寄生虫病

小島莊明:「寄生虫の話−身近な虫たちの脅威−」、中公新書、'10を読む。帯に「巧妙すぎるパラサイト戦略、挑み続ける医学」と出ている。寄生虫をパラサイトというと知ったのは、パラサイト・シングル(寄生独身者)の話を読んでからであった。本HPに読後感を載せている。この言葉は気に入って、ときおり使わせてもらった。花粉症がクローズアップされだした頃に、寄生虫駆除との関連が取沙汰された。寄生虫とはとにかく気になる相手である。
真っ先に寄生虫感染とアレルギーという項を開いてみた。8ページある。アレルギーの予防や治療に、生きた寄生虫の感染や寄生虫の虫体の粉体が有効であるとは言い切れないとある。本HPに「古墳時代の花粉症」という'99年の記事がある。「主として粘膜に(花粉症の)症状が出るのは、マスト細胞がその付近につまり体内器官表面に偏在するため。マスト細胞が偏在するのはそもそも人間の回虫対策だそうだ。今は回虫が居らんので、マスト細胞は実力を発揮する場がない。いつも無りょうをかこっているから、花粉相手に大げさに無駄で有害な戦をする余裕がたっぷりなのだ。」と冗談を込めて書いている。さらに「ここまで進んだ花粉症治療法」には'02年当時の免疫グロブリンIgEが介在するアレルギー病理学を纏めている。本書と対比すると、今ホットな話題の高コレステロール値は長寿命をもたらすかどうかという議論に似て、改めて生命体の複雑怪奇さに瞠目する。科学が深まったことだけは事実だ。
サントニンという回虫駆除剤を覚えている。少年の頃に知った。当時寄生虫病は国民病であったから、関心が深く、その製造に当たっていた日本新薬という会社名も自然に覚えてしまった。でも本書にはサントニンの名はない。回虫がほぼ完全に日本から駆逐されて、今や回虫は絶滅危惧種なのだ。「危惧」といれたのは先だってのクロマス発見騒ぎがあったからだ。田沢湖で絶滅したクロマス(クニマス)が、西湖で発見された事件であった。肉眼に見える動物でもこのざまだ。隠れて行動する寄生虫に絶滅を宣言するのは難しい。
日本住血吸虫もこの例に漏れない。消滅したはずの日本なのに、'85年に患者が発生し、中間宿主のミヤイリガイの生息地が小櫃川流域に見いだされている。山梨県はかってはその流行地で風土病的に扱われたが、戦後にミヤイリガイ撲滅に成功した。本HPにもあるが、県立博物館にその経緯がパネル表示されている。重篤の女性が原因究明を願って、「死体解剖御願」という遺書を書いたという説明があった。
日本住血吸虫は本当は中国住血吸虫である。2000年前の中国古墳に埋葬されていた屍体から、虫卵が完全な形で見つかったという。大平野に揚子江を代表とする大河が流れる。揚子江は10年に1度の割で洪水を起こすと云う。そのたびに広大な地域が湿地化する。今も中国住血吸虫は中国人の大敵である。メコン川流域ではメコン住血吸虫だ。古代エジプトの住血吸虫症は、ルクソールのミイラとともに発見されたパピルス文書に記載されていた。アンチモン系薬剤が治療に用いられているが、それが有効であることは現代医学で証明されているという。ガーナでは大ダム出現とともに住血吸虫症が蔓延を始めた。我が国でときおりマラリアが新聞種になる。熱帯旅行者が持ち込んでくる。比較的対策の進んだタイの周辺熱帯地域が危ない。多剤耐性の株すら見つかっているとある。
結核菌のストレプトマイシン耐性獲得は大きな関心事だった。戦後の食糧難時代、兄が結核に罹り療養所暮らしをしていた。その頃の薬剤耐性は細菌までの話と認識されていたが、やがてこの能力は生命体に必須のものと分かりだした。殺虫剤耐性のある害虫が出現しても驚かなくなった。そもそも我々の免疫機構はその積み重ねでできていると今は思っている。しかし多細胞になるほど耐性出現には時間がかかる。マラリア原虫の耐性獲得は比較的早いのではないか。私は水虫にテルビナフィンを処方してもらっている。もう2年ほどになる長期戦で、そろそろ終わりそうだ。先生に薬剤耐性を聞いてみた。まだ分かっていないのか、はっきりした返事はもらえなかった。
