量子もつれ

古沢明:「量子もつれとは何か〜「不確定性原理」と複数の量子を扱う量子力学〜」、講談社BLUE BACKS、'11を読む。私がシュレーディンガー方程式に出会ったのは、もう半世紀以上昔の学生時代である。入門書とか啓蒙書がほとんど見あたらない時代ではあったが、ほとんど独学的にシュレーディンガーの式からとりついたのは無謀で、若気の至り自負心のもたらす失敗であった。シュレーディンガーの式が解けるのは水素原子だけで、あとはその結果を定性的に援用解釈するのみなのだ。有機電子論があり、フロンティア軌道電子論(福井教授、'81年ノーベル化学賞)が出た。スペクトルとか反応ポテンシャルを考えるときは、きわめて有用ではあった(本質についてはチンプンカンプンだった)。本書がどれほどの水準の本か知らないままに買ったが、私に植え付けられている量子化学恐怖心を、幾分でも解きほぐしてくれるとありがたい。
本書は量子光学の解説書だとある。光子とは質量のない素粒子とぐらいには判っていても、おおよそ量子力学の対象に勉強した覚えのない相手だ。イントロは水素原子の振り子を例とする量子の解説だ。もちろんそんな振り子が存在するわけはないから、イメージしにくいことおびただしい。量子数nのときのエネルギーがhv(n+1/2)で、nが0から無限大までの自然数、重ね合わせの係数の自乗の和が1だとある。私らの電子軌道の常識では、nと来れば主量子数(1から始まる)だし、hvとくれば飛び出した光子1個の持つ軌道落差エネルギーだ。
光子に振り子の理解を当てはめると、電場振動のsin成分とcos成分の関係に相当できる。不確定性原理はエネルギーを決めれば時間は不確実になることを云う。原子の電子が不確定性原理を取り入れると存在確率を示す雲で模型的に示されるように、光の波動性もゆらぎ幅を持った波として表される。たとえ話は苦心の結果であろうが、この著者の説明には対比関係に言葉足らずが目立ち混乱させられる。そもそも私にとってnは量子数という性質だったが、本書では量子n個である。そして光子1個のエネルギーがhv(1+1/2)だ。本来のエネルギーが1で、1/2がゆらぎのエネルギーである。
「もつれ」とはentanglementに対応する日本語だ。私が専門にした高分子化学では「絡み合い」と云っていた。高分子粘性の起源である。ここでは複数の量子が重ね合わせの状態にあることを指す。これぞ量子の波動性の発現で、電子や原子核から説明するのは非常に難しいとある。私のような化学屋はお呼びじゃないよと断ってあるようなものだ。光子1個が2分割されて2個になるところから話が始まる。エネルギー保存則からvは半分、cos成分は同じ大きさ、sin成分は絶対値が同じだが互いに符号は逆の2個だ。これはEPRペアだ。その実験的証明が出来れば量子光学万々歳なのである。
紹介されている筆者らの方法は、レーザー光発生装置とよく似ている。レーザー光は電子が軌道の上から下へ誘導放出的に落ちるとき発生し、位相が揃った干渉性のある光である。ただしレーザーと違って、ほとんどの電子のエネルギー順位を押し上げるような高エネルギーの光は、ポンピングに使わないはずだ。肝心の所がはっきり書いてないので困るが、どうも今ある軌道の中で電子を強振動させる、それも振動の波がいびつになるほどに、入射光を送り込むというやり方らしい。電子の運動波形が梯形類似になると、発信する光は倍の周波数になる。かつ光は電子の加速度に対応するから90度の遅れが出る。特別な結晶で位相整合しプリズムで波長の違う入射光と分離するという。この原理をちょっとひねると、ポンピング光の半分の周波数の光が、種の光子の倍量つまりペアで出てくる。得られる光は、運動量のゆらぎが少なくなり位置のゆらぎが大きくなった、自然にないスクイーズド光である。
光子は2個に分割できたがまだEPRペアではない。ペア化のためにはハーフビームスプリッターを使った狡猾な手段が用いられる。このスプリッターはガラス面の裏に反射用コート(ハーフミラーで半分は通す)、表に反射防止コートが塗ってある。裏は波動に対し固定端、表は自由端となるのがミソだ。さらに上のスクイーズド光を表と裏で1/4波長だけずれた状態で通す。干渉が無くなりsin成分が打ち消し合わなくなる。よってスプリッターから出てくる光は互いに分離されたEPRペアである。こんな理解でいいのかな。
いよいよ量子もつれの実証に掛かる。それにはもう一工夫がいる。信号をホモダイン測定にかけるのだ。ホモダインとはヘテロダインと裏腹の述語で、私が中学生の時初めて作った本格的ラジオは、4球スーパーヘテロダインラジオだった。適切な周波数の電波を向かい酒のように打ち込んで、キャリア電波を干渉により打ち消し、信号を裸にする操作だ。でもなぜ必要かが書いてない。たぶんEPRペアとなる信号は小さくしかも変動が大きいためだろう。大半の出力光は変化を受けていない元の光なのだろう。それらをつぶす操作がホモダイン検定なのだろう。だから操作に加える光はペア作成装置に入る光と干渉性がなければならないはずだ。ここで2点指摘したが、本書はド素人が読む上で一番大切な点を端折って書いてある。全く感心しない。福島原発の事故の反省で「原子力村」という単語が使われている。著者は「量子村」のおヒトなのかな。
ここまでが基礎編でそのあとの応用編に繋がる。応用編は量子テレポーテーションと量子コンピュータだ。寡聞にしてどちらも耳にした記憶がない。Wikipediaを開くと意味と特徴ぐらいは判る。前者は研究的に成功してもどれほどの実用価値を生じるのかはなはだ疑問だ。後者は次世代コンピュータとして超並列計算が可能になり、仰天の能力を発揮するであろうという。でも成功したハードは未だ世界に出現していないらしい。ということでこの2章分を懸命に理解する気にはなれなかった。同じ量子の世界でも村田次郎:「「余剰次元」と逆二乗則の破れ〜我々の世界は本当に三次元か〜」、講談社BLUE BACKS、'11(本HPの「万有引力則の破れ」)の話では、最後まで読まねば収まらぬ気がした。読者の誘い方に差があると思った。

('11/06/06)