四季の地球科学

尾池和夫:「四季の地球科学〜日本列島の時空を歩く〜」、岩波新書、'12を読む。なんだか漠然とした表題だが、著者は元京大総長とかで、久しぶりに大づかみの科学を聞けるかもと期待して本書を買った。
私にとって旧暦はまことに興味ある存在だ。日本文化がそれに乗っているという現実も一つの大きな理由である。お月様とお日様のどちらにも顔を立てて、太陰太陽暦が成立している。そんな事は起こりようがないと諦めてはいるが、もしも日本が世界に覇を唱える時が来たら、全世界をこの旧暦に戻すのもいいなあと思う。太陽暦の閏日では年が過ぎたという実感が少ない。19年に7回ほどという閏月があったら、年齢の区切り目を噛みしめることが出来よう。グレゴリウス暦は確かに簡単明朗で、間違いようがないように出来ている。毎4年の閏年、ただし100で割り切れる西暦年はパス、でも400で割り切れるときは閏年。だから2000年も2012年も閏年。
旧暦の太陽は二十四節気に顔を出す。新暦の同じ日に夏至や立冬が出てくるから何となく判っていた。ちなみに次の節気は秋分の日9/22だ。知らなかったが、二十四節気の決め方に2通りの方法があって、昔は日にち間隔を一定にしたが、天保暦にいたり黄道を24等分する方式に変わったという。すると近日点と遠日点ではスピードが違うから冬と夏では間隔が違ってくる。このHPで何度も出たが、1日を夜と昼にわけそれぞれを6等分する不定時法は、生活感覚にぴったりの時間分割法で、この方法だったら夏時間など考えなくて済む。労働者を夏だけ同じ日当で働かせて冬は休むような、悪徳経営者も出てくるかも知れないが、旧暦の味には捨てがたいものがある。
筆者は日本文学に詳しい。折に触れての引用は夏を意識したものが多く、出版期に合わせてある。ただの引用ではなく科学的解説を伴うのは流石である。視野も世界的で、安定大陸文明の輸入に始まった変動帯の日本列島に必要な、気象庁から独立の地震火山庁設置の提案などは意味ある深さを持っている。阪神淡路大震災の教訓を受けて地震計設置が進められ、通信広報のシステム改善で、東北大震災では、P波観測後、8秒後、地震発生の31秒後には一般向け速報が発信された。陸地大揺れの10秒前という。
いかほど役立ったかは、また役立てるための方法改善については、本書の範囲外となっているが、中央からの発信がともかく出来るようになったことは、科学者の弛まぬ努力の賜である。対策は立てられなかったが、遡上高15.7mの津波が福島第一原発にたいしてすでに試算されていたそうだ。一般への周知徹底方法も改善されつつある。防災の日に家内の携帯に訓練警報が入った。私のには入らないのでNTTドコモに問い合わせたら、機種が古いといなされた。そんなこともあるが、進歩しつつある。砂漠を行くシルクロードの要所要所のオアシスが、活断層の破砕帯を通って水が湧き出ている現象だとは知らなかった。
伊能忠敬の日本地図「大日本沿海輿地全図」の中図には緯度が入っているそうだ。佐原の記念館で何度も見ているはずなのに、はっきりした記憶がない。グリニッジの子午線ではなく、幕府京都改暦所という天文台を基点としている。歳時記と云えば今は俳句の季語の字引ぐらいに思っているが、中国から奈良時代には伝わっていた。日本のものになって歌詠みに重用されるのは平安京以来だろう。日本文化の物指しの基準が京都に置かれてきたことは事実である。季語でもだから地方に行くと少々のずれを生ずる場合もあるらしいが、それはそれで約束事として通用させてきたらしい。
いにしえの和歌の世界からはどちらを眺めても風光明媚な京都を偲ばせるのだが、実際には東山連峰も、清水寺の裏手も禿げ山が並んでいたというから驚きだ。緑に覆われた麗しい山々は明治以降の植林によると云う。戦後間もない頃の貴船神社に至る両脇の山々は丸裸だった。だが数年前に通ったころには杉の植林が行き届いていて、緑一杯だった。素人目には地肌が露出した斜面に比べれば、はるかに保水土砂流出防止に植林は役立っているように見えるが、本書にはそうばかりとは云えない面が指摘してある。自然が地固めして出来る雑木林よりは欠陥が多いことは判る。
