
- 芝山はにわ博物館に行った。芝山は成田から外房に向けて走った位置で、海岸の平野から少し山地に退いた位置である。丘の芝山公園の一角に作られている。公園の埴輪館は町立だが、もう一つ芝山仁王尊観音教寺の本堂の横に芝山ミューゼアムというお寺様式の博物館があって、実はこちらの方が展示物は立派で本物である。この町の代表的古墳の殿塚姫塚を早稲田大学の先生に発掘して貰った際の出土品が皆こちらに来ているのである。
- 大和政権の勢力がこの土地に伸びてきたとき、国造に渡来人を任じた。その子孫が長くこの地方を支配した。ひときは大きい殿塚姫塚は前方後円墳で昔からの部族は一段クラスが下の円墳に葬られた。殿塚姫塚の埴輪の男子は長い顎髭と山高帽に特徴があり、渡来民であることを示すという。国造(くにのみやつこ)とはここらでは郡司程度の勢力だったようだ。武射(むさ?、武蔵に通じる)国造という言葉が記憶に残った。
- 芝山仁王尊とは泥棒よけの信仰対象として民衆に信心する人が多かったという。大きな仁王で仁王門も本堂とは不釣り合いに大きかった。一旦千葉氏とともに秀吉の北条攻めの時に滅ぶが、江戸時代に復活したという。郡寺郡尼寺という言葉が説明に出ていた。廃寺が結構周辺にある。
- 公園散歩を入れて三四時間を楽しませて貰った。それにしても、はにわ専門の博物館二館が隣り合って建っているのは異常である。はにわだってそれほど多いわけではないし見て面白い作品なんて数体である。入館料を倍支払った感じだ。裏に何かがある、またはあったのだろうが、町の将来に禍根を残さぬようにしてほしい。
('97/08/12)