ガリヴァー旅行記 巨人国の巻

スウィフト:「ガリヴァー旅行記 第2篇 ブログディンナグ国渡航記」、平井正穂訳、岩波文庫、'80(原本は1726)を読む。ブログディンナグ国とは巨人国のことで、本書のカバーでは大人国としてある。何気なく買った本書の第1篇 リリパット国(小人国)渡航記が意外に面白かったので、そのあとも読み続けることにした。
小人国の巻の最後には妻子とわずか2ヶ月一緒に生活しただけで次の航海に出発したとあったのに、冒頭には10ヶ月してからとある。作者は話の整合性にあまり頓着しない性格のヒトか。小人国の位置はスマトラ島南方とはっきりしていたが、巨人国の位置はどこらあたりに想定しているのか曖昧だ。マダガスカル島から強い西風に乗って20日間でモルッカ諸島の東にまで流されたとある。モルッカ諸島とは、Wikipediaに「歴史的に「香料諸島 (Spice Islands)」として特に西洋人や中国人の間で有名であった。」とある。ニューギニア島西方ティモール島北に位置する。
何しろ半年単位の帆船航海である。近頃TVにクルーズ旅行を扱う番組が増えた。その中にときおり帆船が出てくる。もちろんエンジンを持っていて、帆走が適切なときだけ風力を利用し、乗客のノスタルジアを満足させる。セールを張ったり仕舞ったりは人手の要る危険な作業だ。私も大学でヨットをやったが、操船には熟練を要する。琵琶湖だったが、風の方向が一定せずときおり突風が吹くところで、ときには艇を沈めた。横浜には帆船日本丸が係留されていて見学できる。3本マストの外洋航行船だ。ガリヴァーの乗った船はこんなものだったのだろう。大砲が装備されている点が違う。モンスーン前後の帆走の描写がしてある。ガリヴァーは船医だが、時化の時は水夫の作業もやらねばならぬ。
暴風になるとまず前三角帆を、次いで前マスト、後マストの順に帆をたたむ。中央マストは倒そうとはせず立てたままにしておかれた。その方が荒浪を受けて旨く前に走れたし、中檣を高くしておくと船の安定度もよく、と説明してある。太字部分は慣性能率を高めてローリング、ピッチングを抑えると言う意味に取れる。作者は船の構造に詳しいとは思えないので、あるいは情報収集時の聞き違いかも知れない。いまの客船では少し長いクルーズになると、ブリッジを解放して船の士官と話す機会をくれるから、一度尋ねてみようと思った。それから、暴風で万一の時には中央マストは倒せる構造になっているのかしら。和船が大時化に出会ったとき、船長が帆柱を斧で倒す指示をするドラマを見た気がする。
ボートで真水を汲みに上陸し、運悪く唯一人ガリヴァーだけが巨人に捕まる。恭順の意思表示をして命は助けられた。はじめはたいそう珍重歓迎されるが、悪知恵を授けるものがいて、ガリヴァーは檻に入れられ、見せ物興行に出される。奴隷身分であった。王妃の目に止まり千ギニーでお買い上げになる。「小人国」でやったように1ポンド=1両とすると、まあ現代価値で10000万円ほどだろう。同時代の日本での人身売買の値は200〜500万円だったと思う。これは遊女身請けの価格である。中流階級の年収が600万円ほどだったから、まずは破格の買値だ。宮殿でガリヴァーは巨人国の骨組みをきっちり学ぶことになる。服装はペルシャと中国の合の子だが、政治制度、社会組織はほとんどイギリス風という珍妙な仮想の國である。進歩党(ホイッグ)や保守党(トーリー)まで出てくるから恐れ入る。小人国の国民はガリヴァーの1/12だったが、巨人国民は12倍ほどに想定してある。宮廷には道化役か召使いなのであろう、30ftもある巨人国の小人が勤めている。彼はさらに小さいガリヴァーが気に入らないので折に触れ意地悪をやり、王妃の勘気を被る。罰にむち打ちを食ったとあるから、イギリス宮廷でも野蛮な刑罰が当然のようにやられていたのであろう。
巨人国の食事は当時のイギリス料理で想定してあるのだろう。ヒバリ、ヒワという小鳥、クジラが出ている。敗戦で占領軍が京都にやってきて、お稲荷さん門前の焼き鳥を見、「日本人は、(愛すべき)小鳥を食う残忍で野蛮な国民性を持つ。」といった。現在ヨーロッパの反捕鯨団体が日本の捕鯨に対し脅迫的な活動をやっている。でも彼らの食卓には小鳥もクジラもあったことがこんな小説からも推測が出来る。自分たちの習慣にない、あるいは消えた食材に対して干渉がましい姿勢を持ち続けるのは、ヨーロッパ文明の優越感が底に流れているからであろう。
ガリヴァーが国王に自国の制度を進講する。イギリスの議会制度はすでに定着していた。まだ産業革命以前であったから、大地主の貴族が持つ政治力は上院を国家の要にしていた。上院議員には少数の聖職者bishopが含まれていた。作者は議員であったかどうかは知らないがbishopだったから、無給で国政に携わる上院議員の高邁さを強く意識している。でも現実には実利を求めて権勢になびく人も後を絶たなかったらしい。ガリヴァーの言葉に対する国王の批判は、この小説で作者が一番力を入れたところかも知れない。国民の自由選挙による下院についても、よそ者による金力支配という見地から厳しい批判が出ている。軍隊制度、裁判所制度などへの見解も当を得たもので、この小説が、小人国の話よりも、もっと大人の読み物に近いことを証明している。
3年目に入った頃に王と王妃にしたがって海岸に旅行した。彼は外出の時は家籠に入れられて運ばれた。小型犬をバスケットに入れて旅行するような姿だ。海岸で休息していたら突然ワシが飛来し、家籠ごとさらって行く。獲物を横取りせんと別のワシが襲いかかり、家籠は海上に落下。漂流中に幸運にも英国船に拾われて、さらに9ヶ月ののち、我が家に帰り着くという物語である。この英国船はヴェトナムのトンキンから北東に流されて来た。やっぱり太平洋に関する知識は、まだほとんどなかったことを物語っている。

('11/08/23)