秋は菊と紅葉だ。菊は音も訓もキクだ。文献に菊が現れるのは平安朝からで、中国から持ち込まれた花だからとある。私はそれが帰化植物であったとしても、菊が住み着いたのはヒトより遙か先だったと思う。ただありふれた花だから普通の野花のように特別の名を持っていなかっただけだろう。近所にノコンギクらしい野菊がもう半月ほど前から咲いている。私がよく参照するインターネット図鑑・植物雑学事典(岡山理科大学 生物地球学部 生物地球学科 植物生態研究室(波田研))には日本固有種とある。菊がなかったはずはないと思う。紅葉はイロハモミジあるいはイロハカエデあるいはタカオモミジだ。こちらは紅葉(コウヨウ)で、イチョウやポプラが黄葉(これもコウヨウ)である化学的な理由が説明してある。要は主たる色素の相違。鮮やかな紅葉になるには一度冷え込みを経験せねばならない。なぜかまでの説明はない。
最終章「日本海と日本列島」は本書の白眉である。太平洋の真ん中にハワイ列島がある。それが太平洋プレートのホットスポットで、遙かカムチャッカ半島に向けて、その繋がりである海山列が伸びていることは知っていたが、これが日本列島生成理由を教えているとは知らなかった。海山列は中央で方向を真北に転換する。カムチャッカに近い方が古いのだから、プレートは4300万年前に北西に移動方向を変えたことになる。大陸側プレートに太平洋プレートが潜り出すと、大陸側の縁が丁度鉋の刃のように働いて、太平洋プレートの表面を削り取りそれを地上に巻き上げる。それが日本列島だとある。日本海は大陸プレートが縁で持ち上げられた分凹んで出来たのだろう。日本海が外海と繋がったのは1600万年前だった。
中央構造線は九州から四国紀州を経て糸魚川−静岡構造線にぶつかって終わる。愛媛県の砥部衝上断層の見学に出かけたことがある。砥部川が洗ってくれたために露出している。なぜか中央構造線より北には活断層が群がっているのに対し、南では数がごく少ない。平野や盆地は断層と断層の間を自然が埋め立ててくれた土地だとある。日本の歴史を育んだ京都、大阪、奈良の平地部が、ことごとく活断層に取り囲まれるようにして存在する。仏教の無常思想が浸透したのも道理だ。糸魚川−静岡構造線を中心に日本列島は弦を絞るように変化しようとしている。
日本の年平均気温は1.15℃/100年の割りで上昇中だ。つい2年前までは政治家もマスメディアも口を開けば温暖化防止だった。火力発電所排出の炭酸ガスなどは眼の敵だった。鳩山首相は大削減公約を世界に向かってアピールした。でも今では温暖化の温の字も出てこない。今は口を揃えての原発ゼロである。裏返せば火力発電大歓迎だ。地球では6500万年前に直径10kmの小惑星の衝突を受けて恐竜が絶滅した。その頃は今より20℃も高かったという。これぐらいのスケールが考えると地球は確実に冷えているそうだ。生命ほぼ全滅の事件は地球史上何回も来ている。「途方もない事件が我らの息の根を止めるかも知れない。炭酸ガス排出ゼロ、原発ゼロなど小賢しい発想は止めて自然に生きたらどうだ。」とも思ってしまう。
クルーズ船に乗ると朝の放送で水温が告げられる。真冬でも黒潮は20℃を超す。海水循環力は風から貰うが、自転の影響で黒潮の流れは太平洋西岸で強い。親潮が寒流で黒潮とは逆に反時計回りで旋回し常陸沖で黒潮とぶっつかる。栄養分が黒潮などより何10倍何100倍多いからプランクトンが豊富で、イワシなどの小魚にはもってこいの海流だ。そこで鰹が登場する。鰹は温かい海水が好きだ。冬は南で寒さを避け春に黒潮に乗って北上する。だから初鰹は赤身が多い。秋鰹は親潮の戻り鰹で、たっぷり栄養を取ったために脂肪が増えているから、また格別の味になっている。

('12/09/18)