ガリヴァー旅行記 学者國の巻
- スウィフト:「ガリヴァー旅行記 第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリップおよび日本への渡航記」、平井正穂訳、岩波文庫、1980を読む。原作は1726年である。ラピュータとはどこかで聞いた名だと思った。Wikipediaの「ガリヴァー旅行記」の挿絵に巨大な「空飛ぶ島」ラピュータが入っている。宮崎駿のアニメ「天空の城ラピュタ」そっくりだ。ガリヴァー旅行記も第三篇になるとさほど著名ではなく、私もあるとは知っていたが内容は知らなかった。アニメの方では住人は死に絶えているのだから、スウィフトの「空飛ぶ島」の後日談になっていると思えばいいのかな。
- ラピュータは「空飛ぶ島」だから、そこは文字通り雲上人−支配者−の世界である。バルニバービ国国王の王宮所在地であり直轄地でもある。なぜ重力に逆らって空中に浮き、自領内だけではあるが、自在に所在を変えられるのか。電磁気学的原理の機械(磁石)が島の中央部に設けられていることになっている。超伝導リニアカーと同じ原理である。この國は、日本とは正反対の、超理系優遇社会を形作っている。雲上人の愛する学問は純粋理学だ。数学、天文学。その美しい体系に調和するからであろう、音楽がもてはやされている。スウィフトが生きた時代のように、数学、天文学が示す姿が政治にも実現できると信じられている。彼らは常に沈思黙考しているがために、まるで夢遊病患者のごとくで、ものをいう器官と聴く器官が退化してしまい、会話には器官に刺激を与えるための叩き役の下男を常に同行させている。理学でも応用がつくとつまり工学や技能になるともう下流扱いである。我が国でもそんな雰囲気があった時代が長く続いた。応用幾何学と建築の例によって、せっかくの高尚な知識が実用に生かされない実体を説明している。
- さて地下人や庶民の社会はどうだろうか。彼らは数あるアカデミーの思いつきに基づく政治で、無駄骨折りの労働に従い、貧困で困窮の生活に甘んじている。アカデミーの研究が紹介されている。それらの一部は当時の王立学士院で実際に行われていたようだ。漫画風に針小棒大化して面白おかしく書き上げたものらしい。キュウリから太陽光線を取り出す研究、人糞を元の食料に帰す研究、昆虫に学んで屋根から先に建築を始める研究、嗅覚と触覚から色彩感覚を得る方法の研究、人力の代わりに豚を使って耕作する方法の研究(当時は豚糞を肥料としていたので1石2鳥とある)、蚕の代わりに蜘蛛を使って糸をとる方法の研究、風見鶏の動きから時間を知る方法の研究、馬の蹄を石化させて馬蹄炎を防ぐ研究といろいろ滑稽きわまるテーマが紹介されている。でも次の話は中世医学の名残を伝えるようで、ちょっと恐ろしい。
- 腹痛の治療に鞴を使う。腸内の空気を吸い取ったり、口から空気を消化器系に押し込んで、毒素をはき出させる方法である。イヌで実験してみると汚物をさんざんにまき散らした後死んだ。でも哺乳類動物で確かめてみるという実用化手順は、常識として定着していたようだ。
- 9/25の読売の「地球を読む」に、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマによる中国政治モデルの解説があった。解説されなくても、日本を含む民主主義体制の議会が機能不全状態にあり、緩慢な動きが社会の変動に対処しきれない欠陥をさらけ出していることがわかる。英国は18世紀の頃からこの欠陥に悩んでいたようだ。元老院や枢密院はしばしば病気−冗長症、興奮症、鬱病、譫妄、その他多くの頭脳や心の病気を含めて−に冒された症状を見せる。スウィフトは提案する。「元老院が招集される時には、会期の初めの三日間は特定の医者数名が議場に出席し、毎日討論の終了後に議員全員の脈拍を見る」とともに、翌日には処方薬を各議員に服用させるべきだと。そのほかにも頑固とか自惚れに対する徹底治療を学者国のために提言している。議会制度に対する強烈な風刺である。
- この感想文の副題は「学者国の巻」としたが、学者国は第6章までで、第7章からの残りの5章は2章分を魔法国、2章分を不死国、最後の章を日本に当てている。4国の内実在するのは日本だけだ。他の3国は太平洋北半球側で、日本とカリフォルニアを結ぶ線上にある仮想国である。
- 魔法国ではタイムスリップが出来る。主人公は史書に名をとどろかせた英雄や大詩人、大学者と語り合うことが出来た。呼び出されたアリストテレスは、生前から現代に至る自然哲学の変遷を総括して、推測に頼らざるを得ない面の多い自然哲学では、時代とともに新しい事実が時代の最先端の理論を打ち破るものだと云った。流行が過ぎると振り向くものもいない。現代的な言い方をすれば、旧体系が特殊範囲として包含されるより広い理論に進化すると云うことだ。ニュートンの万有引力則にも同じ運命が待ち受けていると予言した。アインシュタインが相対性理論を引っ提げて登場するのは、それから200年後である。さらにほぼ100年経過して、さる9/23、欧州合同原子核研究所は素粒子ニュートリノが光速より速く飛ぶことを実験的に証明したと発表した。事実なら、「光より速い物質は存在しない」としたアインシュタインの特殊相対性理論を覆す物理学上の「大発見」となる可能性がある。
- 不死国では永遠に生き続けるヒトがたまのたまに生まれる。その不死人間は通常人と変わらぬライフサイクルを辿る。幼年期、少年期、壮年期、老年期。違うのは老年期が超老年期、超超老年期・・・と限りなく延長される点で、生命活動は年とともに衰え干からびた唯生きているだけの存在になる。本HPの「伏木」に万葉記念館館長講演の記事がある。万葉集の和歌はだいたいは当時の口語で歌われていると云う。有史時代の日本では他民族の流入はないが、それでも我々があの時代にタイムスリップしたらほとんど会話が出来ないだろう。逆も真也。不死人間は80歳も超えればほとんど時代に順応できなくなり、言葉の変化について行けない。頑迷で、貪欲で、気難しくて、愚痴っぽく、記憶は曖昧になる。国家は国費で養う代わりに、法的には死んだものと見なし、双方が不死人間の場合には結婚は解消される。女に妻という重荷を永遠に背負わすに忍びないから、当然の処置だと理解されている。これは男にとっては重大なコメントだ。主人公は有限の生命体であることに感謝してこの国を去る。
- 「偉大な」と形容されている日本「帝国」の首府は江戸で、主人公は皇帝陛下(将軍のこと)に拝謁し、「踏み絵」の免除を受け、長崎から450トンのオランダ船で15日の航海の後帰国を果たす。日本の当時の最大級の船は千石船で、千石は150トン積みをあらわすから、もしもこのオランダ船が総トン数表示であるなら、約3倍の大きさである。日本ではオランダ人で通す。オランダを例外とする鎖国状態であると知っているのだ。18世紀初頭、ヨーロッパで日本がどのように理解されていたかを教えてくれる。
- 英国社会の主流に対する当てこすり的発言に満ちあふれた作品である。学者(王立学士院会員)批判も結構厳しいが的外れもある。日本では今原発からの放射能漏れを防げなかったとして原子力ムラ批判が沸いている。「歴史は繰り返す」だ。
('11/09/26)