生活保護
- 本田良一:「ルポ 生活保護〜貧困をなくす新たな取り組み〜」、中公新書、'10を読む。国家と地方自治体の財政赤字が深刻化して、国民1人が1000万円の借金を背負い込んでいる勘定になった。今後も増える一方で、財政破綻が近づいている。その最大の元凶?が福祉事業にあり、「国滅んで福祉あり」となるのではないかと憂える識者も多い。生活保護は福祉施策の中でもっとも分かりやすいテーマだ。私が多感であった頃は、お上に生活のお世話になるなんて、もっとも恥ずかしい行為の一つに数えられていた。でも今は違う。生活保護費の悪質受給が新聞を賑わすようになった。そんな中での現場からのルポであることに興味を持った。著者は北海道のジャーナリストである。北海道は、選出国会議員がしばしば問題を起こす評判の芳しくない地域と思っている。その意味でもこの本に関心を持った。
- いきなり釧路市が昨年20人に1人(50‰)というダントツの生活保護率の町であると出てくる。全国平均が16-7‰ほどの中での数字である。一昨年より10‰増加した。都道府県別ではどうやら大阪府がワーストNo.1らしい。大阪市(市の2位)では歳出の3割が必要で、財政再建団体化が心配されている。概して近畿の大都市の落ち込みは激しいようだ。マクロ的には近畿特に大阪の危機的状況が日本としては問題である。現在の生活保護法は60年昔に出来た。それまでにも保護法とか扶助法はあった。戦争の激化につれて、一般よりも戦災者、軍人やその遺族の困窮対策が優先されるようになった。敗戦直前の数字が出ている。総受給者は40‰以上で、比較しにくいが、現在を超える「銃後を固める」援助がなされている点は注意を要する。'34年という大恐慌時代の救護法受給者は3.3‰であった。冒頭に述べたように、勤勉真面目が日本人の当然と考えられていた時代だから、「著しく怠惰なるとき」は厳しく排除されたようだ。
- 公的扶助の起源は17世紀初頭のイギリスの救貧法だとある。先に(本HPに載せたように)「イギリス近代史」で背景になる当時のイギリスの社会事情を学んだ。良くも悪くも個人主義、核家族化から生まれる社会不安への対処策である。「劣等処遇の原則」で救貧院に収容した。貧困の社会的要因を肯定しつつも、最後は個人の道徳的抑制が必要としている。世界恐慌の周期的発生は、社会的要因が決定的に重要であることを認識させた。貧乏人の調査がある。20世紀中頃、貧乏人は労働者階級の43.4%(総人口の27.8%)を占めたという。貧乏線が布かれ、さらに第1次的貧乏と第2次的貧乏に区分される。労働者階級とは家事使用人を置いていない家庭と定義してある。入社時の管理職用社宅には女中部屋があった。戦中だが、私の家庭でもお手伝いさんがいた時期があった。長い間日本でも中産階級ほどでなくても気軽に女中を置けた。この定義は21世紀には適用不能だが、具体的で面白い。疾病保険、労災保険、年金保険などの一連の社会保険はドイツから始まった。鉄血宰相ビスマルクが社会主義弾圧(ムチ)に対するアメとして用意した。ただし失業保険はイギリスからと云う。
- 戦後一転して我が家は貧困家庭になった。父は敗戦で仕事を失い、収入は激減した。子沢山だった。ボロだったが大きかった町中の住居から、外れに建った市営の、急拵えの、2部屋しかないウサギ小屋に転居した。その引っ越しも、父、兄そして私が荷車を何度も往復して終えた。高校時代から日本育英会の奨学資金をもらった。それは20年かけて返済した。だから本書の取り上げる貧乏には、かなりの感性的理解力があると思う。でも母子家庭にも父子家庭にもならなかったから、片親だけに頼る生活の心細さは分からない。片親家庭特に母子家庭の貧困ぶりは、世界的に見ても際立っていると統計数字は物語る。国や地方自治体はきめ細かい福祉対策を講じてこの連鎖に立ち向かう。育児支援、就学援助、授業料減免、雇用事業主への補助金、保育所や公営住宅への優先処置など一見手厚い。
- しかし所得再分配後の貧困状態にある子どもの割合は、14.3%で、OECD加盟26ヶ国中第10位であった。所得再分配とは社会保障政策で戻ってくるお金のことだ。手厚い国例えばフランスでは、再分配前貧困率が25%だったのが、再分配で6%にまでダウンしている。日本は貧困層への再分配が低いために、12.9から14.3へ比率が逆に増加している。消費税導入は低所得層の総税率を高めた。小泉内閣は所得税その他で富裕層の軽税率化を行った。結果として1.4%の増加を見た。福祉対処のために消費税増額が盛んに話題に上るが、再配分によほどの意を用いないと、貧困率をさらに上げることとなる。
