小さい石鹸とガウンをインフォメーションフロアで受け取る。なぜかアメニティをいちいち部屋に置かずに入り口で必要なヒトはかってにとってゆく方式になり出した。そこの朝食サービスでは新潟産の米による五目飯を出した。味噌汁以外におかずは3種類ぐらい。コーヒーは無料。このホテルチェーンを私は気に入っている。
28日朝、千葉では珍しい雪景色。なにか予感がして半時間ほど早く家を出たのが良かった。京葉線は20分遅れで発車。南船橋あたりで雪が止む。列車が詰まっているとかで徐行状態になったが、予定のはやてには間に合った。冬は落葉樹と常緑樹の区別がはっきりしている。那須塩原あたりまでは落葉樹の方が多いが、さらに北に進むと常緑樹が優勢になる。昼飯に駅ホームのキオスクでサンドイッチを買っておいた。新花巻あたりから北東に頂は雪の濃い高山が見える。早池峰山だろうか。1900mは越すそうだ。雲はあるが晴天である。法面を覆う雪からの反射が眩しかった。線路面から巻き込む雪か氷の塊が車体に当たる音であろう、ときおりガタガタと底から聞こえてくる。
盛岡付近から軌道面の雪の厚みが増してもう地肌は見えなくなった。でも上越新幹線の湯沢あたりで見た散水設備はないようだった。新青森駅でつがる54号に乗り換え。弘前に近づくにつれて雪雲になり、津軽富士の岩木山の山頂は隠れて見えなかった。何度目かの弘前駅(本HPの「弘前その一」「弘前その二」「夕陽の日本海」「何が何でも五能線」「北東北の温泉宿」「お祭り会館」「津軽」「旧富豪邸庭園」など)である。駅前の風景は季節の違い以外では前回('09年初秋)とあまり変わっていない。宿泊の東横インは駅前ホテル群の中では最も駅舎に近く、今回のように路面凍結の心配があるときには、最良の選択である。部屋の広さを聞いてみた。14.2平方mと言ったか。新潟と同じく暖房は中央管理で20℃ちょっとぐらいに制御している。東奧日報という地元紙が無償配布になっていた。私はホテルで地元紙を見るのを楽しみにしている。
駅にはレストランがない。夕食に、ホテル横のカンティプルというカレーの店に入った。看板にインド・ネパール レストランと出ていた。ウェイターもコックもレジもインド系のヒトである。私はインド料理は苦手だ。あのちょっと癖のある香辛料が好かぬ。少々後悔したが、客の少ない店だし今更引き返せない。激辛でないことを確かめてからシーフード系のカレー料理を注文した。でもここのは日本人向けに調理を変えていた。つまり、和風のライスカレー味なのである。特大のナンに驚かされた。メニューにインドワインというのがあった。インドには暑い国というイメージがつきまとうが、広大な国だ、ワイン醸造に適した場所もあるのだろう。珍しかったので注文したが、別に特別の味ではなかった。
翌29日リゾートしらかみ2号が2分遅れで入ってきた。ジーゼル車だ。何度もこの快速の運行中止に出会っているので乗るまで不安であった。私は途中で閉じ込められたときの用心にと、車内販売があるのは知っていたが、弁当はもちろんのこと、そのほかに余分に食料飲料をリュックに詰めていた。この用心は、「食い物があれば事故に遭遇しても、落ち着いて判断出来る」という先輩の経験談に基づいている。弁当は駅の出店で買った550円の津軽のいなり(これお勧め)である。外は雪空で、ときおりは太陽が顔を出すといった天気であった。まずは冬の観光日和としては絶好であった。対向普通列車は2両連結で1両に2人ほどの人影を数えるのみ。鰺ヶ沢駅あたりからであったか、津軽三味線の実演が先頭車両で行われるというので移動する。4両編成の列車の乗客のほぼ全員が集まったのだろうが、先頭車両の座席の1/3程度が埋まった程度にしか乗っていないことが判った。棹の太い三味線の音色を何曲かを楽しく聞かせて貰った。新曲もあるようだった。五能線の列車車内販売にはSuicaが通用する。弘前駅にも秋田駅にもまだ改札口にSuicaのタッチパネルはなかったから、新発見のように思った。
千畳敷ほか2ヶ所ほどで列車が徐行する。海岸線の荒々しい風景を堪能させるためのサービスだ。山側の、積雪で墨絵のような景色もなかなかのものであった。漁港が次々に現れる。頑丈に作ってある。ほとんど漁船を見ない港もあった。漁村の家屋は、能代あたりから開ける秋田平野の農村の家屋に比べて、概して狭く貧しく感じられた。土壁作りの家屋は漁村地帯ではほとんど見られなかった。昔風の家屋はたいていが板壁である。海岸線に沿って松林が繋がる。ここまでは松食い虫が進出していないのだろう、立ち枯れ状態の松は見かけなかった。平野に入るころには杉林の植林が優勢になる。八郎潟に流れ込む川の中には川全面に氷が張っているものがあった。水の流れが緩やかで、水量も少ないせいだろう。
秋田駅の土産店で家内からの注文の秋田諸越を買う。和三盆の干菓子(落雁)である。和三盆といっても大半は上白糖のようだ。こまちが内陸に進むにつれ雪が激しくなった。積雪は角館から田沢湖あたりが最大だった。一面の雪景色は一関当たりまでで、そこらから農地の畝や稲株が見え始め、仙台を過ぎると地肌が目立ち始めた。那須塩原付近では雪は日陰に残る程度になった。我が家には7時半頃に戻った。弘前のホテルを出たのが8時半だから11時間の列車旅行だった。
雪模様で見た箱庭の国日本という印象が残った。
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新潟・敦井美術館
新潟・ジュンク堂書店専門書書架
弘前:インド&ネパールのカレー店
深浦:リゾートしらかみ・くまげら(左)ぶな(右)
五能線海側
五能線内陸側

('13/01/31)