三菱電機の革命
- 内橋克人:「新版・匠の時代2」、岩波現代文庫、'11の「第V章 三菱電機の革命」を読む。三菱電機は強電屋としても弱電屋としても私からは遠い。新入社員として工場に入った時、富士電機の電動機が目立った。戦中の資材不足のころに富士電機の厚意を受け、以来その恩義に報いるような意味で購入を続けているというような説明を、購買の担当から聞いたような気がする。そんな系列的商売の時代だったから、三菱圏では、少なくとも強電あるいは重電に関する限り、三菱電機の殿様商品が幅を利かせていただろう。弱電代表の家電での三菱電機品は、過去から現代までを通じて、市場最強のブランドとはいえない。少年期にラジオ作りに夢中になっていた。だからせめて部品という形ででもでてきそうなものだが、三菱が頭に浮かばない。今、電機メーカとして売り上げでは日本第3位という。防衛産業のトップメーカーとも聞いている。さて会社にどんな革命があったのか。
- 重電の話は本書に出てこない。ただ1ヶ所クリーン・ヒーターの開発に際し、MHD発電の研究からアイデアを流用したとだけある。1500度の火炎を外気で作り外気へ排気するシステムに貢献したらしい。
- 肝心のMHD発電は、国家の大プロジェクトとして鳴り物入りで推進が図られたのにもかかわらず、超高温における電極腐食が解決出来ず、今はお蔵入りと云ったらいい状況になっている。ちょっと脱線するが、MHD以外にも高速増殖炉、核融合炉、核燃料再処理など巨大プロジェクトが次々と挫折するが、いずれも工学屋の目からすると、はじめから目途の立っていないネックポイントを抱えていた。工学屋の懸念を判っていない理学屋が、さらに判っていない政治屋を引き込んで、自分たちの大花火大会にしてしまったという印象である。高速増殖炉では、化学反応性に富む液体金属を大量に高温で扱う難しさであり、核融合炉では核融合時間と超超高温への対処法であり、核燃料再処理では高放射性物質のガラス固化問題である。他にもブレーク・スルーを要する問題を多々抱えているはずだ。民間から見れば、見通し如何に関わらず、予算が付くのなら何でも良いのだ。
- 私は忘れていたが、我が家でもふとん乾燥機を使っていたらしい。子どもの寝小便が停まるころお払い箱になったと家内は笑う。多孔質の表面を持つ布団型の風船に熱い空気を送るという、種を明かせば誰でも納得するアイデア商品だ。本HPの「高崎日帰り観光」に、太平洋戦争時6発の超大型戦略爆撃機「富嶽」が中島飛行機で計画されてたと書いている。その中島飛行機の工場跡に三菱の群馬製作所が置かれ、家電の拠点になった。ふとん乾燥機が開発されたときは万年赤字の工場であったという。群馬の続いてのヒット商品が、オーブンレンジ。
- 三菱電機の経営は各工場が独立採算制に近いらしい。今では量販店がいろんな会社の製品を扱っているから、消費者の比較の目は会社対会社になる。昔は小売店も系列で会社ごとになっていたから、三菱の店では三菱製品しか無く、戦争は自ずと工場対工場の関係になる。群馬は電子レンジを先行販売していたが、中津川製作所のスチームオーブンに後れを取り苦戦していた。私は厨房機器に不案内だが、スチームオーブンでは過熱水蒸気で焼くので、ガスオーブンや電熱オーブンと違って、酸素との接触を皆無ではないにせよ軽減出来るから、食品本来の風味を維持しやすい利点があるらしい。そこへ群馬はオーブンレンジを投入する。もうどこの製品だったか忘れたが、昔我が家にあったオーブンレンジのオーブン操作は電熱ヒーターによるものだった。トースターが忙しい時の代用に使う程度だった。三菱のは、内部をレンジで加熱し、そのままでオーブンで表皮に焦げ目を付ける事が出来る、画期的に操作容易な装置だったとある。新開発の心はターンテーブルにあった。琺瑯曳き鉄板とし、その形状と空間位置関係の調節で、マイクロウェーブによるターンテーブルでの渦電流を、極小に抑える方法を見つけたらしい。
- 空気入替機ロスナイの物語は楽しい開発史だ。紙の熱伝導率は低い。だが薄ければ結構熱を伝える。和紙を使うと水蒸気の交換も出来る。和紙は呼吸をすることを知っているのは日本人だけだ。夏場、冬場の閉め切った部屋の空気を外気と入れ換える時、出来るだけ熱損失湿気損失を防ぎたい。和紙を挟んで汚い空気と新鮮な空気を対流させる交換機がロスナイであった。夏のデータを引用しよう。戸外32度、室内26度のときに吸い込んだ空気が27.2度だったとある。1.2度の温度差になるまで冷やすとは恐れ入った。
- 我が家の電気機器をチェックしてみた。パナソニック、日立、東芝・・・といろいろある。今では電気掃除機だけが三菱製だ。過去に三菱のブラウン管型のカラーテレビを使っていたことがあったが、今の液晶型テレビはパナソニック製だ。三菱電機の中で家電の占めるウェイトはどんどん軽くなっているようだ。製造工場も子会社化されている。本書が世に出て33年、世の移ろいを思う。本書に描写された三菱電機の開発魂が、新規事業に存分に発揮されているのであろう。開発魂に関しては、有能な人材のアグレッシブな配置が印象に残った。攻めの姿勢の会社によく見られる体制である。
('11/12/07)