原子炉安全工学上の反省点

東日本大震災から2ヶ月半ほど経過した。福島第一原発の事故は深刻で、今後10年を超える日時が解決に必要だろう。私は核燃料サイクルの一部門にエンジニアとして関与したことがある。その経験と今回事故に関する報道から、主に1号機原子炉を対象に安全設計に関する私見を纏めておきたいと思う。燃料プール空焚き事故も本質は変わらない。
「想定外(設計値の約126%の550ガル)の大地震であった。想定外(想定5.7mにたいし12-15m)の大津波に襲われた。」と弁明されている。私の専門であった化学機械では、推定しにくい効率に対しては、計算値の半分とするのが常識であった。10mの津波が予想されるのであれば、設計では20mでやるのに等しい。加速度400ガルが最大予想なら800ガルとする。800ガルは震度7で阪神淡路大震災の最大値である。安全設計の基本の基本を打ち出し、審査承認したお偉方は、ひょっとして工学的常識に欠けていたのではなかったかと思う。原発で撮られた映像では、いとも見事にタンクが津波にさらわれ建物の中は水で埋まった。大負けにまけて5.7mの津波でよいとしても、タンクには浮力が付くのだから建物の上にするとか、水に弱いバッテリーとか発電機にポンプは導電部を裸にしない工夫をするとか、少なくとも保安設備だけには、少しでも安全にするためのプロットプランや機器設計があったのではないか。
事故の経時変化を追うと、設計値が不安全サイドであったのにもかかわらず、全体としては設備は感心に地震に耐えている。ややこしい話だが、土建設計でも機械設計でも、与えられた範囲では設計値に独自の安全率を上乗せしていたのだろう。自動緊急停止により予定通り核分裂は止まった。外部電源が送電鉄塔の土砂崩れによる倒壊により失われたため、非常用ジーゼル発電機がスタートした。しかし大津波が重油系を破損喪失させ、非常用バッテリーも水没して使用不能となる。かくて全電源が喪失。そのため崩壊熱除去のための冷却水循環系も非常用炉心冷却系(ECCS)も動力源を失った。計器用、弁操作用の電源もなくなる。1号機は震災後5時間で燃料が露出し、15-6時間でメルトダウンした。
この全電源長期喪失にたいしても想定外という言葉が使われている。浅田ら監修:「新版 原子力ハンドブック」、オーム社、'89, 695pには冷却材喪失事故(LOCA)のシナリオが書いてある。一時冷却系の配管が破損したという大事故が想定されている。ブローダウンしたあと、リフィルされ再冠水できるストーリーになっていて、確かに動力源が全部アウトになるなんて想定は論外であったようだ。'90年(自民党・海部内閣)の原子力安全委員会は軽水炉安全設計審査指針に、長時間の全電源喪失に付き、考慮の必要がないとしていたと、4/9の読売に出た。同じ読売の、元原子力安全委員長・松浦氏('00〜'06)へのインタビュー記事にある「日本の組織は構成員の利益を重視し、悪い意味でのムラ社会になりがちだ」という発言は、審査指針すら甘いのに、それにぎりぎりで設計されていることを示唆する。
圧力容器の圧力は設計値の1.5倍にまで上昇したので、大気にベントさせ圧を下げた。しばらくしてから建屋内で水素爆発が起こる。大気中に放射性物質がばらまかれる。放射性物質の捕集器は付いていたのか、働かなかったのか、爆発で飛んだのか。ベントガスは水素が大部分であった。ベントガスの出口が、破損によるものだろうが屋内にもあったらしいことには驚かされる。石油精製あるいは石油化学工場等ではベントガスはフレアスタックに導かれる。それは高い煙突で、先に着火用のフレアが燃えているのが普通だったように記憶する。あるいは同様のスタックだったが、偶々室内に漏れ混んでいた水素がガス放出期に合わせて偶然爆発したのか。3/14の読売には、弁の隙間から漏れた可能性が高いとあった。パッキンからと云うことか。(6/6追記:6/5夜のNHK SPではスタック行き配管があり、炎は見えなかったがトップから水蒸気が出ていることが認められた。屋内に水素がこもった理由は推測の域を出ないようだった。どこかの破壊であることは間違いないらしい。)