私は1日1万歩の散歩の間にたいてい犬猫半々で計10匹ほどに出会う。イヌはペット、ネコは野良。先日の旅行先の松山道後であったか、あるいは近所の散歩先であったかもう定かではないが、何年ぶりかで野良の三毛猫を発見した。このHPの「発生生物「学」U」に書いているように、三毛猫が生まれる可能性は低い。野良の三毛猫を私の行動範囲で見たと云うことは、野良猫が周囲に五万いるという証拠だ。遺伝子の確率計算から、あるいは野良の数の推算値が計算できるのかもしれない。他の危ない相手を本書から拾ってみる。タヌキ、キツネ、ネズミ、ウシ、ブタ、ニワトリ、サワガニ、ドジョウ。どれも見たことがない。寄生虫を介在させる身近な動物は、私にとってはイヌにネコだ。イヌ糸状虫症、イヌ回虫症、ネコによるトキソプラズマ症などと、なんだかおぞましい名前が並んでいる。サワガニとドジョウ起源の寄生虫病は、生食から発生したことがあるという。ドジョウの踊り食いなど私は寡聞にして知らなかった。田舎人はご用心。
私はヒトに寄生虫に対する免疫機構が備わっているなどと、思ったことはなかった。免疫はウィルスかせいぜい細菌相手の話だと信じていた。免疫グロブリンIgEによる日本住血吸虫に対する防御免疫機構の解明に、著者は深く関わり合っている。幼虫にIgE抗体がくっつき、そのIgEが接着剤となって好酸球を幼虫の体表面に集め、死滅させるのだそうだ。幼虫が変態成育する過程で、体表面に送られる分泌タンパクをIgE抗体が認識する。分子内の認識位置とアミノ酸残基構造まで確定された。IgEは好酸球を含むいろいろのリンパ球レセプターに接合している。リンパ球レセプター構造も明確になっており、接合状態の化学的明細も分かった。
寄生虫感染はヘルパーT(Th2)細胞により認識され、B細胞に指令が出てIgE抗体を産生する。ここらへんはあまりしっかり記憶しているわけではないが、エイズなどの場合と仕組みはあらまか同じのようだ。産生されるIgE抗体としては、寄生虫抗原に特異的なもののほかに、非特異的なものも「副産」される。副産の方は力は低いが一応万能だと云うことだったと思う。その副産型がアレルギーとの悩ましい関係を作り出すようだが、ここでは割愛しておこう。利根川先生の頃から、細胞免疫学は分子免疫学へと画期的な進歩を遂げたという。ここまで分かれば寄生虫に対するワクチン開発が夢ではなくなる。さし当たっての最大目標はマラリア原虫である。マラリア原虫の生活環と宿主細胞・組織への接着・侵入に必須の分子群という図がある。エイズでワクチン製造が難しいのはそれが忍者ウィルスであるためだ。マラリア原虫も忍者だ。抗原多型と抗原変異というやっかいな隠れ蓑を持つ。加うるに、原虫の生活環の複雑さが、ワクチン製造を困難にしているように思える。
戦後我が国は寄生虫病王国だった。だが60有余年にして、少なくともカイチュウ、ギョウチュウ、サナダムシなどによる寄生虫病からは、ほぼ完璧に解放された。今では各大学の寄生虫学講座は次々に姿を消し、著者が所属した東大の寄生虫研究部も、大学改革・組織再編の波に飲み込まれるほどになった。日本の寄生虫制圧の行路は世界に誇りうる実績である。橋本龍太郎首相はこの経験の世界における活用を主唱し、橋本イニシアティブとしてJICAのプロジェクトになった。マラリア等の寄生虫対策のための人材育成と研究拠点のセンターをアフリカに2箇所アジアに1箇所作った。プロジェクトは5ヶ年で終了した。寄生虫対策の国際プロジェクトは民間を含めると数多い。しかしたとえばWHOのそれは虫下しと殺虫剤配布に重点がある。我が国は経験的に官民協力の衛生思想の向上が絶滅への鍵を握ると、回りくどい方策をあえて選んだと云うことらしい。
マラリアの語源はイタリア語で悪い空気を意味する。これは全く知らなかった。イタリアには湿原が多い。2次大戦のムッソリーニ時代までマラリア蔓延地帯であった。ファシストのムッソリーニがマラリア撲滅作戦を実施し、成果を上げていたとは、これも全く知らなかった歴史であった。

('10/12/28)