病の起源
- NHK SP 「病の起源」全6集をオンデマンドで見た。どれももう配信期限ぎりぎりだった。水準の高い教養番組であった。放映されてから4年目になる。新事実新情報はいろいろ加わったであろうが、まだ番組の結論を修正する必要はないであろう。
- まず「睡眠時無呼吸症〜石器が生んだ病〜」。250万年前に石器を使い始めてから、人類は肉を石器によって食いやすく加工出来るようになり、顎骨の退化をもたらした。そのために舌が円形断面となり睡眠時には気道を圧迫し、無呼吸症を引き起こす。重症になると、一晩に数百回の無呼吸時があり、合計の無呼吸時間が5.5時間に及ぶ場合もあるという。血中の酸素濃度低下により、心臓は激しく鼓動し、血栓を生む可能性を増大する。他方顎骨の退化は、言語を創生し、人類進化の基本原因となった。言語は、舌を自在に変形出来るようになったことによる功徳である。
- 「骨と皮膚の病〜それは出アフリカに始まった〜」では、人体内で産生するビタミンDとの関連で話が進む。330万年前にはチンパンジーのように白い肌で毛深かった人類が、250万年前では薄毛になり、体温調節に有利になるが、過剰の紫外線の害を防ぐために、メラミンを皮膚に張り巡らすようになる。紫外線は皮膚のコレステロールをビタミンDに変化させるが、葉酸を破壊する働きもある。ビタミンDはカルシウムを骨に取り込むのに大切な役割がある。葉酸は妊娠時に特に必要だ。20万年前にアフリカに我々ホモ・サピエンスが誕生し、5万年前からアフリカを出て全世界に広がった。各地先住民族の肌色は、その間に輻射日光や環境と折り合いを付けた結果である。グリーンランドは、本来は白人しか適応出来ない日光の弱い地帯だが、イヌイット族は、アザラシの肉からビタミンDを摂取することにより、黄色人種でありながら生活出来るようになった。
- 白人種はヨーロッパ全域に拡散出来るようになるまで2万年を要した。アジアに出た人々に比べ進出が遅かったのは、一つは日光との折り合いを付ける、つまりメラミン色素を減少させるのに時間が必要だったからだ。髪や目からも色素が抜けた。ついでながらもう一つの理由は、旧人種ネアンデルタール人がすでに居住していたため、彼らとの競合があって、勝つのに1万年も暇取ったからである。これは最近のNHK SP「ヒューマン なぜ人間になれたか 第2集 グレートジャーニーの果てに」の説明である。ネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスよりはるかに強靱な肉体を持ち、知能程度も高かった。オーストラリアは輻射量から見ると赤道に近い地域は黒色、中部から南は黄色の肌が適切で、白人の生活には不向きだ。白人の2/3が皮膚がんに冒されるという。彼らは子どもの頃から皮膚がんとの戦いが始まる。イギリスに移住したインド人のイギリスで産んだ子供の、歯の発育の悪さが紹介してあった。親の肌が弱い日光をさらにブロックするから、ビタミンD不足の環境で生まれた。
- 「腰痛〜それは二足歩行の宿命か?〜」では、福島県立医科大学整形外科の原因調査が我々を驚かせる。原因の分かる腰痛は、僅かに15%と言う。椎間板ヘルニアとか脊椎疲労骨折とかはその15%に入る。600万年前に二足歩行が可能になった時、チンパンジーとの脊椎に決定的な相違が生じた。自在な身体のために脊椎の間に軟骨が形成されたが、その劣化が腰痛につながる。タンザニアの原住狩猟民や長距離選手を長年続けた人たちは、長期にわたり軟骨層をリズミカルに刺激し続けるために、永くみずみずしい軟骨を維持している。農耕の発明は習慣的な腰の負担の重い作業の継続により、中間脊椎を摩滅させる副次作用から逃れられなくした。近年にいたり、ストレスの腰痛との関係が立証され、治療に応用されるようになった。患者の3割がストレスに起因するというデータが積み重なっている。脳生理学的にも、実験的腰痛が視床を経由するのに対し、慢性の腰痛が、視床を通らず、高度の思考を司る前頭葉の活動として現れることが示された。
