食物アレルギー

伊藤節子:「親と子の食物アレルギー」、講談社現代新書、'12を読む。少年時代に海辺の寒村に集団疎開した。サバで蕁麻疹に罹る生徒がいた。皮膚が広く発疹したので何10年も昔なのに記憶している。後年それが魚アレルギーだと知った。身体の免疫系の過剰反応だとも知った。私はアレルギー体質ではないが、周辺にはアトピー性皮膚炎だとか、花粉症だとかを持病のように抱えている人がいる。病気という視点から纏めて勉強したいと思っていた。このHPには「ここまで進んだ花粉症治療法」、「古墳時代の花粉症」、「寄生虫病」、「病の起源」、「都会の雑草」、「進化から見た病気」と言う記事があって、いろんな角度からの花粉症に関する報告を要約している。これらと重複するものもあるが、アレルギーとかアトピーに言及したほかの記事もある。身近な話題としていつも気になっている証拠だ。筆者は小児科医で生活科学の教授である。
アレルギーには次のような説明が付いている。「マスト細胞や好塩基球の隣り合った免疫グロブリンIgE受容体上の抗原特異的IgE抗体に抗原が橋渡しするように結合する。すると隣り合ったIgE受容体が引き寄せられ、マスト細胞や好塩基球が活性化されて、ヒスタミンを放出する。それが痒みや発赤の原因で、時にはショック症状まで引き起こす。」本当の敵はヒスタミン。だから皮膚科に行くと抗ヒスタミン剤を処方してくれる。なお湿疹にはステロイド軟膏をと、はっきり書いてある。私が今まで貰った軟膏を調べてみた。虫さされ、かぶれ、唇のただれなどで貰った合成副腎ホルモンは、いずれもステロイド系であった。
乳児から大人に成長するに従い、免疫系がダイナミックに変化する様の説明は簡明で判りいい。IgEが反応する抗原タンパク質の分子量は1-7万とある。アミノ酸残基の分子量は平均すれば140ぐらいだろうから、1万とは70個以上の繋がった高分子だ。たまたまその範囲に入るタンパクを大量に持っているのが、卵であり牛乳である。食物のタンパク質は消化器でどんどん分解されて、小分子量の構成単位になって行く。腸粘膜には分子量7万以上の高分子は排除するバリア機構がある。さらに補助機能的に、養分吸収に外分泌型免疫グロブリンIgAが免疫バリアを作っていて、大きな分子量物質抗原が入ってくると集まってきて、それを凝集し腸へ吐き戻す仕組みになっている。消化器の機能は出産時はまだ未発達で、おいおいと普通は幼稚園児になる頃までに完成されて行く。乳幼児段階では体内に抗原を取り込みやすい。
母親も大量に抗原になり得る物質を摂取すると、腸のバリアを抗原が微量ながらバリアをすりぬけて母乳に入り込む。分泌型IgAにより積極的に母乳に排出されると云うからずいぶん複雑な話だ。アレルギー体質の乳児は母乳だけでも症状を出す。離乳食に抗原性物質が入り込んでいようものなら、後述の理由で仰天の騒ぎになる。母親と乳児双方の食事療法が説明してある。アレルギー用ミルクとは牛乳の蛋白をオリゴマー化したものらしい。母親用ペプチドミルクなんてな牛乳製品があるらしい。アレルギー対策食品は数々あるらしいが、インチキなものもあるようで、著者は必要でかつ安心な対策食品はアレルギー用ミルクだけという。あとは家庭料理の範囲内で工夫出来るはずとある。食物アレルギーは小さい間に治療すれば治るもので、治療は早ければ早いほど効き目がいいとある。3大抗原は卵、牛乳、小麦を源とする。昔は小麦の代わりに大豆が入っていた。米のランクはずっと下らしい。でも幾分かのアレルゲン性は残っている。確か米のタンパク質は胚芽に集中している。二度精白米とか無洗米をさらにもう1回洗うとか、重症患者を持つときの処理法が載っている。
卵は卵白に主因がある。でもゆで卵それも固ゆでにすると問題ない。アルブミンが熱で凝固して簡単に消化できなくなるからだそうだ。私なんぞ、生卵に醤油を少し垂らして、よくかき混ぜ、熱々の飯にかけて食う卵飯が大好きだが、アレルギー体質でなかって良かったと親に感謝する次第。だが卵にはもう1つオボムコイドなるタンパクが含まれる。これは加熱しても凝固しないので抗原のままだ。それから加熱と云ってもその他の材料との共存状態では抗原性が残る場合がある。焼き菓子の例が示されている。小麦粉や米粉に凝固を妨げられるという。料理法と抗原の残り方の記載はまことに複雑で、料理好きでないと小児科医は勤まらないと思わせる。発酵加工すると抗原としての力が弱まる。小麦からのビールや大豆からの醤油、味噌はまずいいが、納豆ぐらいの発酵ではまだ不十分の場合もあるようだ。
