自然農業


無農薬天然肥料の自然農法には根強い人気がある。虫がかじった痕の残っている林檎には郷愁を感じる。いや、林檎のできる古里を持つわけではないが、蝶が野山を乱舞した時代に少年期を送った人間に、当たり前であった光景を懐かしく思い起こさせると云うぐらいの意味である。農薬の慢性急性中毒に無縁の、人体に安全な自然との共存をうたった農産物にはやはり心をひかれる。農家の中には出荷品は農薬漬けの姿形の良い品とし、自家では自然農法の品をと喰い分ける人たちもいると聞く。でもね、グローバルにみるとこれは間違いなんだ。ちょっと古い統計だが、害虫やら病気やらで世界の農産物の30%ほどが人間の手に届くまでに消えてしまうんだ。近所の無農薬農場ではそんなにやられていないって?それはまわりの農薬農場のおかげである。周囲が農薬で抑えているから被害がでないだけである。世界には今でさえ飢えた民が充満している。この3割は大変な数字だ。我々は農薬漬けを推進せねばならん。農薬講義の最後の一節です。
青島都知事は都市博を中止した。おう、よかった。そこに原発を持ってこよう。炭酸ガス反対、原子力賛成、危険受益者負担の三段論法でとうとう東京に原発を置こうと提案したが、その設置場所が出来た。この考え方もグローバルには正しい議論と思えるがどうかな。何時原子力のゴミを押し付けられるかびくびくするより、こっちから提案しようや。これはおまけで云った話。
先生方は大学紛争以来社会の問題に立ち入らなくなったと同窓会で、丁度その時期に大学におった若手から聞いた。それは一時だけだったのか、今も尾をひいているのか。私が学生の頃は先生は授業中にも結構自由闊達に社会批判をなさったように思う。時に反発もし時に賛同もし、おいおいと社会生活に必要な免疫を獲得して行ったと思う。私は先生方のわさびの効いた雑話を今でもひょっこり思い出すことがある。よほどの基礎でない限り学校で学ぶ理工系の専門など数年経てば役に立たなくなる。雑談の方は的を射て居れば30年経っても生きている。

('95/06/25)