台風の科学
- 上野充、山口宗彦:「台風の科学〜発生・発達のしくみから地球温暖化の影響まで〜」、BLUE BACKS、'12を読む。台風シーズンに合わせた出版なのだろうが、皮肉にも本州にはまだ台風が現れない。本HPの「気象学入門」に学としての台風を記述している。でも書いてから1ヶ年も経ると、中身の記憶は抜けてしまっている。別の著者による本を読むのもいいことだと思って本書に取りかかった。
- 台風発生の原理は、水蒸気の潜熱放出による周囲空気の加熱と上昇だとある。実際には上昇気流中の水蒸気が過飽和状態でしばらく滞在し、結構周囲が冷たくなってから凝縮するために、温度が上がり空気の上昇を加速するのだろう。伊勢湾台風の実測では高度11-12kmで周辺とは20℃も温度が高い暖気核を生じた。ハリケーンの観測では暖気核の直径は100kmもあったそうな。熱気球のような姿をしている。1万mも高いと地上より40℃は低いから20℃の大気塊で「熱」風になるのではない。温度と飽和水蒸気圧の関係から云ったら、大半の凝縮は下層で起ころう。あとは断熱膨張だから、成層圏近くに周囲よりは高温の核が出来る意味は分かる。
- 台風の構造を自由面のある水攪拌槽で考えてみた。最もシンプルに円筒中心にパドル翼が回転しているとしても結構台風のモデルになる。円筒内の中心付近にはパドルと同じ回転速度の水のコアが出来る。そこは穏やかで台風の目に対応する。パドルの上端あたりが台風の上限である成層圏か。パドルが水を掻き出すから、本書に云う2次循環が出来る。上部でアウトフロー、下部でインフローが起こっている。地形を縮小した水力学モデルを攪拌槽の代わりに用いれば、災害予測に役立つだろうか。だが水を使った実験では、流動をシミュレートできても浮力とか気圧を模擬できないから、限界がある。スパコン「京」時代では、もう水力学モデル実験は時代遅れなのだろうか。「無限」要素解析風にスパコンを走らせるのだ。いろいろ思ってみるのは楽しい。台風系に働く因子は、気圧傾斜力、遠心力、コリオリの力、浮力発生力、流動特性だろう。コリオリの力はよく説明されているが、工学部専門課程第1学年で学ぶ厳密解は難しい相手である。これらが重なり合って、乱流の乱流という複雑構造の空気流を生むのであろう。
- 台風発生の環境因子として6つ挙がっている。いずれももっともだ。コリオリの力は赤道付近ではゼロだからその付近では発生できない。偏西風が強くて渦を吹っ飛ばすような条件では台風は出来ない。北東貿易風と南西季節風が擦れ合うモンスーントラフは絶好の位置だ。つまり水平方向の速度勾配は渦発生にもってこいの条件だ。台風のdriving forceは水蒸気潜熱だから、水温が深くまで高温な海水面上がいい。これらはアバウトの必須条件だが、台風の引き金になる局所条件が別途存在する。熱帯波動、気象擾乱、上部寒冷低気圧などいろいろ書いてはあるが、この研究は1時間1kmと言った範囲の偶然性に支配される観測対象だから遅々として進まない。言い訳が挙がっている。でもNHKでかってアメリカでの竜巻現象、落雷現象を追い求める研究者の姿を映し出していたが、その通りで、出来ない理由を数えず、何が何でもその下や上空に出て観測しようとする意気込みが必要だ。
- 台風に供給される潜熱と顕熱を地表面摩擦によるエネルギー損失と等しいと置いて試算すると、現在の平均的な熱帯の大気条件では最大でも900hPa弱相当の風速(10分平均60-70m/s)だそうだ。昭和の最大台風・室戸台風は912hPaだった。台風が勢力拡大する要因の1つに暖水渦との遭遇を上げている。数百kmもの広がりがあるそうだ。海面通過後の海水温度は低下する。熱供給のためよりも水温躍層より下の海水が上層と混合されるためである。台風の眼が二重になっているときがある。内側のアイウォールの外側に2つ目のアイウォールが出来、次第に世代交代して行くという。地表面摩擦による大気の収束により供給される水蒸気が外側アイウォール形成に消費されて、内側に行き渡らない現象という。