私のよく知っている食物アレルギーは冒頭のサバ蕁麻疹だけだ。本書には本当のサバ蕁麻疹は1/10ほどで、大半の魚アレルギーは、古くなると増加するヒスタミンのせいだとある。本当の魚アレルギーは青背の魚より白身の魚に多いという。集団疎開先は日本海の海辺の漁村だった。だからサバは新鮮だったろう。先日TVで若狭鯖街道熊川宿の紹介をやっていた。街道は京都まで18里という。おそらく魚商人は5日はかけて鯖を京都に運んだのだろう。インターネットで調べると、永江氏が講演で、「小浜魚市場仲買文書に「生鯖塩して荷ない京行き仕る」という記事がある。」と話したとある。塩すればヒスタミンの増加はないのだろうか。それとも昔は京都では高価だったろうから、感作レベルにまで鯖蛋白特異的IgEを産生出来るほどに日常は食っていなかったのだろうか。私は京都育ちだが、京都人は昔は(疑似)鯖蕁麻疹が多かったなどと聞いたことはない。ただし生では食べさせなかった。生に近いのは鯖鮨だけだった。鯖鮨とは、家内に聞くと、塩鯖を酢で処理して飯に載っけるものだそうだ。著者も京都人のようだが、これには触れていない。
食物アレルギーは皮膚や粘膜はもちろん消化器官や呼吸器官にまで及ぶことがある。マスト細胞はそう言う器官に局在する(好塩基球は白血球の一つとして循環)。赤ん坊が泣き止まないと云って殴り殺した母親が出た。口腔内や咽頭の違和感、あるいは腹痛さらに嘔吐、下痢が出るのは、生体の防御反応で、そのために赤ちゃんが泣いて訴えていたのかも知れない。呼吸器官に単独で症状が出ることはなく、皮膚粘膜異常や消化器官異常に続いて起こる。喉の内側に蕁麻疹が起こったのと同じで、重篤になると呼吸困難のため危篤状態になる。
蕁麻疹ばかり書いてきたが、食物アレルギー病状として本書で最も多く出てくるのはアトピー性皮膚炎である。でもその4割ぐらいが食物原因で、残りには環境因子などなんだかあやふやな理由が挙がっている。食物アレルギーから見るとその96%にアトピー性皮膚炎があるという。前者は皮膚科医、後者は小児科医の患者が母数だから、そんな結果が出る。乳児幼児に異常が出たら小児科医に行くだろうが、小学校を越した子どもや大人なら、まあ皮膚科を選ぶというのが普通なのだろう。食物アレルギーとの勝負は1歳までで大半が決まるなんて知らなくても、赤ちゃんを連れて皮膚科に行く人はおるまい。赤ちゃんは怖い病人である。母乳栄養児はことに怖い。母乳に抗原があっても母親の消化器系がごくごく微量に抑えている。そこへ経口負荷試験などやると10万から100万倍の抗原を与えることになり、下手をすると赤ちゃんはショック状態に陥る。免疫学的試験をばっちりやり、間接的に母親の食物除去試験で抗原を確かめる。2週間かかるという。
最終段階はそれを食ってみることだ。小麦の(母親の)経口負荷試験例にうどん1玉とある。お母さんがうどん好きだったら、先生のお許しが出たと涙がこぼれるだろう。母親とは辛いものだ。さてどのうどん屋にしようか。関東の少なくとも私の近くには四国系のチェーン店だけしかない。関西には出汁で勝負をするうまいうどん店が今もある。京都の大学病院の近くの奥まった場所に老舗があった。私は大変気に入っていたが、半世紀も昔だ、もうやっていないだろうなと、しばし脱線を楽しんだ。
治療は食事療法が基本で、それに抗ヒスタミン薬、ヒスタミンH1受容体拮抗薬による対処療法を挟む。抗原性食品の制限は最小限であるべきで、生体の耐性発露に合わせてどんどん緩和する。肉体は微妙なもので、体調はもちろん食事後の運動にまで症状が左右される。風邪の時など敏感だそうだ。専門家を頼りなさいとある。先に記述の通り、乳幼児には成長と共に耐性がつく。こわがって過剰制限の上さらにそれを継続する(ヤブ医がよく落ち込むパターンらしい、そうは書いてないが)と、アレルゲン過敏症に陥る。食べるようにするための食事療法だと繰り返してある。
インスタント調味料の成分は外の人間にはブラックボックスだそうだ。著者は食物アレルギーの観点からインスタントものを排除している。昆布、鰹節、椎茸から出汁を取れとある。明確なのは、インスタント調味料には、たっぷりグルタミン酸ソーダ所謂味の素が含まれていることだ。ソーダ(Na)分は高血圧を促進する。子どものアレルギー対策に使用を止めたら、副次効果として家族全員の血圧が下がったという臨床例が示してある。お米を主食とする新鮮な野菜、魚、肉類、大豆製品の食事にして、アレルギーから患者を守る。何だ、和食がいいと云うことか。
米飯はどんな副食でも合うという別のメリットがある。そう言えばビフテキでも酢豚でも白飯がついていると和食感覚で食っている。カロリーで行くと50%以上70%ぐらいを主食から摂るのがよいそうだ。米飯ではそれができる。1日30品を実行せよ。動物性食品は多くても2-3品にしかならないから、野菜を摂れと云うことだ。肉より魚がいい、もっと効果的なのは揚げ物を減らすことだ。最後のセンテンスは、今まで触れなかったもう1つの因子・必須多価不飽和脂肪酸の摂取法と関係する。不飽和脂肪族炭化水素基の中の二重結合の位置によってn-3系とn-6系に分けられ、前者の代表がリノール酸、後者の代用がα-リノレン酸である。その比率は1:2ぐらいが望ましい。植物油は極端にn-6が多いものがあり、また肉も多いのが普通だ。魚は逆である。エスキモーと同じ緯度に住むデンマーク人を疫学的に比較した資料がある。エスキモーが食う海獣は魚と同じn-3リッチの脂肪をつけている。エスキモーには、アトピー性皮膚炎、喘息、心筋梗塞いずれも低いが、脳出血は幾分高いそうだ。

('12/10/28)