カインの末裔


「ベニスの商人」の悪役シャイロックはユダヤ人である。ヨーロッパでは遥かの昔からユダヤ人は忌み嫌われる存在であった。アダムとイブの息子カインは弟殺しの大罪を犯し神に罰せられる。カインはユダヤ教徒の象徴である。ユダヤ民族抹消と言う狂気の素地が当時のヨーロッパには存在した、と私は思っている。大戦後半世紀を経過して、今こそ正しい歴史認識をと誰もが思う。しかしユダヤに対する敵慨心がナチスをチャンピオンにしたなどと言う認識がとりわけ戦勝側にあるのだろうか。今度は、ドイツ人を残虐性に関するカインの末裔に仕立てて己は心も手も汚れていないと云うのなら、高い授業料が無意味になる。我々にはヨーロッパ民族−更に一般的に大陸民族と云ったほうが良いかも知れぬが−にある(と思う)ような深く歴史宗教に根ざした恨みや呪いは存在しない。単一民族あるいは海に取り囲まれた孤立民族の救いであろう。多神教のわが国には、政治的理由による官の迫害を除けば、異文化異宗教を包容する能力が元々備わっているのかも知れない。
わが国の戦争犯罪で何ともやり切れぬのは従軍慰安婦の問題である。
この背景は娼婦容認制と人身売買で、当時の日本、中国、朝鮮ほかの儒教文化圏(だけではないだろう)には共通の暗部であったと思う。彼女たちは、植民地の犠牲でもあるがもっと大きく見れば、女を犠牲にして火の粉を払うことをためらわなかった時代の証人である。私は島原の子守り歌が、唐行きさんとなって売られる運命の子守りの哀愁を唄った歌だと知って驚いたことがある。歌詞には女たちを運んだ英国汽船の名前がはめられている。「唐」の売春窟での女の値段は白人日本人現地人の順だったと読んだこともある。そんな風潮の延長上にあった時代である。
事件としてはとっくに時効に掛かっているから、勝ち目はないと思うが、当時の文化の恥部を汎アジア的に討論する場を提供する意味であるなら、法廷で大いに論ずれば良い。人数としては何倍もいた日本人慰安婦にはどう対処するのか、忘れかけていたが、戦後の占領軍用慰安婦も官の手で準備され、占領軍がENJOYした。これも同じ俎で良いのではないか。
性は生命体の究極の目的である。一旦社会のせいちゅうが無くなったら暴走は当然やってくる。セルビアを見よ、ウガンダをみよ。家族全員を殺された女が相手の子を孕んで苦痛に揺れるという報道を聞いたばかりである。敗戦間際の満州で逃げ遅れた開拓村の女全員が老女に到るまで暴行を受けた証言は永く記憶に止まっている。一度戦火が上がれば狂気が世を覆う。最高指導者たちとのインタビュー記事をいろいろ見た。政治家が外国に呪いと恨みを振り向けて、自国の問題の鎮静化を計るのは常套手段である。我々は事実は事実として認識するが、少なく見積もっても現役日本人の90%が戦中はせいぜい小学生であった今日では、高い見識のもとにaufhebenした論理で迫らないと単に日本人子孫の「カインの末えい」化としか写らない。
敗戦記念日に因んで一文したためました。

('95/08/18)

(私は次世代以降まで今次大戦の負のつけが及ぶ事を恐れている。)