佐々木昭一郎作
- NHKオンデマンドでドラマ「さすらい」を見た。90分の長編だ。佐々木昭一郎の脚本・演出とある。私は知らない人だが、オンデマンドには、ジャンルのグループの中に、向田邦子、松本清張とこの人だけが個人名で入っているから、相当な売れっ子なのであろう。Wikipediaに紹介されている。本作は文化庁芸術祭テレビドラマ部門大賞、芸術選奨新人賞受賞というから間違いなく芸術作品なのだ。
- 初めに孤児院に手を引かれて行く子どもの姿があり、兄弟の記憶が2歳までだと語られる。終わり近くの場面が何人もの保育箱の中の幼児だ。最後に「どこかにいるはずの姉、どこかにいるはずの兄、どこかにいるはずの妹、どこかにいるはずの弟、ここじゃないほかのところ、この人じゃないほかの人、今ではないほかのとき、自分ではないほかの自分」というナレーションが入って、まだ20代に手が届かぬはずの主人公ひろしの、全編にわたる謎めいた放浪が、やっと自分のアイデンティティを探す旅であると理解できる。
- 今から41年昔の、場末と云っていい風景の連続だ。目玉は、気仙沼の「はみだし劇場」移動演劇グループの路上公演だ。本物が演じたらしく、目を見晴らされた。トラックから降りた役者が突如店先で、「お控えなすって」からどこまでが挨拶でどこからが寸劇なのか判らぬ芝居をやる、周囲が度肝を抜かれている様はまさにその通りだろう。ガソリン代と称して集めるが、見物料を払うものはごく僅か。路上突然は困ると、お巡り数人に囲まれる。彼はこのトラックに便乗して移動する。彼とて飯は食わねばならない。看板屋で働く、サーカスで働く、どこで働いても真面目で親方先輩同僚などの受けがいいが、自分探しが止められない。最後の場所は下北半島の三沢基地のようだ。氷屋を手伝う。軍人家族の家や米兵相手の飲み屋などがお得意さんだ。飲み屋街の安っぽく寂れた情景は今の日本では想像が出来ないが、確かにあんな姿もあった。海岸の廃漁船が漁村の荒廃を物語る。駅に集まるばあさんたちが居場所がない、誰も来ないと嘆きあう。佐々木さんとは暗い方を強調する社会派の脚本家だったらしい。
- 次いで「NHK特集 川の流れはバイオリンの音〜ポー河・イタリア〜」を見た。佐々木昭一郎作・演出の80分ドラマで31年前に放送された。ドラマ「川」三部作の第1作とある。
- 私はポー河を直に目にしたことがない。映像で見るポー河はなかなかの大河である。川舟の風情がいい。船頭は立ち漕ぎだ。それも手による押し漕ぎ。先日ミャンマーの水上民族が立ち漕ぎを見せたが、それは片足をオールに絡ませて漕ぐ足漕ぎだった。我々の伝統的漕法は、艪でカーマン渦をつくる立ち漕ぎだから、ところ変わればやり方が変わるいい例だと思った。あるいは確かに人は考える葦だとも、だっていろいろ漕ぎ方を工夫するから。
- 物語の中心となる場所はその畔のクレモナという小さい町だ。バイオリンの名器ストラディバリウスの故郷である。この春にちょっとセンセイショナルな記事が新聞に出た。現代科学装置による音響学的研究では、ストラディバリウスは一番の名器とは云えないという。でもこのドラマの時代にはそんな科学的雑音はなかったから、世界の音楽家やバイオリン制作者にとっては神聖な場所だったであろう。バイオリンの工房がいくつか出てくる。薄汚く狭い職人の木工工作部屋という雰囲気だ。楓の木、蜜蜂の蝋。ストラディバリウスのころのバイオリンの材料だ。後者はニスの材料で手に入るが、前者はもうポー川の周辺にはない。幾何学的な植林の風景が映し出される。
- 主人公はピアノの女調律師・栄子である。中尾幸世がやる。私は知らないがその道では知られた音楽家らしい。不注意で毀したバイオリンを直したくてやってきた。名器だと思っていたが、100年前にクレモナで作られた偽名器であった。彼女は周囲を覆う音の世界に、町の雰囲気に、引き込まれて行く。交流の輪から住民の生活が浮かび上がる。まだロシア捕虜の経験のある老人が生きていたころであった。
- 現在もそうであるかどうか疑わしいが、当時のイタリアは、酒場のシーンに描かれたような人情の濃い社会が生きていたらしい。いろいろイタリアと日本の間の違いに気がつく。日本では昔々炭火を入れた鉄器でアイロンがけをしたが、このドラマでは炭火の代わりに焼いた鉄の鋳物をアイロンの中に入れるシーンがある。日本ならこのドラマの頃はとっくに蛍光灯時代に入っていたが、まだタングステン電球がイタリアでは幅を利かせていたらしい。彼女は1年をかけて、バイオリンのミニチュアを作り、本物の製作に挑戦する。
- 特別の事件が起こるわけでもなく、恋愛物語でもない、ただ音を中心にポー河の畔をスケッチしたというドラマで、プロ好みの文芸作品と云ったらいいのだろうか。
- 第2部は飛ばして第3部の「ドラマ 春・音の光〜川(リバー) スロバキア編〜」を見た。NHKとチェコスロバキア国営放送との共同製作とある。この放送は'84年、スロバキア独立は'93年である。話は旅人のピアノ調律師・栄子がドナウ河を舟で遡って、今の首都ブラチスラバに至るところから始まる。昔ハンガリー王国の首都であった歴史のある古都だ。私はオーストリア、ハンガリーまでは旅したが、スロバキアには足を入れたことがない。ちょっと調べてみる。二次大戦後ドイツ人がほとんど完全に強制追放され、ユダヤ人のコミュニティも消滅した。元々ハンガリー領であったから、マジャール人は今も人口の10%を占める。スラブ系もスロバキア人以外にチェコ人やクロアチア人そのほかが混在している。そんな複雑な民族分布はこの番組には出てこない。「川」「音」「人」の叙情詩的な物語である。
- 現代は工業国に向けて離陸したようだが、28年前のスロバキアは明らかに農業国だった。彼女が滞在する村の風物に目がとまる。ウシやヒツジの牧畜業が中心らしい。鉄道は敷かれているが、村人の移動運送手段は家畜であり人力である。耕作もそうだろう。衣食住とも貧しい生活だ。大きな教会の建物がある。壁画が薄れかかっている。中には椅子もなく牧師も出てこない。だが2階にパイプオルガンがあって、風を送るための手動レバーがついている。老牧夫は満足に鞭を鳴らせない間は、娘を嫁にやらぬと婿候補に冷淡だ。その結婚式の簡素だが気持ちに満ちた祝賀の様子をさわやかに流す。婿は式を挙げて直ぐに兵役につく。義務兵役の国らしい。民族楽器にフヤラという木管楽器が出てくる。牧夫が手製で作っている。長短2本の木管を合わせた楽器で、柔らかな音色だ。長管は2mはあるから低音もよく通る。フヤラの木の幼木を植えるシーンがある。娘が生まれたら、将来の嫁入り道具のために、桐の幼木を植えた習慣を思い出す。民族楽器のバイオリンが出てくる。ニス塗装のない白木作りの、我々が知っているバイオリンとは異なる、琵琶の小型といった外観だ。
- 遙か中欧の見知らぬ国への、タイムスリップ付きの模擬旅行であった。
('12/05/26)