上述の「ハンドブック」のLOCAの項に化学的記載がある。燃料棒被覆材Zrと水蒸気は900℃を超すと反応し、水素が発生し被覆材酸化が行われる。被覆材はやがて高温、酸化、脆化で崩れ落ちるであろう。メルトダウンしたときはたぶん1200℃を超えていた。それまで比較的健全であった圧力容器もメルトダウンにより大穴が空き、さらにその外の格納容器までも大穴を作る。自衛隊のヘリコプターからの散水、各地消防署員による特攻的消防車放水などで再冠水を狙ったが、容器がじゃじゃ漏れであるためにその中の水かさは増さずに、高汚染水を建屋底辺に増やす結果になった。建屋が汚染水プールになったのであった。だが建屋やそれに繋がるピット、ダクトが完全でなかった。割れ目の中に海水汚染に繋がっているものが発見され、水ガラス工事で止水に成功した。だが地下水汚染に繋がる割れ目はおそらく発見困難だから、長期監視が必要である。汚水処理にはイオン交換法化学吸着法が有効だ。フランスの企業にゼオライト法の設備が緊急発注されていると聞く。基本問題として、建物底部のコンクリートには、防水シートのような耐水対策がなされていたのであろうか。
今回の大震災最大の教訓は、もし東京が被災地であったなら日本ははるかに壊滅的な損害を受けたと云うことだ。栄光のポルトガルが急激に萎んだ理由は、首都を襲った大地震であったというTVのナレーションを聞いたことがある。首都機能の多重化分極化が緊急愁眉の問題だ。大型災害にたいして、大きな行政単位例えば道州制の推進も必要だ。県単位では中間行政府としての存在感が薄い。
安全工学から外れるが、今回のG8サミットで主催側の仏サルコジ大統領は原発推進を主張した。現在建設中のフランス原発は超?安全型で、そのために建設費が4割はアップするという。何とも都合のいい時期に福島の事故が起こったものだ。すでに3/4の電力を原発より得ているフランスとしては当然かも知れないが、我が国も1/4は原発に依存しているのだ。我々代表に簡単に自然エネルギー利用に転換などと云って欲しくない。我々には従来原発のより安全な設計に進むしかない。私は楽観論者ではないが、極端な原発反対論者には賛成できない。福井県は原発14基を抱えているという。福島の事故ののちの市民インタビューを見ていると、大方はもはや原発との繋がりは逃げられないというものだった。大将来は自然エネルギーにするとしても、世界の中の日本であることを意識して、見境もなく突っ走るような姿勢は取って欲しくない。民主党には、脱炭酸ガス計画で突拍子もないスケジュールを世界に打ち出した悪い実績がある。用心して見守らねばならない。
海水注入中断事件があった。冷却手段のすべてが機能しなくなり、窮余の対策として海水を外部から注入したのであった。最終手段であった。放置すれば国土の半分は居住不能になった可能性すらある。所長は「本店の中断の意図」に逆らって注入を継続した。本店が再開を決めるまでの55分間に、注入継続中の情報は伝わらなかった。政界やマスメディアでは中断されたという前提において、事の真偽是非につき大議論になっていた。本店の中断の意図は「首相官邸の空気を読んだ」結果だという。空騒ぎの帳尻は、東電の「所長処分」で辻褄を合わせる方向だった。だが、外遊中の首相は「処分に当たらず」と発言した。私は大騒ぎの根源がマスメディアの現場指揮権の読み違えにあると思う。時々刻々事態が変化する戦場では、いちいち大本営の意向を聞いておれない。東電で明文化されているかどうかは知らないが、安全に関する専決権は所長にある。「処分」を云うなら、「中断などあり得ぬ」と判断できない技術力でしかないのに、世間を動かしているつもりの連中と、「専決権の所在の読み違え」をした連中に下すべきである。
電力は今や空気や水同様の生命必需品だ。東電は最大の加害者であり、最大の被害者である。国民すべて企業すべてが同様に、多少の重い軽いの差はあっても、加害者と被害者の両面を持っている。JAのように風評被害を言い立てて一方的な被害者面をするものも出ているが、加害者でもあったことを反省しなければ国民の反発を買うだろう。今後の日本が団結に掛かっているのだから、社会に影響力のある団体は、反目に留意して慎重に行動すべきだ。

('11/05/29)