- 「読字障害〜文字が生んだ病〜」はかって見たことがある。MRI検査によれば、正常者は視覚野で文字を見、それを文字として認識し、言葉に直し、意味を認識する。障害者は言葉に直す39、40野が機能しない。言葉を使い出したのは160万年の昔という。文字はせいぜい5300年の歴史しかないから、特別の文字理解野を持たず、視覚とか聴覚とかの五感を総合処理する39、40野で関連付けを行う。読字障害者は欧米では10人に1人、日本では20人に1人という。この差は先天的なものか後天的なものか。特に解説はなかったが、私は後天的だと思う。象形文字は字の形で感覚的に、しっかり字画を辿らなくても、意味が分かるからである。読字障害の教授が論文のアルファベット文字をパソコンに打ち直し、PCに発声させて意味を読んでいるのは印象的であった。著名芸術家例えばピカソが読字障害者であるのは何か示唆的だ。MRI的には文字に遭遇した時、彼らでは感情に重要な右脳の働きが活発になる。
- 糖尿病がぜいたく病だとは誰もが何となく判っている。「糖尿病〜想定外の"ぜいたく"〜」はそれを指す。ここでもタンザニアのハザ族の映像が出てくる。彼らは人類発祥時代に近い狩猟採取生活を続けている原住民だ。食が得られればその日は幸運という生活に比して、現代の我々は間違いなく"ぜいたく"状態にある。糖尿病は肥満体型の人に多いという常識は欧米系の話で、日本での糖尿病患者や予備軍に当たる人の75%は、体脂肪率BMI=30以下の標準タイプだという。数千年に及ぶ食生活の相違は日本人をヨーロッパ人とは対照的にインシュリン分泌の低い民族にした。理由は脂肪摂取量だ。ヨーロッパ人のそれは中世ですでに1日60gだったのに対し、日本人のそれは縄文人時代からすでに低く、江戸時代に入っても19gだった。脂肪細胞に脂肪が取り込まれると、糖の取り込みを阻害する。糖が過剰に入ってきた時にさらに取り込むには余計にインシュリンを必要とする。でないと糖を血管内に滞留させてしまう。
- ヨーロッパに入った人類は、その地が穀物育成に適しなかったために、牧畜で生活を始めた。現在のヨーロッパ人は、数千年の糖尿病との戦いに勝ち残ってきた血統である。現在の日本の赤ん坊には糖尿病予備軍に入るものが増えている。10%と云う。これは母親がやせ願望で栄養摂取を抑えると起こりやすい。胎児に省エネのスイッチが入り、筋肉体重が低下するとともに、膵臓も矮小化してインシュリン分泌量の低い体質になってしまう。「小さく産んで大きく育てる」のが若い母親の理想のようにもてはやされた時代があったと思うが、とんでもない方向だったのだ。我らも肉食民族になって数千年経てば、血統淘汰によって、ヨーロッパ人並の体躯になるのかも知れない。
- 「アレルギー〜2億年目の免疫異変〜」は花粉症に関する最新の情報を伝える。2億年前に哺乳類の先祖が、恐竜の闊歩する中で生まれた。哺乳類は新たな免疫システムを身につけていた。旧来のものは細菌型免疫(旧型)だったが、それにIgE型免疫(新型)を付け加えたのだ。前者は細菌やウィルスに対抗し、後者は吸血ダニや寄生虫に対する防衛をマスト細胞の炎症物質放散を介して司る。ダニが血を吸う時は皮膚を溶かす酵素を注入するが、その酵素が免疫細胞を刺激しIgEを放散させる。それはマスト細胞表面に集まる。このIgEに酵素が捕まると、マスト細胞が破裂する。炎症物質を血とともに吸ったダニはショック死に至る。あるいは逃げ出す。寄生虫に対するメカニズムの説明はなかったが、同じようなものなのだろう。花粉症は、IgE型免疫細胞が花粉を給血ダニや寄生虫と間違える現象だ。
- 新生児は未分化の免疫細胞を持ち、それを新型あるいは旧型に環境に応じて特化して行く。花粉症体質の子は、発育時に、相対的により多くの新型特化の刺激を受けている。ウシやヒツジなどの家畜との接触の多い子は、相対的に旧型特化の割合が多いため花粉症体質になりにくい。兄弟が多いと、たとえ清潔な家庭でも兄や姉が旧型特化の原因物質エンドトキシンを運んでくるため、第1子が花粉体質でも末っ子はその体質になりにくいという研究がある。エンドトキシンは大腸菌などの細菌の表面を覆う物質で、細菌が死ぬとばらばらになって空中に漂う。家畜の糞にはエンドトキシンが大量に含まれる。エンドトキシン以外の原因物質も追々と発見されつつある。日本人では昭和30年生まれあたりから急激に花粉症が増大する。社会経済衛生の変革期と一致する。家畜が身近でなくなる時代である。
('12/02/01)