- 日本総中産階級と平等性を謳歌した時代があったが、今はもう不平等社会の一つだ。昔は水飲み百姓の倅は水飲み百姓で終わるしかなかった。今は職業の自由で、見かけは実力次第の世の中だが、統計的には貧乏人の子は貧乏人で終わっている。東大生の5割以上が、親の年収が950万円を超す家庭の出身という。年収が1000万円を超す教授は少ない。そんな世の中での5割である。東京都の所帯平均年収が600万円程度のはずだ。自由社会ではエリートがさらなるエリートを作り出す。だがその逆も真なりである。上流と下流を結ぶハシゴは昔より数多い。でも段数も多くなった。小泉内閣時代に持ち込まれた競争原理:「努力するものにはより多くの援助を」は、ポジティブ指向である点は買えるが、真の下層はますます上層に手が届かぬこととなった。
- 生活保護費の概算が出ている。東京都23区で、住宅手当を入れると4人所帯だと最高では月に27万円を超す。これで生活の安定を得た人の感謝の言葉が、受給前の状態との比較で出ている。我が家は貧困家庭に転落してからなかなか復帰できなかった。それを自覚しだしたのは、高校生頃からである。日本が敗戦の痛手からようやく立ち直り始め、あちこちの闇市が姿を消すようになり、貧富の差が学校内でも意識できるようになった。一番目立ったのが服装の差だった。3年生になった。先生は何も言わなかったが、周囲は高卒で就職すべきという雰囲気だった。当時は生活保護家庭の子どもは義務教育止まりと本書の終わりの方に出ているから、その雰囲気は理解できる。私は市内の1大学1学部だけ「記念」受験させてもらい、おかげで人生が変わった。大学受験に東京まで出かける学友はいなかった。東京となるとどの家庭でもまだ負担が重かった。学歴重視の社会風潮に合わせて、大学進学の生徒は結構多かった。そんな時代であった。振り返ってみると、格差が出来つつはあっても、今日とは比較にならぬほどにまだ小さかったと思う。貧乏感は相対的な貧富格差から生まれるとすれば、現在の貧困層のそれは、あの頃の私との比ではないのかも知れない。
- 今では保護法の主旨である「自立援助」が、「経済自立支援」から「貧困の再生産あるいは連鎖を断ち切るための教育支援」にまで拡大し、高校進学を官も認めるようになった。貧困者に歴然たる学歴による格差があり、貧困からの脱出率にも学歴順列が見られる。釧路市における無料進学塾のボランティア活動が、国の教育支援模範プログラムとして紹介されたそうだ。イギリスの「子どもの貧困を'20年までに撲滅する」ブレア首相の総力戦で、子どもの貧困率が7割以上減少したとある。自由経済では、いかに産業支援を行っても、新興国の成長がある以上は、景気回復に繋がらない。イギリスの効果が目に見える政治に注目してよい。
- 貧困者の補足率が悪いという点は気になった。不正受給排除にいろんなガイドラインを設ける。あまりに杓子定規にそれを守ろうとすると、ただでさえ負い目を感じがちな申請資格者が、福祉事務所の担当者の語気に押されてへっこんでしまう。生活保護には「補足性の原理」が適用される。家持ちはだめ、自動車保有もだめ、扶養義務者の支援も調べられるし、「他法優先の原理」もある。知られたくない家庭の恥部をケースワーカー、親戚時には給食費を通じて学校にまで知られてしまう。ただでさえ嫌なのだ。何でも受理すればたちまち財政はパンクする。片方にだけ肩入れするわけには行かぬ。
- 最低賃金の方が生活保護費より安い府県が数多くある。主旨が違うとは云え、国民年金保険にフルの40年間加入しても、6万円ちょっとで保護費に遠く及ばない。非正規労働者の増加でワーキングプアが激増した。非保護の彼らは、働いても200万円に達しない自分と比較して、保護者が上述の保護費の上に、税金、年金保険料、健康保険料まで免除され、さらに医療費も無料となることで、生活の実質に差をつけられていることを妬む。自由競争経済を国是とせざるを得ない日本の労働市場は、新興国の安い労働力に脅かされ続け、労賃の切り下げ圧力が今後も続く。食料、石油の高騰なども入れれば、労働者の実質平均所得は減少一方だろう。逆転現象は早急に是正する必要がある。
- 活保護が最後のセーフティ・ネットになっている。働ける人たちはこのネットから外す方向にあり、老齢者所帯が46%、傷病・障害者所帯と合わせると8割ほどになる。生活保護の一つ手前に雇用保険失業保険があり、生活保護と雇用保険の中間に、自立支援金給付金がある。英国の制度に生活支援と組み合わせた労働訓練支援があって、TVで紹介されたことがある。再就職の積極的援助法として注目された。我が国の保護費受給期間は5年前後と云われる。意外と短い。勤労意欲が高い国民性は、日本にとってかけがえのない宝だ。チュニジア、エジプトで成功した改革は、若者の異常な失業率に代表される貧困が最大のdriving forceであった。機能しているネットワークを今後も上手に運営し続けねばならぬ。
- 均衡のとれた主張の本である。久しぶりに我が家の戦後を思い出させてくれた。
('11/03/07)