国鉄技術陣−青函トンネル

青函連絡船にも宇高連絡船にも乗った経験がある。前者には昭和29年、後者には昭和28年の夏休みに初めて乗った。前者は青函トンネルに、後者は瀬戸大橋に置き換えられて久しい。宇高連絡船は全く姿を消して、思い起こすよすがが無くなっているが、青函連絡船は、函館港と青森港に1隻づつメモリアルシップとなって残っている。洞爺丸の遭難事故がそうさせたのだろう。宇高連絡船にも次の年に紫雲丸沈没事件があったが、死者168名と今なら大変な事故だが、洞爺丸は1桁多い死者を出していたから、連絡船事故としては洞爺丸に隠れて忘れられかけている。
小説やドラマになったが、最も有名なのは、伴淳三郎が刑事をやった内田吐夢監督の「飢餓海峡」だろう。本HPの「飢餓海峡」はその感想である。4時間ほどの乗船で、対岸に着く。船に乗ったという満足感を与えてくれた。なお船の科学館にも青函連絡船が展示されていて、乗船模様を示すジオラマなどが楽しめたと記憶するが、改めて調べてみると、この船「羊蹄丸」は、四国の新居浜市に移籍され、そこで展示されると知った。青函トンネル工事も映画の舞台になっている。私が見たのは、高倉健主演の森谷司カ監督「海峡」である。ヒロインの吉永小百合が、飲み屋の女を演じて好評であった。彼女に「耐える女」のイメージが固着することになった代表作だったと思う。
ちょっと前話が長引いた。これ以下は内橋克人:「新版 匠の時代4〜国鉄技術陣「0標識からの長い旅」〜」、岩波現代文庫、'11の「第U章 「トンネル男」たちの岬」に対する雑談である。今なら調査の第1歩は、探査船「ちきゅう」に目標地点へ来て貰い、海底の岩盤構造を得意のドリルで深部まで掘削してサンプルを取らせる。あとは地質学者の分析に委ねると云ったところと想像する。当時は文字から判断すると、何か潮干狩りで貝を集めるスコップの親方のような道具を、チャーターした漁船に引っ張らせて海底の岩屑を集めて分析サンプルにしたらしい。ドレッジングと書いてあった。それでも3本だったかの大型海底断層を見出している。
日本は断層だらけだ。地震の巣だといちいち怖がっていたら日本に人は住めない。我が家がその上にのっかっていることは許せる、だが原発は許せないと反原発論者は考えるようだ。ではダムは許せるか、海底トンネルは許せるか。私は反原発など身勝手な論理だと思っている。5/6の毎日に、福島から「自分の問題として(原発を)考えて」という発言が掲載された。電気が必要なら東京に原発をと言う。嫌なものだけ地方にもって来やがる、と言う発想はこれが初見ではない。多分地元では有力な世論の一つになっているのだろう。でも読売の社説にあったように、農業所得は6割が補助金で、残りの4割も、例えば米では800%近い関税障壁のおかげの収入だから、本当に自由化すれば農家は今の1/10の所得にしかならない。補助金の基となる税金は、大半が大都会の消費者からの上がりだ。今回震災の救援で大活躍した、10万の自衛隊員をサポートしているのもこの国税である。復興援助金もこの税金だ。日本が小さな独立国家群に分解したとしたら、どれほど地方が困るかを考えてみよう。どれをとっても反大都会、反原発は成り立たない。
ちょっと深刻な方へ脱線したが、この話の引き金は、本書の海底トンネル工事における大出水事故に関する記載である。裕ちゃんの「黒部の太陽」を見ているから、破砕帯にぶつかったら大事件になることは感覚的に判る。破砕帯は断層運動により岩盤が壊れた幅広い通水帯である。トンネル最深部は海面下130mの海底からさらに100m下にある。黒部と違うのは水圧だ。20kだったという。海とつうつうの破砕帯であったようだ。出水は北海道・吉岡側の作業坑で起こった。トンネルは平行して3本が掘削されていた。最上部が作業坑、次が本坑そして先進導坑である。作業抗は資材運搬等物流のためのトンネル、本坑は新幹線含みの鉄道用だ。黒部でもこの2本があった。しかし先進導坑は長距離海底トンネルであるがための工夫で、本坑の先回りをして事故を予防するパイロット・トンネルであった。にもかかわらず出水はより海底に近いためか作業坑で起こった。手探りで複雑な地形を掘削する工事の宿命だったのかも知れない。
パイロット・トンネルかてむやみやたらに掘り進むのではない。先進ボーリングで先の先まで地層を探りつつ掘るのである。先進ボーリングはおいおい進化して1.4kmの先まで届くようになっていたそうだ。先行先行で地層にあった工事法を考える。高水圧の湧水を、セメントミルクや水ガラスの岩盤注入により、全体を耐水性巨大固体化することにより、回避できるという技術開発で本坑掘削の決心がついた。この半人工岩盤が、トンネルのコンクリート厚みを、通常のものと変わらぬ程度に抑えてくれているそうだ。土建資材の話はよく知らないが、セメントミルクとはセメント+水で、しゃぼしゃぼ状態で打ち込むと、セメントがだんだんと水和して体積膨張しつつ隙間を埋めるのだろう。反応速度の調節剤も使うのだろう。水ガラスはさてどんな働きなのだろう。
多量出水による浸水から守ろうとしたのは最下部の先進導坑である。このトンネルには傾斜がついていて、3トンネル全部の浸水を排水するためのポンプ室が最深部に設けられている。ポンプが使えなくなったらそれまでの工事は全部お釈迦だ。だから3トンネルの連絡道をまずセメントでブロックした。セメントは上述の通り水和により膨張するから、ブロック剤としては適当だ。湧水速度が80t/minだったとある。多くても30t/min程度と計画していたからとんでもない結果になった。現場のトップは本坑をダム代わりに使った。幸運にも水勢が落ち着きポンプ室は水没を逃れた。復旧後のポンプ容量は100t/minまで大型化された。
私は原発事故でたちまち反原発を言い出す人にこの本を見てほしいと思う。技術とは積み重ねてこそ値打ちがある。未曾有の損害を被ったが、今度の事故で得られつつある技術の蓄積は価値の高いものだ。野田首相訪中の際に中国が珍しく丁重な姿勢で、技術に色目を使ったのを見落としてはなるまい。反原発論者は技術とか科学の進歩が、犠牲と忍耐の上に築き上げられてきた歴史を少しも理解できない。それを活用できてこそ、近代人なのだ。
詳しい記載がないが、青函トンネルでも掘削は発破と削岩機ぐらいだったようだ。水島製油所の海底トンネル掘削事故が今年の2月に起こった。トンネル直径より大きい回転式の大掘削機が岩をごりごりとけずってゆくのが今日的工事である。あの掘削機の現物を見たことはないが、もう何度もTVでは見ている。今はどうか知らないが、かっては確かに日本が最先端を行っていた。鑿と槌だけだった江戸の鉱山から150年で、技術はこんなにも発達した。事故が起こったからすぐギブアップでは、ほかに進歩を心がける国がある限り、置いてけぼりの後進国化が必定である。反原発の方々はここのところをよく考えてほしい。

('12/05/07)