- 台風の広がりはせいぜい2000km程度だ。もっと大きく例えば北西太平洋規模で考えると、ときには5000kmに及ぶ台風大距離移動のメカニズムが見えてくる。太平洋高気圧の縁で時計回りの進路を取り、偏西風に乗って急に速度を速めるといった事象にぶち当たる。大規模な大気の流れがない状態にあっても、絶対渦度保存の法則に基づくベータ効果により、北西方向に時速10km程度の早さで動くという。絶対渦度とは聞き慣れぬ言葉だが、自転による惑星渦度と地球に乗って動く我々の感じる相対渦度の和だという。台風は非対称で軸だって傾いていることがある。中心の移動経路はだいたい高度5500mに対応する500hPaのそれに一致する。対流圏上中下の平均経路はもっと正確に対応するという。
- 台風は細かく見ると中心にたいして非対称である。東と西ではアイウォールの降雨量が違う。アイウォールの外に大きな渦巻き状の降雨帯(スパイラルレインバンド)が存在する。前者は鉛直シェアとの関連で説明された。向きの前方少し左側に強雨帯を作るという。スパイラルレインバンドの動きは複雑でダイナミックだ。アイウォールの外に50kmまでの幅の積乱雲の帯が出来、台風上昇流などの乾いた空気の混入で、雨滴の再蒸発が起こる。気化で冷やされた空気のダウンドラフトが海面に広がって、コールドプールという降雨帯を作る。数値実験が証明するメカニズムだそうだ。
- この半世紀の気象観測手段の進歩はまことに目覚ましい。赤外、可視光、マイクロ波によるリモートセンシングは海面、雲の表面、雲中の氷物質の温度、量から動きまで捉えるから、台風の規模、移動の予報を正確にする。残念ながら北西太平洋域では行われていないが、ハリケーン地域では無人偵察機にGPSドロップウインドウゾンデまで積んで精密観測しているという。1回の航空機観測費用が8万ドルで、精度向上による被害対策費の減少が十分ペイするという。洋上の衛星観測しかデータのない地域では、経験則ドボラック法に基づく推算が可能だ。衛星の種類が書いてある。静止衛星、極軌道衛星、太陽同期衛星、太陽非同期衛星。後2者の働きについての紹介はない。
- 本書に云う通りナヴィエ・ストークスの式は大気流動の基本方程式である。でもこの式の厳密解は簡単にはえられない。扇風機で涼んでいる私の回りを解析せよと云っても、かなり精度を落とした近似解すら出て来るかどうか怪しい。風洞実験の方がましだと思っている。ましてや地球表面全体の大気を、たとえ対流圏だけに絞っても、絶対に正確な解は出てこない。基本式にはさらに熱力学方程式もあるし、過渡現象を現す式だって入ってこなければならない。こんな場合の常套手段の、工学で要素解析と云っている手法は、気象学では地球の大気を20km立方体に小分けした格子点と考え、その立法体内は同じ物理量を取ると仮定し、点と点の相互作用を計算する方法で適用する。微少時間ごとにその変化を追っかけて、5日先まで予報する。20kmごとの観測データを常時備えることは出来ない。怪しげな初期値で進めねばならぬ。台風は100m離れた位置でさえ仰天するほど構造が違っている。考えなくても気象庁は大変だ。でもよくしたもので、アンサンブル予報という手段がある。初期値や定数をリーズナブルな範囲でいじくってみる。世界各所のセンターの予報を平均してみる。ここ30年ほどの間に、進路予報は少なくとも倍の精度になったという。
- 伊勢湾台風は5000人を超す行方不明者を出した。だがあれ以降1000人を超す被害をもたらした台風はない。台風にたいしてさえ、人の英知と努力が被害を圧縮している。大震災により原発事故が起こった。人の歴史は、もうgive upだ、原発をやめようではなく、原子の火の恩恵を暴走させずに頂戴する工夫をさらに進めようとするのが正道だと云っている。原発ゼロ絶対組は外国に移住することだ。伊勢湾台風の特異な点は高潮が満潮時に重なった処にある。この地域は東海トラフ大地震の想定でも大型災害の中心になると指摘されている。最も政治力が発揮されなければならぬ防災重点地域で、伊勢湾台風以降どれほど改善が進んだか、それこそ得意の数値モデル実験で検証して貰いたいものだ。大阪維新の会を巡って県知事と市長が喧嘩している時期ではない。
- 地球温暖化の影響が最後の章を占める。20km大気大循環モデルのシミュレーションによると、熱帯低気圧発生数は地球全体では100年に30%ほどの割で減少する。ただし我らの北西太平洋領域でどうなるかは判らない。数は減るが巨大化する。一方台風には30周年周期という自然変動が経験的に知られている。今はそのボトム期だ。この夏は本州に接近した台風はなかった。今16号が沖縄へ近づきつつある。小型だ。100年に0.68℃という温暖化の影響も心配のタネであるが、原発同様怯んでは終いだ。
('12/09/13)